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2007年4月23日 (月)

捨てられた鉄塔

電極観測鉄塔隊(笑)歴史地理担当、
隊員のサカタです(^^)。

いくつか調べなおして、
中盤以降を少々書き直しました(2007/04/25)


さて、2005年1月24日、僕はJR横浜線相原駅から城山湖(人造の発電用ダム)を通って、町田市最高点の草戸山を経て尾根づたいに京王線高尾山口駅まで歩いた。
その時見つけたのがこの矩形鉄塔(写真1)。
Photo_5



写真1

こぢんまりしていて送電線もついていない。その時はなにやらサッパリ判らない。林業用のロープウェイ支柱鉄塔なのか? 送電線鉄塔なのか? まずは写真を撮っておいた。

この鉄塔や送電線とは無関係ではあるのだが、最近になって僕は、『水力電気事業実況』(1908年、東京電燈株式会社〈現在の東京電力の前身の一つ〉刊)という写真集を見る機会を得た。明治末期、山梨県猿橋と大月の間にある駒橋水力発電所から中央線沿いを通り、小仏峠を越えて早稲田に向けて行われた、6万6千ボルト遠距離高圧送電。それを記念する写真集だ。そこには中央線小仏トンネルの相模湖側出口付近を通る送電線の写真があった。上にのせた写真のように、明治時代の鉄塔はなくても、山間部ならその「基台」だけでも残っていないかと思い小仏峠付近を探したが、やはり見つけることは不可能だった。でも、この駒橋からの送電線路を、国土地理院関東地方測量部で明治~平成の地形図を閲覧して調査中に、別の収穫があった。

写真1の鉄塔が何かわかったのよ(^_^)。

昭和初期の2万5千分の1地形図「与瀬」「八王子」図幅上で、この鉄塔のあたりを通るよう描かれていた送電線。それは昭和29年資料修正・昭和30年5月30日発行の2万5千分の1地形図「八王子」までは、図1の青線のような送電線路で描かれており(赤線は僕の歩いたルート)、北東方面では、八王子のめじろ台に現在通っている高圧送電線「小比企線」と同じような経路をたどっている。その後、この送電線は消え、それとほぼ同時に、少し南に同じような経路を通って別の送電線が出現し(この図1に描いてある送電線)、現在に至っている。この捨てられた鉄塔は、まさにその送電線路のものだったのね。

Photo





図1

で、もう一度位置を確かめるために、2007年4月23日(月)、再度この尾根を訪ねてみた。その時撮った写真がこれ(写真2)。位置は図1の左側のカメラマーク。ところが今日、「鉄塔を探すぞ!」って目で探すと、もう一個見つけちゃいました(図1の右側のカメラマーク、写真3)。嬉しかったっす。見ていたのかもしれないけど「それが何か見えてなかった」んだよね。
Photo_6 Photo_9



写真2(左)、写真3(右)


いったいこれは、なんて名前の送電線だったのだろう?

最近、鉄塔に興味を持ち、ネット上で検索してWEBをいろいろみているが、「送電鉄塔見聞録」というWEBでこんな写真を見つけた(ページ中の上から2・3段目の写真をご覧下さい)。まさにこのタイプだ。さらに「送電 谷村線」でgoogle検索すると、この鉄塔に関する情報がかなりヒットする。これは「初代谷村線」鉄塔でまず間違いないだろう。他にもこのタイプの鉄塔がこの地点の東西にかなり残っている様子だ。

ところでもうひとつ、図1にも見える現在もある送電路線だが、これはJR東日本の送電路線「八王子-大月線」。鉄塔には敷設年月が「昭和5年7月」と記されている(写真4)。

Photo_7





写真4


この「昭和5年7月」、実に興味深い。中央線が甲府まで電化開業するのが昭和6年4月1日、その電化に向けてのインフラとして、まず最初に敷設された送電路線なのかな?

ほぼ50年前に廃止された鉄塔に、僕は出会えてしまったようだ。これから東西に、またこの鉄塔を探してみたいと思う。

(2007/04/25改稿) 

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コメント

コラーッ、サカタ隊員!
名誉ある我が隊名に「(笑)」を付すとは何事じゃ!
しかし大発見をしたようなので恩赦を与える。(笑)
それにしても、サカタ隊員もそうとうアッチへ行ってしまったのう…。(^_^;)

投稿: 電極観測鉄塔隊長 | 2007年4月23日 (月) 23時43分

捨てられた鉄塔というものに興味を示す、そんなさかたさんの感性が、まずなにより感心させられます。
私は、こうした「忘れられた存在」に対して、ちょっとした怖さ、あわれさ、悲しさなどを感じてしまうことが・・あります。
でも、さかたさんのように、追及するまでのレベルには達せないかもしれません。
その意味で、やはり、さかたさんの感性には感心してしまうのです。

投稿: 時代屋だんぞう | 2007年4月24日 (火) 01時31分

>電極観測鉄塔隊長(ジロー)さん
>コラーッ、サカタ隊員!
>名誉ある我が隊名に「(笑)」を付すとは何事じゃ!

あ、スンズレイしました(^^)。
あまりに名誉がありすぎて、ついテレてしまって。
黄色いメガホンで殴られてしまいました。
「Tonちゃん、ペ」ですぅ(笑)。

>それにしても、サカタ隊員もそうとうアッチへ
>行ってしまったのう…。(^_^;)

た、隊長! ご自分を「コッチ」におく物言いは
お言葉ですが、少々違うかと思われます。
隊長は既に「アッチ」におられたわけですから(笑)、
「サカタ隊員もそうとう『コッチに来て』しまったのう…。(^_^;)」
が正しいかと思われます。これからもよろしくご指導ください(^^)。

>だんぞうさん
>捨てられた鉄塔というものに興味を示す、
>そんな感性が、まずなにより感心させられます。

ありがとうございます。
いま忘れられた存在ではあっても、それががんばっていた頃がある。
それを作った人の思いってやっぱり知りたくなってしまいますね。
そこに社会的要請や作り上げる知恵がある。惹かれます。

でも今回、探しててちょっと遭難しかけてしまいました。
2つ目の鉄塔を探し当てた時、自分の「体内地図」からすると
「何故ここに?」ってところで発見したものですから、
身体の中の方向感覚が一遍に壊れてしまった。
しかも時間は16:50頃。日没まであと1時間。
懐中電灯はない。手許のGPSで方位を確認したら
全く逆に歩いている。なおのこと頭の中が「何故?」に
なりました。いくら里山でも日没後は危険です。
先の追求はヤメにして、すぐ道のわかる場所まで戻って、
下山しました。登山道からそれほど離れてないのも幸いでした。
降りて地図を見直したら、自分がどう間違えたかも気付き
ましたが、山道はやはり怖いです。

でも冬が来たら(ここから先は少々ヤブコギっぽいので、
これからの季節はマムシが怖い)、また鉄塔探しに入りたいと
思います。

投稿: さかた | 2007年4月24日 (火) 07時11分

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