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2007年2月18日 (日)

大井町の「レモン哀歌」碑

先日あるきっかけで読んだ高村光太郎『智恵子抄』、はずかしながらそこで初めて知ったことがある。智恵子が亡くなった病院は他でもない、僕の故郷・品川区「大井町」にあったのだ。ゼームス坂病院、智恵子は昭和13年10月5日にそこで亡くなった。病院はもうないが、病院のあった場所に文学碑があると大学時代の友人に聞いたので、父の家に行くついでに、ちょっと行ってみた(写真はその碑)。

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黒御影の大きな石に、光太郎の原稿からとった筆跡で「レモン哀歌」が刻まれている。石碑の前にはレモン。連れ合いを失うなんて想像するだに嫌だ。僕はカミさんほど強い人間じゃないから、先立たれるなんて絶対イヤ。願わくば俺が先に死にたい。ここで光太郎は自らの半身を失ったのか。

この石碑、高さにも意味がある。智恵子の背の高さ(推定)だそう。僕の口元くらいまであった。この推定身長が正しいなら、当時の女性にしては長身だったんじゃないかな。シンドウさんの観た「智恵子の切り絵の復原品の展示」は、その数日前に僕も見たが、作品もさることながら、智恵子の写真に驚いた。27歳頃の写真と、40代後半の光太郎とのツーショットの写真があったのだが、後者の智恵子の表情の方がはるかにピュアだった。「あなたはどんどんうつくしくなる」って光太郎の詩がぐっときた。

それから父の家に行って一仕事。帰りに大井町の駅の近くで、名前の気になった焼き鳥屋(店名はJACO。あの"JACO"です)に入って、ちょっと飲んだ。お通しの煮物がいきなり美味しかったのでふと、「ここで親父と飲みたかったな」と思った。でも悔やむまい。親父は「万物となってそこにゐる」。僕の命そのものだ。だから美味しく食って帰ることにした(笑)。

ま、いろいろ淡々とやるべ(^O^)。

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» 智恵子の紙絵。 [日々是歌♪]
”いいものは懐かしい” という言葉が、落語にはあるそうです。 この連休中、そんな [続きを読む]

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