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2007年3月26日 (月)

カタクリに会ってきた

Dscn8363_edited今日は西多摩のあるところへ、カタクリ(Erithronium japonicum)の花を見に行ってきた。写真のような、頭を垂れた清楚な美しい花。どういう花か知ってはいたが、お恥ずかしながら実はしっかりご対面したのは今日が初めてだ。3月下旬から4月上旬の短い期間に花をつけるが、分布が濃いのはもっと北や本州中部、もちっと寒いところに育つ植物。この多摩周辺ではこの時期の北向き斜面の明るい、湿り気の多い林床部に咲いている個体が多い。氷河期に北から分布を拡げては来たが、その後の気候変化によって温暖化した後、元の地域に近い環境の場所に残った"遺存種(レリック)"とも考えられている。そして…

「こういう環境にしか生きられない」植物だ。

これほど可憐な花だからこそぎごっそり盗掘しやがる大バカ者がいる。だからこうしたネット上ではどこで見てきたのか詳しくは書かない。その場所から持ち帰って育てようとしても育たないのだ。「やはり野に咲け」、カタクリ自身が選んだ場所で、カタクリの命を出来るだけジャマせずに、その環境や悠久の時間の中での気候の移り変わりを考えながら、愛らしさを感じるべき花だと思う。

でも、理屈はどうあれ、ほんと可憐で素敵な花でしょ(^^)。

参考文献:『多摩のあゆみ』第83号 特集「歩いてみよう、多摩の自然」(たましん地域文化財団刊、1996年)

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コメント

綺麗に咲いてますね~。まわりの空気まで綺麗な感じがする。

投稿: kikimimi | 2007年3月27日 (火) 02時26分

北海道なんかだと、一面じゅうたんみたいに咲くんだけどねぇ。札幌の郊外もいいけど、僕がよく行くのは旭川市の郊外。大体いつも5月の連休ぐらいが見ごろだよ。

カタクリがウルム氷期が終わって、この間氷期に入ってからも、たとえば千葉市の某自然公園みたいな照葉樹林地帯の只中に残った理由として、縄文人の関与があったんじゃないかという説もある。つまり、落葉広葉樹林が照葉樹林に置き換わっていく中で、縄文文化を作り出していった人たちが、自分たちが必要な資源の獲得に有利なコナラ林のような落葉広葉樹林を人為的に維持してきたんじゃないか、そういうところにカタクリが生き残ってきたんじゃないかっていうんだよ。

あと、カタクリの種が落ちて、花を咲かすことができるようになるまで、10年ぐらいはかかっているってことを忘れちゃいけないよね。

それと、野草をどうしても栽培したいときには、種子を採集して(それが花を咲かせるまでにどんなに時間がかかろうとも)実生から栽培すべし。もちろん種子も一網打尽みたいにとりまくったら大問題だけど、一株から2~3粒ぐらいだったらまぁ許容範囲かな。植物は自分が発芽した環境に適応して体作りをするようで(おそらく根と共生する菌類とのパートナーシップが大きな原因なんだろうけど)、非常に栽培が難しい植物でも実生で育てると、非常に生存率がいいものなんだよ。とにかくそこに根を下ろしている株の山どりは言語道断だよね。

投稿: ウミユスリカ | 2007年3月27日 (火) 08時58分

>kikimimiさん
>綺麗に咲いてますね~。まわりの空気まで綺麗な感じがする。

北海道の群落みたいにはどうしたってなれないけど、ここも多摩にしては大きな群落。明るい林床って環境と相俟って、凛と澄んだ空間が広がってますよ。場所知りたい? あと一週間が旬です。

>ウミユスリカさん

僕の記事をネタにこれほど広げてくれる。ウミユスリカさんだけでなく、ほんとここのブログに集ってくれる人、話題の多い多士済々で面白いっす。自分でもかなり良質なブログだと思いますよ、ここ。ほんとみなさんのおかげです。

>北海道なんかだと、一面じゅうたんみたいに咲く

見たいなぁ。すげぇ見たい、これ。旭川ね(^^)。
札幌の郊外なら叔父が再婚して札幌にいる。叔父にも聞いてみよう。

>縄文人の関与があったんじゃないかという説もある。

この説、オモシロイね。いま様々なところの低湿地の遺跡から、縄文時代の竹製の編み製品や漆塗りの製品が出土してるけど(この辺の詳しいことはをんばせさんにおまかせしたいです(笑))、土製品でない竹などの「軟質文化」は、土中で酸化して消えてしまったから「ない」と考えられていただけで、実は相当古くからあったのではないかと思うね。だから、縄文人の植生に対する関与も大きいんじゃないかってのは、実に感じる。武蔵野の黒ボク土の始源にも確かそういう説なかったっけか?僕なんか歩くのがほぼ多摩周辺だから特に思うけど、人間の手の入っていない景観なんてないんだよね。第四紀の自然に対する営力で、人間って小さいようで大きいよね。

>カタクリの種が落ちて、花を咲かすことができるように
>なるまで、10年ぐらいはかかっている

どんどん書いて!! ほんと土の中のさまざまな微生物とのハーモニーが形成されるまでは、それだけの時間がかかるんですよ。

ちゃんとその生態をわかって、自分って存在のインパクトをきちんと理解し、勝手にではなく地域とのチームワークで栽培もしてみるっていうのは、その生態の理解のためにも重要なことだと思います。多摩動物公園の昆虫園でホタル舎を作ったことで、カワニナから水草から、どれほど広範な生態系の大きさが必要になるかということがわかってくるというのもありますしね。

投稿: さかた | 2007年3月27日 (火) 13時16分

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