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2006年12月31日 (日)

長男、8歳

ガキ二人は毎日叱りとばしている。「子どもに言ってはイケナイ言葉」とかあるけど、フザケンナと思う。ハダカのぶつかり合いだ。考えた瞬間に言葉が鈍る。次男は2歳児でも、ひっぱたきに手加減はするが、叱りに容赦はしない。僕なりには長男・次男分け隔てなくやってるつもり(長男がどう感じてるかは知らん)。

息子と言うより怪獣二匹だから大変は大変だが、長男には助かってる。イジメはするがなんだかんだ言って次男と遊んでくれる。僕ら夫婦は一人っ子同士だから、長男を見ていると、同じ年の頃ならきっと長男の方が上だろうと思う。人間関係で恐ろしく達観した部分も感じる時あるし。

昨日、先日退院したおじいちゃん(僕の父ね)が来て誕生会をやった。その時撮った写真を見ると、顔つきが変わってきた。昨年より穏やかになってお兄ちゃんになっている。それなりにお兄ちゃんになってるんだな。

ほんと頼りになる時は頼りになる。感謝だな。

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御殿峠レキ層

28日から休みに入ってる。大掃除をしながら、少しはTon's歩き(長距離散歩)はさせてもらってる。僕は家の中にずっといたら機嫌がどんどん悪くなるし。とはいえ、午前中は掃除だからせいぜい使えて午後の3時間。だから毎年恒例の「破線の楽しみ」(Tonの日々雑感バックナンバー 2004年9月29日参照)、国土地理院の地形図に破線で記された幅員1.5m未満の道、多摩丘陵の細道歩きをやっている。
28日は午前中に大掃除の下準備(ガキ共のおもちゃ箱の大整理…使用頻度の高いオモチャをまとめ取り出しやすいようにする)をした後、小田急多摩線五月台駅から京王永山駅までの7キロ、今日は長男の誕生日プレゼントを町田のヨドバシまで買いに行った後に、JR横浜線相原駅から橋本駅まで、丘陵の山道を通りながら歩いた。

で、見つけたのがこれ。
Dscn7079




単に土の中に入った石ころ。でもこれ「御殿峠レキ層」の高位層じゃないかなぁ。それが山道で少し顔を見せていた。道ばたに湧水があり、「おや?」と思って凝視したら気付いた。御殿峠レキ層というのは30~50万年前、古い相模川が津久井湖のあたりから北東方面に流れていた頃堆積させた石ころ(レキ)の層。多摩ローム層の下にある。古いだけに風化が進んでボロボロの石ころが混じってる。何故、相模川ってわかるかというと。いまの丹沢山系で見られる石ころを大量に含んでいるから。

撮ってきた写真を、GPSのトラックデータ&カシミール3Dで撮影位置推定して図上に落とすと、標高200メートル程の場所。名前の源になった「御殿峠」(国道16号線にその峠がある。東京工科大学八王子校舎のあるあたりね)で見られるこのレキ層の高位層は、凡そ標高190メートルの位置に見られる。このあたりの地層は東に向かって1~5度ほど傾斜して下がっていくというから、その場所より西側のここはもう少し高い位置にあってもおかしくないんじゃないか? たぶん間違いなく御殿峠レキ層でないかなぁ。

50万年前に積もった石をこうして僕は見ている。
ただ歩いてるだけで、こんなものに出会える。
身近なものにも、知ってみると恐ろしく深い歴史が隠れてる。

参考文献
大森昌衛監修
『日曜の地学4 東京の自然をたずねて』築地書館
松井健・武内和彦・田村俊和編
『丘陵地の自然環境-その特性と保全-』古今書院
『多摩のあゆみ』第83号 特集「歩いてみよう 多摩の自然」
たましん地域文化財団

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2006年12月30日 (土)

基本はメロディ

いま、耳コピと平行して、
自分のオリジナルやアレンジした曲を、またアレンジし直してる。

作る時にベースラインに変に凝りすぎ、単に「メロディのジャマ」なところがある。ベースラインはステージ照明で言えばホリゾント。サウンドの背景色を決定するから決して疎かには出来ないが、今見直してみると余計な経過音が多い。作った時は響きの面白さで入れちゃったけど、今見直すとすげぇジャマ。「いったい何が言いたいの、お前? うるせぇよ、引っ込め!」って感じ。基本はメロディだ。

最近、いろんな曲聴いてても、主旋律に対するカウンターメロディに耳が行く。茹蛸トリオでいろいろ挑戦したが、「あ、俺のやったアレ、シンドウさんの歌、汚してるだけじゃん」っての、いろいろ聴いててすごい感じる。
大~変、痛い。

音楽的には混沌の中に、いま僕はいる。本腰入れ直して約7年。それ以前に行き詰まったのと同じような行き詰まりを感じてる。でも僕は20代の頃の知恵のない僕じゃない。その時、めんどくさがって避けて通ったことに向かい合ってみようと思う。「愛する音「そのもの」にもっと向かい合う」ってこと。時間はかかるだろうけどね。

追伸
僕のHP・Ton's Tonesのレパートリーページを廃止しようと思ってます。
このブログに「レパートリー」ってカテゴリー作って、上記のように焼き直しをする中で感じたことを書いていこうと思います。

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2006年12月29日 (金)

Breath

ギターで歌う上でも、ブレス(息継ぎ)って重要な気がする。
詞のついている曲をやる時は、その詞の言葉のイントネーションも意識してフレージングした方が、確実にギターが歌い始める気がする。まずはメロディをどう歌うかだなぁ。全部自分のレパートリーをそういう目で洗い直し、手直ししてみたくなった。

トゥーツの吹く間奏で、昨日までなかなか採れなかった部分が今朝やっと採れた。耳コピで「根つめすぎない(やる気を全部使い果たしちゃうから)、でもあきらめない」って大切だな。

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2006年12月28日 (木)

Her Favorite Song、僕なりの解釈

ラリー・カールトンのHer Favorite Song、面白いっす。
ベースラインが半音ずつ下がっていく流れの中に、美味しくハーモニーを絡めてあって、Key=AなのにFmaj7が出てきたりする。こんなかんじ。

A   |A/G♯ |A/G |D/F♯
Fmaj7 |A |Bm7 C♯m7 |A/D  E |

このFmaj7、どう解釈したらいいんだろう。気持ちいいってのはわかるんだけど(^^)。そして転調部分がまた面白い。

A♯m7 |D♯m7 |Am7 Am7/D |Bm7
Dm/F |F  |G♯add9 A♯add9 |Cadd9 C♯add9 |Bm7/E

最初のA♯m7はメロディラインからのリハーモナイズから生まれた転調と解釈。でもってD♯m7へⅤ→Ⅰ進行してぇ、こんどはAm7へ飛ぶ。これ、「A♯m7 |D♯m7」のⅤ→Ⅰ進行を半音下げただけととるか。それともD♯(E♭)とAは単音ならトライトーン(増五度)の関係だから、増五度の進行って感じでとるのか? 面白いっ。で、「Am7 Am7/D |Bm7 |Dm/F |F 」のあたりはBm7のとこ除いてひとしきりKey=Cで推移(メロディラインのスケールもそんな感じ)。一音ずつ力業でコードあげてってKey=AのダイアトニックコードのBm7/Eに着陸させ、Aに戻す。

ラリーの思いつきなのかなぁ。シンプルで気持ちいい。
どっかで自分もこのアイデア、使ってみたい。

いまはポール・サイモン「I do it for your love」の間奏を耳コピ中。ジローさんに借りっぱなし(ごめん)のビデオ「Paul Simon Show」のバージョン、ハーモニカのトゥーツ・シールマンスの泣きのプレイが切なくてね。ギターでハーモニカの音色採るってなかなか手強い。それとトゥーツのフレーズの訛りを譜面化するのに苦労してる(これで泣いているのだ)。一小節も進まないこともしばしば。ダイアトニックスケールからアウトした音の使い方がすごく美味しい。がんばってみる。

追伸
一個コードネームミス発見、訂正しました(2006/12/29 6:10am)

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2006年12月26日 (火)

『のだめ』、最終回

ほぼリアルタイムで見てしまった。

宮崎淑子のやった"野田洋子"、最高っ!! すばらしい!
最終回の野田家のシーンは秀逸だ!

楽しみにしていた「なんばしょっとか、そげんかとこで!」(^^)
玉木宏、よかった。せつなくなって、泣けた。
上野樹里の"のだめ"は原作よりも小悪魔的だと思う。
「あ、お父さん……」の時の表情で思った。

レス滞ってるのに、すみません!
どうしても書きたくなっちゃって。。。

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2006年12月25日 (月)

父、退院

僕も、緊張の糸が切れました。

疲れた。

レス等、少々お待ち下さい。。。

誠に申し訳ありません。

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財布、拾っていただいた

22日(金)の夕方、仕事で行った東京・府中の街中で、僕は財布を落とした。疲れてたのか、鞄のファスナーの締めが甘く、その隙間から落ちてしまったようだ。用先の市立中央図書館で紛失に気づき、すぐにバスを降りた京王線府中駅まで探しながら戻ったが、なかった。それもそのはず、この間にすぐに拾われ、交番へ届けてくださったようなのだ。
本当に有り難い。。。
恥ずかしながらこれで財布を拾っていただいたのは3回目。
一度目は小学5年生の時、そして前回は長男誕生の直前。このときは散歩中にカミさんが破水し、タクシーを呼びに僕が猛ダッシュしたときに落とした。本当に「いい人たち」「真心」に支えられて僕は生きている。幸せだ。

だから人とのつきあいで現在、まず僕は否定から入ることはしない。
「おまえが幸せなだけだろう」と言われてもごもっとも。無論「嫌いだ」って感情だってある。30才以前の自分ならこの「嫌いの感情」にもう少し長く捕らわれたが、今は「そんな時はちょっと距離を置いて観ればいいじゃん」って、思えるようにもなった。大抵の「嫌い」の感情は、自分の状況に余裕がなく、相手に対する自分の誤解や理解不足がほとんどだったりするしね。

ところでこの「嫌い」って感情で、素敵な言葉に出会ってる。
僕の好きな、臨済宗の坊さん&作家の玄侑宗久さん
この人のこんな言葉

「相手が憎い、って感情、
  これって自分の中にある相手の記憶が憎いんでしょ」

「相手が自分にとって嫌なことをした」、その記憶が重なって相手の人格像を作り上げ、その人格像に対する嫌悪感を募らせてゆく。「相手そのものが嫌い」なのではなく、「自分の中で勝手に作り上げた相手の人格像を嫌悪してるだけ」でしょ、ってこと。「日々是好日(にちにちこれこうにち)」って禅語があるけど、これは決して「毎日いい日だねぇ(^^)」なんちゅーノーテンキな言葉ではない。毎日朝と共に生まれ変わり、過去にとらわれない新鮮な目で物を見れば、「好日」となるっていう意味がある。「違う」と思えば、出来る限りその場で相手に疑問をぶつけて(伝え方は考えないとまずいけど)解決していけばいい。過去を引きずらないようにするだけでかなり違う。

自分の人生のとらえ方だって、どの記憶を選んでつなぎ合わせるか、嫌なことも視点を変えて捉え直すかで、明るくも暗くも出来る。人生、決して悪いことばかりではないと思う。誰しも生まれてすぐに自分で自分の世話が出来るわけはない。お釈迦様が生まれてすぐに立ち上がって「天上天下唯我独尊」とぬかしたというが、フザケンナ、そんなんあるわけがない。赤ちゃんの時、誰かが世話してくれたから、誰しも今ここに生きている。この世話、ただぱっと親になったからとて出来る行為ではない。相当な我慢強さが必要。これを「愛」と呼ばずなんなのか。だから必ず誰しも愛は受けている。それが目の前の心の傷の大きさに覆い隠されて見えなくなっているのが、大半だと思う。

でも、自分含め「人」ってやつ大体が、嫌なことばっかりつなげて、自分を悲劇の主役に仕立て上げてしまいがち。だからこそ「日々是好日」なんて考え方、生み出すんだとは思うけど(^^)。作用・反作用だなぁ。

とにかくも、こうして支えられ、助けられて生きてる僕。
幸せである。

追伸
もしご興味があれば、玄侑宗久さんの下記の本、一読あれ。
上に書いたこと。ホトンドこれらからの受け売りです。
でも、ホントにそう感じるから書いてます。

『釈迦に説法』(新潮新書066 \680)
『禅的生活』(ちくま新書445 \720)

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2006年12月24日 (日)

基準ワイン

僕は、醸造酒なら日本酒よりもワイン、それも赤が好きだ。
予算は3000円前後まで。楽器と同じで、これも上にいったら天井知らずだもん。要は値段の高低より「自分が美味いと思うか」、それだけだから。

僕の基準ワインはこれ。イタリア・トスカーナワインのカンネート。僕もカミさんも赤ワインならミディアムよりちょっとヘヴィ目が好き。2年ほど前、お店で相談して選んでもらったのがこれだ。以来、これを飲むか、この味を起点に冒険するなり、似たような他のワインを紹介してもらうなりしている。「ミディアムからヘヴィ、具体的にはトスカーナワインのカンネートが好きなんだけど、おすすめないですか?」って尋ねて。なにせ向こうは酒のプロ、ボクの百倍以上知っている。こう話せばちゃんと教えてくれる。

実は今日、カミさんの誕生祝い(7日なのだが父の入院で延び延びになっていた)とクリスマスを口実に、良さめのワイン飲もうと、このカンネートを買いにいった。だが、僕は名前を忘れてたのだ。で、店員さんにこう聞いた。「あの…、ほらっ…、、ラベルに1センチ角ぐらいの四角い穴のあいたやつ!(笑)」。迷惑な客(笑)。でも、ここの店員さんはエラいっ。これでわかってくれた。だが完売しちゃって店にはなく、他のワインを紹介してもらった。こんなレファレンスの出来る職人に、僕もなりたいもんだ。

さて、こんな素晴らしい店員さんのいる酒屋は、東京・国立の「SAKE-BOUTIQUE SEKIYA」。JR中央線国立駅南口すぐ、西友の1F&地下に入ってる。日本酒・焼酎・ワイン・ウィスキー、ものすごい種類のある、まさにお酒の博物館。棚を眺めているだけでも楽しいお店っす。

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2006年12月23日 (土)

メサイア、ええわぁ!!!

なんとウチの怪獣ども(息子たち・笑)が、
22時前に寝入ってくれたぁぁぁぁぁぁぁっ!!

カミさんが二人を寝付かせてる間に、僕が茶碗を洗ってたから、22時以降の時間がまるまる空いた!! すっげーウレシイ(^^)。数年来長男にせがまれて、一昨日やっとこさ買ってきたクリスマスツリー(心ないクリスマスは嫌だと親二人拒否し続けてきた)をテーブルに置いて、そば茶入れて、虎屋の羊羹切って、小さく「ヘンデル/メサイア」をかけて、カミさんと二人、ぼーーーーーーっとした。うーーん、至福じゃのう(^^)。

「メサイア」、すごくいいっす。素人耳にバッハほどクセがないというか。。。別にクリスマスを意識した訳じゃなく、「聞きたいな」と思ってかけた「メサイア」、ふっと気がついたら、これ救世主のお話やんけ。

こう、カミさんと二人でぼーーっとできる時間に、すごく至福を感じる。

ええ夜じゃぁ(^^)。

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2006年12月22日 (金)

宅間久善『俺のマリンバきいてみて くれない?』

高校から大学2年ぐらいにかけて(具体的に言えば1984~90年)、僕は毎年一回はコンサートに行っていた。それは「さだまさしコンサート」。年に一回、厚木市文化会館に来る。毎回、夜通しで並んでチケットを手に入れ、一階席の真ん中あたりで観ていた。当時好きだった女の子を誘っていったことも何度かあったなf^_^;;;。
ステージトークはご存じの通りメチャクチャ面白い、いつもハラワタがねじ切れるほど笑った。肝心の音楽。バックバンドの亀山社中の演奏も素晴らしかった。特に僕はギターサウンドからさださんの音楽に入ったから、坂元昭二さんの弾くアコースティックギターの音色、"泣きまくる"リード、さださんとのギターアンサンブルで見せるオープンハイコードでの絡みには、毎回震えまくった。いま自分でギターアンサンブルを作るときも、かなり影響を受けていると思う。マリンバ&パーカッションの宅間久善さんの激しいマリンバプレイ("胡桃の日"や"春雷"ね)、僕は客席で思いっきり興奮し、歓声を送ってた。

この本はその宅間久善さんが書いた本。前作『俺のマリンバ聞いてみろ』から19年、その間にあった亀山社中の解散が「マレットを置いた日」となって書かれている、僕はそれが読みたくて買った。

音楽に向かう姿勢に関して、前作『俺のマリンバ聞いてみろ』読んでも思ったけど、やはりすごく揺さぶられる。解散前にあった「どうサウンドを新しくしてゆくか」のジレンマ。レベルの差こそあれ、僕もいままで柏原はねみさんのバックや、シンドウさんや岩橋さんとスタジオで茹蛸になって呻吟している。だから痛いほど伝わってくる。僕は評論家の書いたオナニー批評は嫌いだが、プレイヤーの書く本音は大好き。ほんとワクワクさせてもらえる。

さださんが映画『長江』で抱えた大借金(利息含め総額35億円とのこと、すげーな)、その返済がいちばん大変だった頃、その当時のギャラの話もあった。こうして僕も音楽を続けてくると、その亀山社中にいたメンバーのギャラについての話を、人づてながら聞いたことがある(あんまりいい話ではない)。聞いた時「ホントかよ、それ」と思ってた。ネタバレになるから書けないけど、この本読んで確かにそうだった。さださんの書いた本『いつも君の味方』に書いてあったことも含めて、「あ、このことを言っていたのか」と腑に落ちてしまった。

さださんには会ったことなどないが、あの芸能界の中では本当に飾らない人なんじゃないかと思う。でもそれですら「夢」を売るために、虚勢を張り続けなくてはならない部分もあるんだな、ということ、この本読んでてとても感じた。この虚勢、僕がもし当時の亀山社中のメンバーで、妻子のいる身だったら納得いかないなと正直思った。
宅間さんの音楽は素晴らしいよ。この本、CDが付録で着いてるけど、同じマリンバプレイヤーになった息子さん達とのデュエットが録音されてる。歌心がホント素敵だ。

芸能って、つかの間に別の世界を見て聴いてくださる方に感じさせてナンボ。ポンタさんの本読んでも思ったけど、そのプロの世界は本当に大変だ。
いったい僕は人前でギターを弾いてもいいのか、逃げ出したくなる自問が、これ読んでて浮かびまくった。

CD BOOK
宅間久善『俺のマリンバきいてみて くれない?』
ANY 刊 1800円(税別)

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2006年12月20日 (水)

躊躇は禁物、心筋梗塞

10日にも書いたが、いま父が心筋梗塞で入院している。僕も緊急入院の第一報を聞いた時は即座に死を覚悟した。それほど死に近い疾病だと思っていた。無論、命の危険の少ない病気では決してない。だが、

「心筋梗塞は早期に発見して、対処が早ければ
  心臓のダメージを少なくできる病気だ」

ということは、父の罹患をとおして学んだ。

心筋梗塞とは、心臓を動かす心筋に栄養・酸素を送る冠状動脈が詰まって、心筋に血液がいかない状況になり、回復不可能な壊死を引き起こす病気。血管が詰まって壊死が始まると、胸に激痛が走る(経験がないから表現が出来ないが)。
詰まった場所の重大性の如何、人によっては、ここで心室頻拍・細動→心不全と急激に辿って意識不明、死んでしまう場合もある。だが、まず胸がひどく痛み出した段階で救急車による早い入院、カテーテル処置による、詰まった箇所の造影・確定・再開通処置で、壊死範囲を小さくできるのだ。

とにかく「尋常でない胸の痛み・苦しみには即救急車」と考えるべき。一度罹った人なら血管を広げる薬などを用心として持たされるが、誰もが持っているわけではない。ただ待ったって治ってくれはしない。

心筋梗塞に躊躇は決してしてはいけない。

さて、おかげさまでもうそろそろ父も退院。
退院した後は、機能の落ちた心臓をかばいながら負荷をかけすぎない生活(運動不足はまずいが)、血管を詰まらせない(ドロドロ血にしない)ような低コレステロールの食事が、養生のためには必要になる。担当医師曰く「心筋梗塞は不節制な生活習慣のなれの果て」とのこと。「すいません、僕に言ってんすか、それ(笑)」とツッコんで、大笑いになった。

あの父がこれから一人暮らししながら上記の生活を送るかどうか、、かなり疑問だ。。13年間離れた母に、小言や恨み辛み言われながら生きるのはもう嫌だと言ってる。
どう生きるかを決めるのは父自身。「お願いだから大切にして」とは、もう僕もガキじゃないし、男同士として言いたくない。それは決して父のためでなく、さみしい思いをしたくない自分のためでしかない。

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2006年12月18日 (月)

628.804km

これ、今年5月頭にGPSで記録をとりだしてから、歩いた距離。
カシミール3Dで地図上に落とすと下の図のようになる。

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入院してる父の見舞いも、ズルい僕は、ただ同じ道を行って帰るなんてツマラナイことはしない。次男の時と同じように散歩も挟んでる。こないだは京急の花月園前駅から東急池上線の蓮沼駅まで11キロほど歩いてみた。生麦の魚河岸通りは興味深かったな。かなり濃いぃ品揃えのある魚屋さんが林立してて(下の写真)。

Dscn6916






来年も別に目標何キロっておくつもりもない。ただ歩いて、淡々と積み上げていければいい。歩いて地域をナマで感じ、いろいろ考えることがいちばん楽しい。

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家族をジャマに思う時、、ある。。

音楽、仕事に没頭したくなった時、
勝手だが、、家族をジャマに思う時は、、、ある。
「勉強したいのに、、てめーらいつまで起きてやがる」って息子どもに思うことも、たくさんある。下手に家でメインギターは出せない。実際にあったが壊されちまう。

両立って、不可能なんじゃないかと思う。尊敬する宮本常一も、素晴らしい仕事はしたが、家庭人としては最低だ。物事は三昧境に入ってしまうと、枝葉末節はどうでもよくなるからね。ただ美しいものを追求したい、ってなってしまうから。

ただ凡人な僕は、こうして足かせをはめてみて、ものすごく音楽したい、学びたいとわかったのも事実。"純粋な美の追究"ではなく、単なる"逃避欲求"なんだろうけど。

煮えきれない時、自分を腹立たしく思う。
この日常のなかで三昧境に入って音楽する、仕事する。
大変だ。。。。

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2006年12月17日 (日)

ラリー・カールトン/Her Favorite Song

音蔵ライブ以降は、「曲作り&アレンジ」「自己アレンジ曲の練習&磨き上げ」「耳コピー&採譜」を中心に朝練の時間を使ってる。この数日、ハマッてたのは「ラリー・カールトン/Her Favorite Song」の耳コピー&採譜。

浪人時代に貸レコード屋(懐かしい!!)で借りたラリー・カールトンの「Discovery」。そのラストに入ってて好きになった小品(2分弱)、大学時代にコピーしかけたが、当時の僕には根気がなく、ほったらかしてた。
それからほぼ20年、もう一度取り組んでみようと、やってみたら…。。

わーい、意外に簡単に採れちゃったぁぁぁぁぁぁ!!

途中の転調部分がすごく美しい。
採譜した後、どういうコード進行になってるのか、分析してみんべぇ(^^)

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2006年12月16日 (土)

音蔵の音源、聴けます(^^)。

12月9日音蔵での茹蛸トリオ(シンドウアツコ、岩橋信之、坂田)の音源、シンドウさんがご自身のブログにアップなさいました(ここをクリック)。
どうぞお聞きくださいまし(^^)。ヘッドフォンでの試聴がおすすめです。
僕らの演奏、ハダカにされるようでコワイけど。f^_^;;;;

もっとシンドウさんが安心して歌えるようなプレイがしたい。
ギターも歌わせたい。精進したい。

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2006年12月13日 (水)

音蔵、その後…

ステージで聴こえていた音、とてもよかった。
またやらせてほしい場所だ。

僕自身としては、シンドウさん、岩橋さんとやってきて
もっと「音楽自体と向き合いたい」と思った。
この二人はすごい。
僕も朝練1時間の使い方を少し変えようと思う。
でも、もう具体的に何やるかはいちいち書かない。
僕の奏でる音自体が変わって、わかってもらえなければ、
なに理屈書いたって無意味だから。

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2006年12月10日 (日)

病院への「見舞い」の是非

6日に、父が急性心筋梗塞で入院した。

第一報は職場経由、僕は車を運転中だった。「お父さんが胸の痛みで、救急車で病院へ運ばれたそうです。○△病院、電話番号は・・・です。すぐ電話してください」。間違いなく急性心臓疾患。8割方「父の死」を覚悟した。しかしその後、救急隊の方や病院ととった連絡の中で、救急車内で意識がハッキリしていたこと、またカテーテル精査・処置(股の付け根の大動脈からカテーテルを入れて心臓に到達し、造影剤を入れて塞栓を起こしている冠状動脈を確定・再開通させる)の実行については本人許可を取れたことを聞き、「これは助かるかも」と思った。父は胸が痛んですぐに病院へ駆け込めばよかったのだが、少し家で様子を見てしまった。それは悔やまれるが、幸い命は取り留めた。病院に着き、処置室からでてきた父ともちゃんと話が出来た。本当にホッとした。

だが、いままで71年何も大病や入院をしたことのない父、かなり入院生活を嫌がり、すでに8日からは「俺は帰る!!」と言い張る始末。とんでもない。父の心筋は梗塞によって3分の1は"壊死"の可能性がある。これからのリハビリで、残った3分の2の心筋に、不整脈を起こすことない無理のない運動をリハビリしていくのだ。
スタッフや僕がそれを一心に説明しても聞く耳がない、ただ帰りたい。「俺は大丈夫だから帰る」の一点張り。寝ている分にはもう胸の痛みもないから帰れると信じ、「親戚が死んだから告別式へ出席しなくてはならないんだ」と病院スタッフにウソまでつき、相当だだをこねた。元々「だだっ子気質」な父だが、本当にがんばってくれてる病院スタッフを前に、かなり申し訳ない気になった。でも父も本当につらい。僕は健康だからわかってあげきれない。ただ、自分の親だけにこの急性期をしっかり大事にして欲しいし、何でわからないんだ、とアタマにも来るしで僕も混乱し、8日はかなり参った。ただ泣いて駄々こねるけど、大人のように具体的行動を起こす可能性はない、昨年の次男の入院の方が、まだ楽だとまで思った。

で、気づいたことが一つ。
「病人の気晴らしに、見舞客っていいんだ」ってこと。

お見舞いって病人自身に気を遣わせるから、はばかりたくなる。どう話していいか、地雷を踏むような言葉を言ってしまいそうで怖い、お見舞いにいく足が進まないことがしばしば。僕自身そう思ってた。
ただ、病人って一人になると自然と自分の病と向かい合ってしまう。すると当然病気で気が萎えてるからネガティブに考えてしまうのだ。ケース・バイ・ケースであって、病人からしたら誰に見舞いに来られてもいいというわけではない。必ず家族に状況を確かめてからでないとまずい。だが、見舞客があり、少なくともそこで何か話をしている間は「病気の現実から一瞬でも離れられる時間」なのだ。父の場合は「エエカッコシイ」の部分もあるから、その気質を上手く利用すれば、必ず病院になくてはならない半急性期の間、気晴らしさせて病院にとどめさせることが可能になる。それと病人の配偶者や子・兄弟は、思いきり本音でぶつかり合ってしまい、お互い余計に参ってしまう。適度な他人の距離が気晴らしにはいい。いい見舞客は付き添っている家族にいったん病人から離れる時間を提供できる。長い看護が続く家族にとって、これは大切なことだ。

父の入院で、またいろいろ知恵をもらった。

これから退院した後も、いろいろなことがあろう。まぁ"one at a time(一度に一つ)"、"Don't make things worse by guessin'(あて推量で物事・事態を悪くするな)"の精神で、淡々と対処していこうと思う。まいったなぁ、これ乗り越えたら、俺、これ以上いい男になっちゃうよぉ(爆)。

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2006年12月 8日 (金)

12月9日、音蔵ライブ

"さぁ、楽しい、音楽の時間デス" by ミルヒー・ホルスタイン(笑)

ほんとそうだ(^^)。一期一会、音を慈しみ、楽しみたい。

音、人、、素敵な出会いをっ(^^)!!。

音蔵ではよろしくっ!!

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