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2006年8月25日 (金)

太田光・中沢新一『憲法九条を世界遺産に』

集英社新書の新刊。爆笑問題の太田光と哲学者・人類学者の中沢新一の対談。昨日買って三分の二まで一気に読んだが、おもしろい。同じ集英社新書の中沢新一『僕の叔父さん 網野善彦』を読んでから、最近中沢新一づいてるなぁ。
「何故、憲法九条を世界遺産に?」、これはこの本のミソだし、僕もそのあり方を浅薄な思考のまま書きたくないのでここでは書かない、是非読んで欲しい。だが、いまいちばん印象に残ってるのは、太田光が映画監督テリー・ギリアムと対談した時のエピソードに関する発言。ギリアムに作品の解釈を伝えたら、「それは誤解だ」って言われたらしいのだ。
それについて…

「僕の解釈は誤解かもしれない。でも、誤解こそが僕の個性なんだし、もっと言えば誤解にこそ意味があると思うんです。芸術作品を見た時に感動するのは、そこの誤解というギャップがあるからでしょう。作者の意図とは違うところで感動が生まれることはいくらでもあるし、むしろその幅が作品の力であると思う」

「誤解も理解」なんだよね、その人の立場からすれば。
いい言葉だな。

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コメント

うん、いい言葉だ。
「誤解も理解」

その昔、どこかで読んだ
「ポール・サイモンはサウンド・オブ・サイレンスで現代(もう40年も前だけど…)におけるコミュニケーションの難しさを表現した」
とかいう記述を思い出した。
日常会話ですら、冷静に分析すれば論理的整合性のある内容は少ないもんね。
だからといって人と人とが分かり合えることはないなんて云うつもりも無いけれど。

あ、ジローの日々雑感になっちゃった。失礼。

投稿: ジロー | 2006年8月29日 (火) 10時50分

>ポール・サイモンはサウンド・オブ・サイレンスで
>現代(もう40年も前だけど…)におけるコミュニ
>ケーションの難しさを表現した

僕も読んだことある気がする。でもこの解説(サウンド・
オブ・サイレンス自体ではない)、今になってみると
「僕のこと、誰もわかってくれない」っていう、
ガキっぽい甘ったれたつぶやきのニュアンスを感じるね。
それは伝える方に芸がないだけの話だもんね。
ポールの声は決して「耳触りのいい声」とは思わないけど、
「Duncan」なんかだと、あの声じゃなきゃ伝わらないもん。
芸ってすごいね。

>だからといって人と人とが分かり合えることはないなんて
>云うつもりも無いけれど。

うん、言葉通り越して共感する時もあるし。
かといって、「自分を誤解してる」と感じてしまう人は
自分の別の見方を教えてくれる人とも言えるし。
だから自分を否定的に見る人も、ありがたいよね。
両方あって健康だと思う。

>あ、ジローの日々雑感になっちゃった。失礼。

どんどん雑感してっ!!


投稿: さかた | 2006年8月31日 (木) 01時09分

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