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2007年3月29日 (木)

電柱と街の歴史

高圧線鉄塔ではなく、ちょっと広義に「電柱」の話。
僕が、歩きながら街中の現在地点把握に使っているのが「電柱」。電柱には広告をはじめ様々な情報がくっついている。地名表示がついているのはたいてい電柱か、街角の塀。ところがこれは『赤線跡を歩く』(自由国民社、文庫版は筑摩書房から刊行)という本で得た知恵だが、電柱にはそれだけではない、「街の歴史」をも隠れている。

Rscn8439 電柱には電力会社やNTTが把握するための「支線名・電柱番号」のプレートがついている。この「支線名」には、たいてい「その町が開かれたころの町名」がそのままついている。
たとえば僕の住む相模原市千代田、昔は「栄町」といった。昭和40年代の国土地理院2万5千分の1地形図にもそう書かれている。いま街中のパッと目に付くところを見ても、痕跡は神奈中バスのバス停に「栄公園前」というバス停があるくらいだろう(バス停も古い地名を残すものの一つだ)。ところが電柱にはちゃんと「栄町」という名前が残っている。

Dscn5015_edited また立川の街には昔、遊楽街があった。いまはその痕跡は何もないが、やはり電柱に「楽天地支線」という支線名のプレートがある。





僕の友人にも、電気事業の発達から日本の近代化を研究している奴もいる。送電線から見えること、いろいろあるみたいだ。

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コメント

私地名も大好きで、バス停の名前なんかはよくチェックして面白がったりしてるのですが、電柱のプレートとは盲点でした。
ベンキョになりました。m(..)m

余談ですが、藤沢駅から私の実家の方向にタクシーに乗るときは、タクシーの運ちゃんには「川袋のほうへ行ってください」と言います。川袋というのは今は無い地名ですが、若い運ちゃんでも不思議とこの地名で通じるんです。
目に見えないですが、古い地名が使われてるという事例の話でした。
川袋、という語源は想像つきますよね。 (^^ゞ

投稿: 一太郎 | 2007年3月29日 (木) 01時12分

>一太郎さん
>バス停の名前なんかはよくチェックして面白がったり

相模原でみつけて面白かった地名は「いの原」「ろの原」「はの原」ですね。相模原に昭和10年代、陸軍造兵廠・陸軍士官学校・陸軍通信学校等の軍事施設が次々とやってきた。戦後、その陸軍士官学校の演習地だった場所(北里大学南東側一帯の麻溝台)に満州から引き揚げされた人たちの入植地が出来て、そこに付けられた地名です。ここには引揚者の開拓記念碑もあります。すぐ近くに、陸軍士官学校の標識柱("陸士"と文字が彫ってある石)も発見してます。そういやこの場所、一太郎さんにならもっとわかりやすい言い方が出来るわ。明治10年代の迅速測図作成の際の三角測量、その「基線北端点」のある場所一帯っすね。

>川袋、という語源は想像つきますよね。 (^^ゞ

地形からの地名かな? 僕の想像だと、境川か引地川の旧河道(三日月湖っぽいもの)があったとこかな?新潟市なんかだと海岸砂丘と信濃川の関係がすごくわかってオモシロイなと思う。

投稿: さかた | 2007年3月29日 (木) 12時05分

府中の刑務所裏の電柱には
"三億円支線"というプレートがあるそうです。
昔、なんかのテレビ番組でみました。
語源は、お分かりですよね??

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%84%84%E5%86%86%E4%BA%8B%E4%BB%B6

投稿: とり | 2007年3月29日 (木) 12時24分

>"三億円支線"

こんど見に行こうっと(^^)

投稿: さかた | 2007年3月29日 (木) 19時03分

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