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2006年6月28日 (水)

時間がつくる公園

職場のお昼休みには、くにたちの街に30分弱散歩に出る。
歩きながらストロークの素振り練習をした後(心や身体の調子次第ではやらないこともある)、一橋大学の構内を散歩させていただいてる。この構内の森は素晴らしい。鬱蒼としていながら開放感もある。実は一浪して東京学芸大学を再度受験した際、試験会場はこの大学だったのだが、その時ほんとに思った。伝統ある洋風建築の校舎と深い森、ここで勉強できる人が本当にうらやましかった。

くにたちの街は、大正末期~昭和初期に箱根土地(現西武)が「国立学園町」として造成、東京商科大学(現一橋大学)がやってきた。以来80年超、学校だったおかげで、校舎が建ったところ以外はこうした深い森が残ってる。最近造成されたばかりの公園ではこうはいかない。木々は「植えられただけの存在」で、まだその場所なりの生態系を満足に形成していない。だからとても薄っぺらい感じがする。そういう公園だと都会のビル街歩いているのとそう感覚が変わらない。だから僕はなにか落ち着かない。23区内だと、この一橋大構内に匹敵する、僕の行ったことのある公園といえば、明治神宮の森や目黒の自然教育園といったところかなぁ。自然系の公園は、一つできるにも数十年の時間が必要なんだと思う。

この一橋大学の森は、僕にとっては「最高のリスニング空間」でもある。
MP3プレイヤーに好きな曲入れてここで聞く。機械はめちゃショボイが(笑)空間は最高。今日聞いたのは武満徹。こうした森に最高に合う作曲家だと思う。とても浸みる。ふと足下に視線を落とすと、梅雨の晴れ間の今日、小さなキノコがそこここに。気づいてみると結構顔を出している。この森が生命に溢れていることをまた実感した。
キノコは菌類。土壌学に興味を持っていくつか本を読んだときに知ったのだが、土の中にいるこうした微生物は、その生命体内で行う化学反応で、大規模化学プラントを持ってしてもなし得ないことをいとも簡単にやってしまうらしい。しかもそのメカニズムがわからない現象が相当あるんだって。土には目には見えないけど信じられないほど多くの生命が宿り、それぞれの働きが他の生命を支えている。土の中にすら宇宙がある。

こうしたたくさんの生命に囲まれながらの散歩って、すごく心地いい。自分すらも生かされてるんだよなぁ。これを実感できる森ってなかなかない。大切にしたい緑だと思う。

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2006年6月27日 (火)

写実詠

捨てらるる 大き鏡の傾きて
    初夏の青空 四角にうつす

僕の母(坂田春江)は、僕が高校生の頃だったかな、近所の短歌会に入って、そこの同人さんに添削を受けながら作歌を本格的にはじめた。僕が大学に入った頃だったと思うが、母が詠んだ歌がこれ。初めて自分の親の作品にぎょっとした。
それまで心の中のことばかり歌に詠んでた母、同人では「自然をありのままに詠みなさい」とひたすらに"自然詠"を指導されてた。そんななかで何年か過ごし作ってきたのがこれだ。

ゴミ捨て場に捨てられてた鏡に映った初夏の空。マグリッドの絵に、真ん中にぽっかりと青空があって鳥のシルエットが写ってる絵があったと思うけど、それと同じ感覚をこの歌から覚えた。まるで鏡が異空間への窓であるかのよう。ゴミ捨て場にあっただけにね。そんなところをよく見ていたもんだと思った。

そうなんだよな。まず見て、作り続けることが大事なんだ。

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2006年6月24日 (土)

五人囃子に三人官女

ちょっと季節違い。。。粋じゃないなぁ。

ずっとアレがご無沙汰で(子育てってメチャクチャパワーを奪います。これから「作ろう」とお考えの方、是非ご覚悟を・笑)、「ボク、もう、どうしよう」とBBSに書いたことがある。そしたら某氏が「五人囃子(人間の片手の指は5本ありますよね)がいるじゃないか」とアドバイス。はい、言われなくても活躍しています(爆)。

ただ今朝ふと思った。

「五人囃子よりは三人官女の方がいい」(ちゅどーーーん)

し、失礼しました。。。

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2006年6月22日 (木)

怪談と粋(いき)

数ヶ月前まで、がんがんに聞きまくっていた古今亭志ん朝全集。
実はあえて聞かないようにしていた噺がある。
「真景累ヶ淵」といった三遊亭圓朝作の怪談。
もう夏、そろそろ季節かな。聞いてみようかと思ってる。

怪談かぁ。そういえば一度、ある縁で歌舞伎座に納涼歌舞伎を観に行った際、鶴屋南北の「色彩間苅豆」(いろもようちょっとかりまめ)という怪談を観た。男の主人公・与右衛門が板東三津五郎(前の八十助さんね)、女の主人公・累(かさね)が中村福助。
与右衛門・累が心中しようとしたその時、父の恨みで無惨な顔となった累。その累を与右衛門が鎌で斬りつけ、累が白い襦袢姿になった。襦袢には鮮血が散っている。
でもよ~~く見てみると。。

血しぶきに見えた一つ一つの模様はなんと"もみじ柄"。

恨みにあふれた血なまぐさいシーンだったけど、ふっと先取りした季節が「えへへっ」って感じに忍び込ませてある。"粋(いき)だなぁ"と思った。和服の好きな人も裏地や半襟に凝るというし。伝統芸能の世界のそういう遊び心って好きだなぁ。

さぁ、志ん朝の怪談、、、いったいどんなのだろう。

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2006年6月21日 (水)

自転車熱再燃,、でも…

Giant




住んでるマンションに満足な自転車の置き場がなく、木場時代に買ったMTB風自転車は、ずっとバラして押入れに入れっぱなしだった。ところが最近、小遣いで駅の有料駐輪場に料金払って置く形で、引っ張り出した。てなわけで自転車熱が再燃している。
でも、僕の自転車の乗り方は変わった。

BBSでおなじみのジローさんではないが、レーサーとかも乗っていたので、タイムやスピード、登坂などに結構ストイックに乗っていた方だった。でも今は違う。景色も見られないほど余裕なく乗るのはイヤ。できるだけゆったりと長く乗りたい。

コンセプトは「3割ぐらいの力で走る」。フロントはアウターに入れてあるが、リアは重たいギアを3枚ぐらい残してできるだけ回す。重たい3枚のギアに入れるのは下り坂ぐらいだ。登りに入ったらできるだけ軽く回せるギアにしてひたすら「鈍亀走法」。心肺に負担をかける走りはしたくない。景色が見られないもん。Ton's歩きの影響だな。まだ心肺に負担をかけ続けられるジローさんの節制には頭が下がる。

だが、これでも無風なら25km/h、上り坂も勾配によるが10km/h前後のスピードで巡航できる。もう見慣れてしまったこのあたりを走るには、最高の自力移動手段。長男の自転車も新調したら一緒に遠出にいきたいな。泊まりがけのサイクリングも楽しそうだ。

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2006年6月19日 (月)

シンドウアツコKAKADOバンド(笑)

いつのまにか…、、名前が「茹蛸トリオ」になってやがる(笑)。
僕は「ヒミツのアッコちゃんず」にしたかったのに。。。
(これは大変マジメなアーティスト・岩橋さんに却下された・笑)

でも、こうして自然に決まる名前っていいんだよね(^^)
(負け惜しみでない、マジっす)

"茹蛸トリオ"がんばろー(^^)。

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2006年6月17日 (土)

ウチの前の交差点

事故、多すぎ。ついさっき、16日の21時前にもあった。
前回は水曜日、そのまえは日曜日。その2週間ぐらい前にもあった。
幸い、歩行者をはねるといった"人身事故"は起きてないけど、車vs車は、こちらに越してそろそろ4年で、20件は間違いなく越えている。

何故だ? お互いが「自分こそ優先道路」と勘違いしてしまうのか? こういった現象を心霊現象に原因を求める人もいるけど、僕はキライだ。まずはここに信号を付けて欲しいと強く思う。地元の小学生の登下校路でもあるんだし。市に投書しよう。

そんなこんなで、いま車の運転が少々コワイ。でもこれぐらいが事故防止にはちょうどいいかもしれない。何せ車は1トン近くのものが100㎞/hとかですっ飛んでいくんだから。いつもステアリング握るときは「事故・事故・事故」と3回唱えて、自分が事故を起こしうる存在だって事、認識するようにしてる。ほんと気を付けなくちゃな。

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2006年6月14日 (水)

便利になったなぁ

いまシンドウアツコKAKADOライブに向けて、シンドウさん・岩橋さんと練習を積んでいるが、インターネットは大活躍をしている。3人でメーリングリストを作って、アレンジアイデアをやりとりしたり、スタジオで採った録音や譜面のやりとりをメール添付やyahooブリーフケースで行なったり。PowerTAB Editorをインストールしといてもらって、僕のアレンジデータをメール添付して各々のPCで聴いてもらったこともある。

スタジオでどれだけ成果を上げられるかって、その前の段取りやメンバー間でのイメージ交換がすごく重要だと思う。デモも具体的に音の出る形で相手に早く渡せればなおのこといい。音楽のいろいろな分野がデジタル化されてきた現在、ネットを使うとそれがすごくやりやすい。ジジ臭い発言だが、便利になったなと思う。
ウチにも毎日エロゴミメールが山ほどやってくる。全て見ずに削除している。BBSもヒドイもんだ。書き込む方も迷惑を承知でやっているだろう。きっと商売なんだろうな。インターネットはこういう陰の部分もあるが、そいつぁ「使い方次第」の道具の宿命。上手く使えば、お互い家庭や社会で仕事を持ちながら音楽をやる仲間同士の、物理的距離を縮めてくれる。

こうデジタルを駆使しても、最後はアナログな人間。ゆらぎこそが美しい。
アレンジアイデアの検討も、スタジオで変化への対応の準備、生きている音楽を生かし続けるための下地作り。諸行無常、本番がどうすっころぶかわからんが、それもライブの魅力。
アイデアのやりとり、当然それぞれの体調、いろいろゆらぐけど
いいゆらぎのなかでいい音楽、3人で奏でていきたいもんです。

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2006年6月12日 (月)

変わった二宮金次郎像

先日、自宅から愛川町の内陸工業団地・八菅山を経て、厚木市の鳶尾団地まで歩いた時、愛川町立中津小学校の前を通った時、変わった像を見つけた(下の写真)。
Photo_6









これ、二宮金次郎像。いちばんポピュラーな形は薪を背負って運ぶ仕事をしながら書物を読む姿。でもこれ、ちょっと違う。蛇籠(じゃかご、川の堤防補強・用水堰の建設等に使う、竹や長軸に編んで石を積めたもの)の上に立ち、左手に草鞋を持ち、右手でそれを配る姿。最初は???と思った。愛川町を貫流する中津川治水に関連する郷土の偉人かとも思った。ただ蛇籠の上に立つ姿を見て治水との関係を感じ、「確か二宮尊徳は酒匂川治水に関係があったよなぁ(堤防補強に松の木を植えた)」と思って「二宮金次郎像かな?」とアタリをつけといて、今日もう一度行って写真撮らせていただきながら学校の方にお聞きしたらそうだとのこと。

Photo_7



手には草鞋

Photo_8


足下には蛇籠

珍しいなぁ。金次郎には、幼少時代、幼い自分でも出来る「人のためになること」として、草鞋を編んで配って歩いたエピソードがあるらしい。それを象徴化したものみたいだ。いったいどこの石材屋が作ったんだろう。ネットで調べると似たような像が小田原の方にもあるらしい。
像の足下の蛇籠はやはり治水の象徴なのかな。愛川町を貫流する中津川の流れ。たしかにただ薪運びをしながら本を読む姿よりは、地域の様子を踏まえた上で、「人のためになることをしよう」ってメッセージにはなる気がして面白かった。

でも二宮金次郎さん、、こうしてまつりあげられる人も大変だ。。。
僕はたんたんと生きたいなぁ。。。

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2006年6月 6日 (火)

続 色気

人前で芸をやるうえでやはり色気のあるなしは大きい。
高校時代も思ったな~。

高校3年の時、一緒にサイモンとガーファンクルのコピーやったK氏。今は少々??お太りになったが、その頃は痩せていて、憂いがあって口数も少ない。しかもいい男。声もいい。優しい。ときたら、ほっとかないよな。
文化祭までに放課後、かなり練習積んだ(受験生なのにぃ・笑)。そして迎えた文化祭、あるステージの終了後、僕が廊下においたギターを持ち上げようと下を向いたら、合唱部のカワイイ女の子に声かけられた。「センパイッ、いいですね!」。視野の端に見えるその子の靴はこちらを向いている。「よっしゃ!!!」と思って顔を上げたら、その子の視線は僕の後ろへ。そこにはにこやかに微笑む相棒Kがいました(T_T)。

奴ぁモテた。だいいち文化祭までの練習中もすごかったんだから。練習してた書道教室へ相棒と二人で行く途中、他校から吹奏楽部の交流練習に来てたある女の子が相棒に声かけた。
「あ、、Kくん、、、(ナンダコノ間ハ・笑)、あたしのこと、覚えてる?」だって。僕ぁ気を遣って、一人先に教室行って弁当食ってた。少し遅れてやってきた相棒、一緒に弁当食いだしたのはいいが、ふと見ると箸が止まってる。そして虚空を見つめニヤーッとしてやがる。「おい、どうした!?」と聞くと「やぁ(まだニヤニヤ)、あの子、キレイになったなぁ」だって。
フザケンナー!!!(^^)

これがもう20年前。だがBBSに時々カキコしてくれるしゅごさん夫婦が世話好きなおかげで、こういった仲間ともまだ年2回は、BBQ(バーベキュー)やって会えている。有り難いことだ。
こないだのGWのBBQでも、この相棒に会った。僕はギター持ってって、手の空いた時レパートリー弾いてた。その時は友だち連中が聞き流してくれるだけでギャラリーはゼロ(T_T)。その後、他の友だちと僕で、集まったメンツの子供たちを近くの遊具広場へ連れてってる時に、相棒は僕の持っていったギターを弾いてちょこっと歌ったらしい。そしたら。。。
隣のBBQグループの母娘が近くに来て聞いてたんだって!
(カミさん談)。

サイモン&ガーファンクルのポール・サイモンが、「明日にかける橋」で拍手喝采を受けるアート・ガーファンクルを見て「この曲作ったのはボクだぞ」って言ったとか。うーーーん、このキモチ、わかるなぁ(笑)。
色気のある人間には敵わないんすよ。こればっかりは才能。
練習なんぞいくらしても、無駄です(T_T)。

今になっても、相棒Kには男の魅力で、、かないませんでした(笑)。

一太郎さんのmixiの話題で刺激受けて、書きたくなっちゃいました。
すいません>一太郎さん、それともし見てたら相棒K(^^)

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2006年6月 5日 (月)

千葉徳爾

2001年に亡くなった地理学者・民俗学者。いまこの先生の『新考 山の人生 柳田國男からの宿題』を読んでる。大学時代の特別講義で一度だけ授業を受けたことがあるが、改めて惚れた。自然・人文両方を横断してものを考えられたすごい人だ。

ところでこの本、佐野真一『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』(文藝春秋)を読んだ人には、ぜひ合わせて読んで欲しい気がする。僕は『旅する巨人』で宮本常一にハマった人間ではあるけど、柳田國男を対極においてあまりにもコキ下ろしすぎてるところに、少々違和感を感じながら読んだ記憶があるので。

うーーん、歩こう、学ぼう(^^)。

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2006年6月 4日 (日)

52-17、どう教える?

先日長男の宿題を看た。長男は小学校2年生、算数でとうとう「52-17=?」とかいう2桁の数の引き算の計算に入ってた。やはり躓いていた。出来ない奴じゃないのだが、めんどくさがりな性格が災い、適当にやっつけようとしてボロボロになってる。先生と全然違う教え方になっちゃマズイと思い、教科書でどう教えてるかなと見て「エッ!?」と思った。「52-17」、当然一の位同士の引き算は2-7になるからそのままでは引けない。「では、どうやる?」の解説で驚いちまった。

「引かれる数の十の位から10借りてくれば一の位は12になる。『12-7なら計算出来るから』一の位は5。十の位の引かれる数は10借りたから4、10の位同士の計算は4-1=3。だから答えは35」

という説明。二重鉤括弧で括った『12-7なら計算出来るから』じゃ解説になってないじゃん。繰り下がりが説明されてないもん。そこで、長男が以前やっていた11-6や13-5といった計算のたくさんの宿題を思い出した。ここで繰り下がりの理屈は教えたんだろう。そこでこういった11-6といった計算をたくさん身体に叩き込んでその解答を経験的にフラッシュで閃くものにし、それを利用して解くという教え方になっているようだ。

「どの段階で繰り下がりを教えるかの問題であって、どちらが正しいとは言えない」とは思う。が、僕らの頃の解説はこうだったと思う。「引かれる数の十の位から10借りてくれば10-7はできるから3。一の位には2が残ってるから3+2で一の位の数は5。十の位の引かれる数は10借りたから4、10の位同士の計算は4-1=3。だから答えは35」。12-7より、10-7をやるこちらの方が10進法の概念に近いし指が使えるから、繰り返しこの繰り下がり引き算の基本概念をイメージできる教え方にも思う。ただ12-7の解答がフラッシュで出てくる方が計算は速いだろう。スピードが重視された教え方にも感じるなぁ。
だが、スピードならコンピュータなどの機械に人間は敵わない。人間という動物が提示出来る大切なものはコンセプトや全体構成力、芯を掴んで新しいものを創り出す能力だと思う。遠回りのようだけどその辺大切にしておいた方が、将来役に立つ様な気がするなぁ。

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2006年6月 3日 (土)

耳かき

ウチでは息子たちの耳かきは僕の役目。
明るい蛍光灯の下で息子たちをひざまくらして、やる。
さっき次男の耳かきをしたらすっげーでかいのがとれた。
「よっしゃーっ!」って感じ。うーん、余は満足じゃ~。

今日は休み。さっきまで布団の上で、僕の膝に次男を、
カミさんの膝に長男抱いてダラダラとしてた。いい朝だ。
朝メシの後のコーヒーは、ちゃんと挽いて淹れよう(^^)。

14時にシンドウアツコプロジェクトの練習が入ってるけど
まず午前中は、家のことだ。ガキ共とも遊ぼう(^^)。

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2006年6月 1日 (木)

モーツァルト

最近、市立橋本図書館のCDコーナーを最大限利用して、クラシックを聴きまくっている。有名どころから全然知らなかったものまで、1週間に2枚ずつ。『のだめカンタービレ』で取り上げる曲も、借りるCDを決めるいいきっかけ。ラフマニノフのピアノコンチェルト2番(ミルヒーと千秋がやったやつ)も聞いた。黒木くんが"ピンクのモーツァルト"になったオーボエ協奏曲K.314も今聞いてる。

で、今、モーツァルトにハマってる。今まで心に響いてこなかったんだけど、NHK-FMで聞いた「アヴェ・ヴェルム・コルプス」にぐっときてから聞き出したら、メロディの強さ、軽みがとても気持ちいい。こないだ聞いたディヴェルティメント(ケッヘルの何番だったかなぁ)、すげーよかった。ただ知らなかっただけだな~。

音楽も本も「勉強しよう」「なにか身につけてやろう」なんて姿勢じゃなくて、ただ身体を通しておけばいいんだって感覚に、最近なっている。身体に通しているうちに僕の中で何かが変わっていくだろうし、必要ならば身体が反応してくれる。縁に身を浸してればいいんだなぁ。

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