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2006年3月30日 (木)

僕のListening Room

僕の職場は国立(くにたち)にある。
昼休みに一橋大学の西側校地を30分かけて1周してる。
歩きながら本を読んだり、ギターストロークの素振り練習をしたり。

散歩中、素振り練習を終えても、10分ばかり時間が残る。
数百回歩きなれた道だから、景色にそう気をとられることもない。
歩いてる間は、心に余計な澱がたまらない。
国立の住宅街は、"閑静"って言葉がほんとにぴったりする。

そこで今、いつも聞いているのが
武満徹/フルート作品集 Water Dreaming」。
これは、心にも空間にも静寂がないと、味わいがたい。この昼休みの散歩中がいちばん心静かに、このアルバムと向かい合える。
いいっすよ、これ。(^_^)

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2006年3月27日 (月)

価値ある270円-国土地理院の地形図-

地形図は道具だ。コレクションなんかじゃない
歩く時は、今歩いているところが見やすいよう、
またポケットに入るよう、下の写真のように折って使ってる。

Photo_1




歩いている間も何度も折り返す。半年使えばもうボロボロ。新しい物を買う。旧版地形図は国土地理院がちゃんと保存しているし、竹橋の関東地方測量部にいけば、明治時代の物までコピーが手に入る。最新の2万5千分の1の地形図はわずか270円。だけど、ものすごく多くのことを語りかけてくれる。とても価値ある270円だと思う。

今朝は4:45に起きて、ギター朝練もせず家を5:10に出発。上溝の鎮守・亀ヶ池八幡宮にお参りして、道保川沿いを下ってゆく。先日、相模川左岸用水を歩いた時、その用水が潤した海老名耕地の近代史に、道保川・鳩川の治水やドブッ田の排水がとても重要だったと知り(数々の土地改良碑に記されてた)、歩いてみたくなった。こんな小さな川が氾濫してかなりの被害を出したなど、この写真から想像出来るだろうか。

Photo_2




相武台下到着7:45。そこから相模線に乗って帰る。
気付くと僕は最近、自然に「みずみち」に吸い寄せられているようだ。

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2006年3月26日 (日)

兄の命日

気をつかい気をつかいつつ病にて
   逝かしめし吾が子またもしのびつ

これは僕の母・坂田春江の短歌。
母とは喧嘩もするし言いたいこと言ってるが、地道に創りつづける姿勢は素敵だと思う。「この母にしての僕」なんだろうな。これから母の作った僕の好きな短歌を、折に触れてここで紹介していこうと思う。
今日は40年前死産してしまった僕の兄の命日(そうか、生きてれば今日で40歳なんだ)。ふと掲載を思い立った日がこの日なので、ちょっと寂しい歌だけど、これにした。

坂田春江
坂田ひろゆきの母。昭和8年(1933)東京・神田の生まれ。小学校で授業で作った時に短歌に魅せられ、80年代からは生活の中から地道に精力的に作歌、NHK短歌の会などに投稿している。

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2006年3月23日 (木)

痛い噺

時折、落語は耳に痛い。笑えない。

たとえば「大工調べ」。大マヌケだが腕のいい大工・与太郎が、長屋の家賃(たな賃)を1両800文溜めちまったために大家に商売道具(大工道具)を持って行かれてしまう。「しょうがねえ野郎だ、どうにも」とは言いながら、棟梁・政五郎が、与太郎のために大家の元へ行き、何とか1両で返してくれないかとかけあう。

最初はいい具合に話をしていたが、政五郎もちょっと口を滑らしてしまう。
「こいつ(与太郎)はね、バカだが腕はいいんだ。
  なーに一寸はたらきゃ800文ぐらいすぐ稼ぎまさぁ。」
この「800文ぐらい」に大家は怒った。

「何? 800文がたいした金じゃないってぇ言うのかい?
  ほー、棟梁ずいぶんエラクおなりなさった。
   そんなに簡単に稼げる金ならなんで「たな賃」払えないんだい?
    何としても800文はまけないよ」

口が滑る。そんな意味じゃなくても、別の意味でとられてしまうことなんて、フツーに生きてりゃ、僕だっていくらも経験がある。思い上がりだって日常茶飯事だ。そんなことが思い出されて、もうつらくてここで聴くの止めようと思った。
言い過ぎを詫びつつ掛け合う政五郎。頑固な大家。
だがついに政五郎も堪忍袋の緒が切れた。

「下手に出てあやまってやりゃー、いい気になりやがって。
  町の人間がてめーのことケチだって言ってるのを知っているか?
   前の大家の時は、焼き芋もいいもの売ってたが、
    お前は元をケチって、小せぇ芋ばっか売りやがる。
     いま誰も買いに来やしねぇじゃねえか
 お前が落ちぶれてここへ来た時のこと覚えてるか!
  何も着るものもなくぶるぶる震えてやがったじゃねーか!
   それを町のもんが「かわいそう」だってんで、
    なんとかしてやったんじゃねーか。 
 おまえのかかぁは何だ。大家んとこで未亡人になったところ、
  入り込んで大家になったんじゃねぇか。
   それを忘れて、他人へはしみったれたことしやがって!」

結局、奉行所でのお裁き。家賃を払わなかった与太郎も悪いが、質屋株(質屋開業の許し)も持たずに、事もあろうに商売道具を質草にとった大家も悪いというお裁きが下り、大団円というお話しだ。

こうして痛いが、落語はホントに優しい。誰しもしくじりはある。弱みはある。
しちゃいけねぇことはいけねぇが、それをやっちまうのが人間ってやつ。だからお互い許し合おうやっていう思いやりがある。「唐茄子屋政談」では、遊びでしくじった若旦那・徳の売りあるく唐茄子(カボチャ)を、「おれも遊びでしくじったことがあらぁ」と徳に代わって売ってやる町の人もいる。

しくじったってその後、それを知恵にしてがんばればば、他人を優しく理解する元にもなる。それをこうして教えてくれる。
こんな落語の暖かい笑いが好きだ。

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2006年3月22日 (水)

Breakfast in the Field

マイケル・ヘッジス第一作。最近ハマッてる。
サウンドがほんとに素。空間系エフェクトばりばりの「Aerial Boundaries」と違って、ギターそのものの音。ふと耳の奥に「Layover」が鳴り響いて、以後、取り憑かれてしまった。

流れでポール・サイモンも「Paul Simon songbook」が聴きたくなってしまって、Amazonで注文しちゃった。これもすごく素なアルバム。「The sound of silence」なんか同じ曲かと思うほど。

素なものに最近すごく惹かれている。

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2006年3月21日 (火)

家族でサイクリング(^_^)

今日は、家族4人で市内にある時宗の名刹・無量光寺に行った。
無量光寺は時宗開祖・一遍上人の弟子、二代目宗祖・真教(他阿上人)が1303年に開基の、藤沢の遊行寺と並ぶ時宗の本山の一つ。引っ越し以来、カミさんが行きたいと言い続けて今日やっと行けた。

家族4人でのサイクリング、長男も嬉しそうだ。当然僕も嬉しい。
カミさん用のニューチャリが威力を発揮している(手前のオレンジのです)。
Yonbike

季節は春、家々の庭など至る所で芽吹きが見える。自転車のスピードなら目に見える景色をゆっくり堪能でき、走りながら話題にも花が咲く。沈丁花が咲いてるね、木蓮が咲き出したねetc。歩く、サイクリング。体の持つ力で走るものは、脳みその処理能力にマッチしてると思う。

お寺にお参りして、境内のベンチでお弁当食べて。
カミさんもいい顔してる。いい写真撮れたから帰って携帯に入れよっと。
時宗、、、そういや僕のTon's歩きも"遊行"かもしれん。
歩くのはいい。ものを考えるにも心に余計な澱が溜まらない。

僕の地理好きも、こうした家族サイクリングがきっかけ。
こうやって走るのって、僕の夢の一つでもあった。
さぁ、こんどはどこへ行こうかな。

下の写真は相模原公園。宮崎アニメに出てきそうだ。
Spark

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2006年3月20日 (月)

散歩中のBGM

いらないっ! ジャマなだけ。
目に見えるもの全体、五感を通してやってくるもの全て、
出来るだけ感じとりたいから。
といっても音楽とは無縁ではない。
ほっといても耳の奥で流れ出す。その音楽を楽しむ方が気持ちいい。
ただ何が流れ出すか、全くワカラナイ。それがオモシロイ(^_^)。

月曜日は僕、いつも休み。今朝はギター朝練もせず6:00am前に家を出て、JR相模線上溝駅から6:12発の茅ヶ崎行きに乗る。気が向いたところで降りて、相模川河岸段丘を横目に見ながら南へ歩こうと決めた。

家を出るなり耳の中に流れ出したのは、事もあろうに軍歌だった(笑)。
「ラバウル小唄」。♪さ~ら~ばラ~バウルよ~ ま~た来~るま~で~は~、って曲。知らないでしょ、こんなの。まったく都内で数学の教員やってる自転車と飛行機好きなオヤジじゃないんだからさぁ(笑)。でも僕の音楽ルーツの根元の根元は、親父の影響で「軍歌」なのだ。「空の神兵」「加藤隼戦闘隊」「麦と兵隊」「海ゆかば」、すみません、ソラで歌えます(笑)。
相武台下駅で「気が向い」て、下車(^^)。目の前を相模川左岸用水が流れてる。昭和10年代にできた海老名田圃の灌漑用水。これをたどってどこまで行けるかやってみようと決める。僕の散歩は行き当たりばったりでテーマが決まってゆく。

海老名駅過ぎて、海老名高校の横を歩いていると流れ出した曲は「岩橋信之/しゃぼん玉」アルバム"float"所収)。岩橋さんの曲ってどれ聞いても深い悲しみを感じる。慟哭ではない、深い哀しみ。光はあるが。
JR東海道新幹線のガード潜る時に妙な感慨。目の前を時速200キロで走り抜ける新幹線と、近代以前のポピュラーな交通手段(徒歩)で進む僕。
思わず微笑みが漏れた。

結局寒川町まで歩いてしまった。寒川神社にお参りして、寒川駅から電車で帰ることに決める。鳥居前で一礼して太鼓橋を渡っている時に頭の中に流れ出したのは「さだまさし/飛梅」だった。もうモロ条件反射。「みっつめの橋で君が転びそうになった時、はじめて君の掌に触れた僕の指」って詞があってね。

「ラバウル小唄」「岩橋信之/しゃぼん玉」「さだまさし/飛梅」
これが今日のTon's歩きで、耳の中に流れた音楽でした~。

下の写真は相武台下駅のホームから撮った大山。
僕の故郷の山といえばコレだね。
Ooyama

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2006年3月18日 (土)

神奈川県立海老名高校

僕の人生でいちばんの転換点はまちがいなく高校時代。神奈川県立海老名高校に行ったことが大きい。人にしろ、学ぶ対象にしろ、ここでの縁にいちばん影響をうけている。カミさんにはじめて出会ったのもこの高校だ。新設校なだけに僕は6期生。入学した当時「県央部トップの県立厚木高校に大学入学実績で追いつけ」みたいな勢いで、一部の先生方に気合が入っていた。ヤな雰囲気。僕はあまり気にしなかったなぁ。でも、この学校はより大きなものに出会わせてくれた

入学時の書類の中には、数学や英語の宿題と一緒に、高校周辺のほぼ最新の25000分の1地形図と明治時代の同じ範囲の地形図を、裏表に編集したものが入っていた。それは最初の地理の時間までに、土地利用(畑・水田・市街地etc)を色鉛筆で塗り分けてこいという宿題だった。1時間目はそれを元に授業。それからは海老名という古代に相模国国分寺が置かれた地域の歴史や、相模川が作った河岸段丘地形についてのプリントを完成してこいという宿題が続いた。並行して、10キロほど地域の歴史を語る場所(相模国国分寺跡、清水寺、瓢塚古墳、五社神社、浜田山遺跡、古東海道、古条里地名)の遠足。極めつけは、自分で調査テーマを決めて400字詰め原稿用紙にして50枚ほどのレポートを書けという課題があった。
理系の奴、受験一辺倒の奴、遊びたい奴はさぞかしイヤだったろう。大学受験の点数稼ぎにはちっとも役に立たない、好きでもねぇテーマについてこんな重荷を課されるなんて。でも僕は、自分でテーマを選んで好きに調べられるのがすごく楽しかった。

僕の選んだテーマは、昨日の日々雑感に書いた、中学時代に見た石仏が関係する「大山街道」。神奈川県丹沢山地の大山への参詣は江戸時代に大変人気で、大山に向かう道は南関東のいたるところで「大山道」とよばれ、今も地名・道路名に残っている。落語にも「大山詣」がある。その大山道のうち、青山通り大山街道(矢倉沢往還)といわれた現在の国道246号線に対応する道を、港区赤坂から伊勢原市の大山まで自転車で走り、旧道や路傍の石仏・沿道のエピソードをまとめ、レポートにした。
自分の好きな自転車で走って見聞きしたこと、様々な文献(「新編相模国風土記稿」などなど)にあたった事柄が、レポートにできるんだから楽しくて仕方ない。与えられた紙幅なんぞあっさりとクリアした。それで楽しくなって結局、大学時代に歴史地理を学ぶことを選んじゃった。まぁ、大学入ったら入ったで、学ぶことや自立することについて悩んだし、音楽もしたかったしで、学問一辺倒にはなれやしなかったけど。

あのころの海老名高校社会科の先生方は、やはり地理が、フィールドワークから学ぶことが好きな人が、全部とは言わねぇが揃ってた。その信念を素直にカリキュラムに反映してくれていた。これが大嫌いな奴は死ぬほどヤだったろうけど、その思いがシンクロした人間には、本当の意味で「自分でテーマを決めて学ぶ楽しさ」が伝わったはずだ。僕のように。人に伝わるものは、自分が本当に誠実に愛しているものだけなのだ。

もう卒業から今年で20年。当時の社会科の先生方はもういない。この郷土学習もなくなってしまった。僕としては非常に悲しい。だが、別にこの郷土学習でなくてもかまわない。数学であれ、理科であれ、文学であれ、スポーツであれ、自分のほんとに愛するものを持って、その分野の探求が好きな先生が、本気になってそれを伝えようと作ったカリキュラムがあってくれることを祈る。とにかく人には、自分が本当に誠実に愛しているものしか伝わらない。これからの時代、ただブランドで大学いったって、何の価値も無い。卒業後の人生で生きるのは「悩んでまわり道しようが、何を本気で学んできたか?」「自分で学ぶ楽しさ、感覚を知っている」ってことだ。

(これは以前"Ton's歩記"で掲載したものの再録です)

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2006年3月17日 (金)

人生を変えた石仏

僕はその時、中学1年生、神奈川県海老名市に住んでいた。
友だちのところに行った時、彼が「面白いものがある」と、近くの畑のど真ん中に連れて行ってくれた。そこにはひとつ、石仏が立っていた。立っていたのは庚申塔(こうしんとう)。江戸時代に村の庚申講(注)が建てた塔。ただそれだけのために建てられるもんでもない。往々にして道しるべも兼ねている。こいつもそうだった。
「おい、これ『江戸』とか書いてあるぜ」と友だちが言った。
碑の側面に書いてあったのは「左 大山  右 ふぢさわ 江戸」とかいう文字だったと思う。見た瞬間、ぞぞぞっと背筋を何かが走った。

「江戸」という言葉。それまではTVの時代劇や社会科の教科書の中のもの、文字・絵空事の知識、現実感のない言葉だった。でもこの石仏は違う。いま「東京」と言われているあの場所を、この時代に生きた人は「江戸」として認識し記した。そして「江戸」めざしてこの石仏を頼りに歩いた人がいる。ごく身近な場所で、そんな人々が見えたのだった。

で、いま地域の歴史を綴るごく小さな雑誌を仕事で編集している。
あの時出会った石仏に、まずいまの僕の人生が決められちゃったのだ。
ちょっとした縁で、人生なんてふっとかわっていっちゃう。
僕程度の知性、打算など、ほんと浅薄な、とるに足らないモノだ。
だが出会いは本当に感動モノ。こいつを大切に生きたいなぁ。
その方が楽しいもん。

(注)庚申講:庚申の日の晩、眠ってしまうと体内から三尸(さんし)の霊が飛び出して、閻魔様にその人の罪を報告されちゃう。だからその晩は徹夜して眠らずにいるって習俗(庚申待)。それを行う講。これ、遊びの言い訳だよなぁ(笑)。

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2006年3月16日 (木)

忘れてた(笑)、HP開設2周年

そういえば昨日で、HP開設2周年でした。
忘れるほど日常化させていただいてます(^_^)。
おかげさまでトップで30000ヒット以上、
ビックリです。ありがとうございます。

ギターや音楽だけでない、Tonの好奇心の見本市。
ごった煮状態のホームページで恐縮です。

これからもご愛顧、よろしくお願い申し上げます。

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2006年3月15日 (水)

落語

最近、電車内で『ギタリスト音楽理論』を勉強してない。
その時間、落語を聴いちゃってる。面白いんだもの。
いま聴いてるのは「三代目 三遊亭金馬全集」。
毎日一枚ずつ聴いている。

落語の笑いはあったかいなぁ。「錦の袈裟」って落し話。少しヌケたキャラの与太郎さん、いまなら仲間はずれだが、長屋の男連中で吉原(なか)にくりだそうってーのに、「あいつも男だから」ってんで一緒に連れていく。ところが与太郎がお大名に間違われ、いちばんいい思いをしちゃう。ホラ吹き人間の話し面白がって聴いてやろうってー御隠居さん(落語「弥次郎」)。ズルい奴もどこかヌケてる。江戸時代~明治にかけての生活スタイルはもうないが、登場人物のキャラなら現代にいくらでも「こんな奴いそうだな」って暖かい笑い。聴いててあまり嫌な気持ちにならない。

以前仕事で、昭和初期に神社のお祭りなどの剣劇で東京近郊をめぐった神楽師、そのご子孫の方に取材したことがある。その方は神楽師だったお父さんの、こんな言葉を覚えておられた。「客を泣かすのは簡単だけど、笑わすのはホントに難しい」。熟練の噺家は同じところで同じように笑わせてくれる。だから消えていかない。瞬間最大風速の芸より、僕はこんな練り上げられた芸が好きだ。僕の仕事も趣味のギタープレイもこうありたい。そうなれるよう、たんたんと工夫・練習しつづけたい。

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2006年3月13日 (月)

「足」とお話し

今日も散歩した。自宅から愛川町の半原まで。
地域の歴史旧跡など写真をいろいろ撮りながらウロウロするから、11:30から歩き出して半原のバスターミナルに着いたのは15:00になった。

ところで僕の散歩の巡航速度だけど、はなから「時速6キロ」ではない。歩き出しはヘタをすると4キロを割っているかもしれない。足が暖まるまで本当にゆっくり歩く。ゆっくり歩きながら、足の筋肉の状態に神経を注ぐ。僕がとくに注意するのは前脛骨筋(脛の筋肉)の悲鳴。ウォーミングアップが足りないウチにスピードを上げると、ここがパンパンに張ってしまう。この筋肉、朝の出勤時なんかは気がせいているからいきなりスピード上げて歩いて、わずか駅までの20分で痛くてしょうがないなんて事あるくらいデリケート。そうなったら痛くてもう長くは歩けない。
ゆっくり歩き始めても次第にスピードが上がってくる。するとこの筋肉に"渋み"を感じ出す。そうしたらスピードを緩める。ここが悲鳴を上げないよう、速度が上がったらゆるめ、あがったらゆるめして歩く。するといつしか悲鳴を上げなくなる。きっと足全体がリズムを覚えるんだろう。そうしたらもう足は長距離走行モード。時速6キロで巡航出来る。

写真は、高田橋のすぐそばの段丘上から撮った石仏と田名の段丘。

Dscn3827

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2006年3月12日 (日)

池松宏さん

池松宏さん。N響の首席コントラバス奏者。
先日「5つのアヴェマリア」というアルバムを出された。
コントラバスとハープのデュオのアルバム。とても優しく、深くコントラバスが歌う。僕のおすすめは1曲目のカッチーニのアヴェマリア。それとアルビノーニのアダージョ。暮れのNHK紅白歌合戦では、平原綾香の歌う「アンドレ・ギャニオン/明日」のバックで、コントラバス弾いてた。
ただこの人、ライブプレイの方が格段にいい。お客さんがいて燃えるタイプだ。11日(土)にNHK-FMでやってた公開録音番組でも同じの弾いてたけど、遙かにこっちの方がよかった。このアルバムも、別の公開放送で虜になって買ったのだった。
やっぱライブってなぁ素晴らしい。

今回の放送では結構喋ってた。ぼそぼそと喋るのだが妙に可笑しい。
いちばん僕がウケたのは「コントラバスって"一日・十五日の楽器"ってよく言われます」って言葉。大爆笑した。意味、わかります? 確かにそう。だけどこの楽器がなかったら、オーケストラは出汁の入ってない味噌汁みたいなサウンドになるだろうな。

池松さんは、この春でN響をやめ、ニュージーランド交響楽団に移るそう。
これからも注目したいプレイヤーっす。

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2006年3月10日 (金)

時速6キロ

これ、僕の歩きの巡航速度。今日、計ってみた。
先日5日の取材出勤の代休で今日はお休み、久々の長距離散歩に出た。雨なのにね。やはりバカだ。
でもそんな自分が大好き。今日歩いたのは、小田急線相模大野駅から、駅のすぐ南から流れる深堀川沿いに大和市下鶴間で境川に合流、川沿いに相模鉄道の瀬谷駅まで歩いた。休みだというのに、これまたバカだね。月見野遺跡群(旧石器時代の遺跡では有名)や大山街道下鶴間宿、石仏の写真を撮りながら。
これじゃ半分仕事してるようなもんだ。

境川沿いには断続的に歩行者自転車道路が整備されてる。500mごとに標識がたってる。それで歩行速度を計ってみようと思い立った。そしたら500mを僕は5分で歩いていた。5分を12倍すると60分(1時間)。5分で歩けた距離500mを12倍すれば僕の時速が出る。すると500m×12=6000m=6kmってわけ。
これが早いか遅いかはよくわからん。

ちなみに歩き出した場所の深堀川は、関東ローム・相模原台地の宙水(注1)の池・大沼に端を発する川。相模大野駅周辺の開発工事で谷が埋められて、駅南側からの谷になってるけど、もとは駅の北側まで谷になっていたそうだ。ずーーっと歩いていったら。深堀川は途中の大和市深堀中央公園のところでバイパストンネル掘って、境川に直で落とすようにしてあるようだった。でももとからある深堀川の谷は健在、下流は目黒川と名前を変えて、下鶴間で境川と合流する。

みず道探索は面白いなぁ。こんどは大和から藤沢あたりまでの境川を歩こう。
最終的には鵠沼の河口まで歩きたい。
ところで一太郎さん、もしこれ読んでるなら次は一緒に歩かない?

下の写真は大和市下鶴間で見つけた養殖池。いったい何の養殖してるんだろう。


(注1)宙水…一般にローム層の台地は地下水がとても深いが、ローム層の中に点在する不透水層の上には地下水面が浅い。そういう浅い地下水面を「宙水」って言う。そんなところの地表面は凹地になって(大男・でいだらぼっちの足跡伝説にもなる)、沼になっていることもある。相模原なら鹿沼なんかはそんな沼。114196995218351

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