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2006年4月 9日 (日)

マクラが重い??

鉄製のマクラで寝ているわけではない。落語の話(^^)。

最近、2002年に亡くなられた噺家・古今亭志ん朝の落語を行き帰りの電車で聴いている。CDにして15枚分ぐらいは聞いたかな。話の構成もキャラの演じ分けもとても巧みな真の名人だから、思わず唸ってしまうこともしばしば。「抜け雀」ではサゲが決まった瞬間、八王子駅の階段で思わず小さく拍手してしまった。吹き出して「ナンダコイツ?」と振り返られたことは数知れない。ほんと僕ぁヘンなオヤジだ。

ただ何故だろうと思うことがある。
時間はあっても2席続けては聴けないのだ。
一枚のCDには2席入っている。だが、風邪薬じゃないけど、朝聞いたら7時間ぐらい空けないとダメ。一度聞いた話をまた明日聞こうって感じにはならない。これが三代目三遊亭金馬とかだと立て続けで聴ける。ところが志ん朝だと無理。あたりまえにとても上手い。だがとても緻密で「噺を聞いた」のではなく「映画でも見た」ようだ。

何故か考えて思い立ったのが「マクラ」の部分だった。「マクラ」とは落語の物語の本題に入る前に、物語の聞き所をそれとなく掴んでもらえるようなエピソードを、現在の流行・感覚などを上手く使って語る部分だ。
金馬師匠の噺は大体ラジオ放送音源をまとめてあるものだから、一席が短くもあるが、マクラは軽く流して本題に入ってる。ところが志ん朝師匠のものは違う。噺のキーワード、時代背景、噺に関係する人の性根のエピソードを噛み含めるように畳みかける。そうして聞き手の頭の中に噺を書き込む下地づくり、フォーマットをしているような感じなのだ。
金馬師匠が活躍していた頃は昭和30年代。長屋に近い暮らしもそれなりにあった。また廓噺の背景も、売春防止法が施行され、それ以前の吉原のあり方が消えたのが昭和33年。噺に出てくる売春防止法以前の「廓」の雰囲気を知っている人がいる。幇間(たいこもち)だっていた。だから普通に話せばわかってくれる。
ところが現在は、噺家は羽織・着物を着ているがこんなの着て日常暮らしている人など、ほとんどいない。長屋などと言ったって、アパートなんかとは全然違う。家賃もほとんど銀行振込みで大家に直接持っていったりしないし、自治会に入らずご近所づきあいをしない人もいる。男女のあり方なんてのも、いま聞いたら「そんなん女性が許さない」ってこと、ままある。もうすでに日常にないことを語っているから、一々説明しないとわからないものなのだ。

だから志ん朝師匠は端々で言い含めてゆく。
名人だからわかりやすいが、較べて聞くと重い。
諸行無常、世界はどんどん代わっていく。
伝統芸能はもうわかってもらうには、一々説明する以外ないのかな。

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コメント

>噛み含めるように畳みかける

そうそう、そのとおり。

投稿: とり | 2006年4月10日 (月) 00時25分

とりさんも落語聞かれるんですね。
落語好き、ジャズファンに多いらしいです。

投稿: さかた | 2006年4月12日 (水) 00時06分

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