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2007年4月 3日 (火)

駅の下の駅

一太郎さんほどではないが、僕にも鉄分がある(笑)。

JR八王子駅の2番線ホーム、高尾駅側。
ホームの下に、綺麗なイギリス積み煉瓦造りのホームがある。
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その上にコンクリートでかさ上げ、後にさらにかさ上げして現在のホームがある。いったいいつ頃のホームなんだろう。googleで「八王子駅 2番線 レンガ」と検索しても、それらしい情報にヒットはしない。明治22年に、甲武鉄道として新宿から八王子まで開通した際の駅はここではなく、京王八王子駅に近い都立繊維工業試験場の場所だった。当時のホーム構造材レンガの一部が敷地内に残っているらしい(おはずかしながらまだこの目で見たことはない)。それ以後小仏峠以西まで開通してからの駅だろうけど。。。

調べてみたら面白そうだな。

2日の長距離散歩は相模湖駅から小仏峠を越えて、摺差ってところまで10キロちょいほど歩いたんだけど、中央線小仏トンネルの東側の口でも面白い構造物を見つけた。中央線電化以前の昭和4年に作られた、蒸気機関車用の排煙設備跡とのこと。でも昭和6年には中央線は甲府まで電化。わずか2年しか使われなかったものだそうだ(下の写真。雨の中片手での撮影だったのでちょっとピンぼけ)。
Dscn8520




鉄塔や電線を追いかけ、鉄道への給電設備なども歩きながら眺めてみて思う。鉄道の電化っていうのは、発電-送電-給電と、かなり広い地域を巻き込んだインフラが必要だってこと。地域全体の変化を伴う現象なんだな、と思う。

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コメント

「鉄道遺跡」は結構ありそうだね。
あの厚木駅ですら旧ホームの一部が残存しているし、社家駅舎は昭和初期。
旧新橋駅なども復元などせずに....と思うのはマニア思考かな。
学生の頃、「野尻湖」と間違って降りてしまった長野と岐阜県境近くの「野尻」には鉄道橋が残っていたけれど....。

投稿: をんばせ | 2007年4月 3日 (火) 23時03分

大昔は私鉄が、地域に電気を給電する会社も一緒に経営する(あるいはその逆で、給電する会社が鉄道を経営する)ってのは一般的な形態でしたよね。

私が鉄分濃かったのは中学生までなので、最近では浦島太郎状態になりつつありますし、最近の鉄道には正直あまり興味が持てないのですが、でも好きは好きっすね。(^^;
で、レンガに目が行ってしまうのは私も同じですが、イギリス積み、なんて単語が出るとは、ちょっとワンランク上、ですね~。イギリス積みとかオランダ積みとかの区別、私はちょっとつかないです。
レンガがホームの下に見えてしまってる場所は、都区内でも少なくないですね。そういうのを見ると、蒸気機関車が我が物顔で走ってた頃(勿論私は知らない時代ですが)を思いえがいてしまいます。それ自身は動かないけど、時間の流れを感じるモノっていいですよね。
大船駅の手前で横須賀線が東海道線をオーバークロスする築堤の下に、築堤がなかった頃使われてたレンガの橋台の跡が残ってたりします。それを見つけたときは嬉しかったです。
「民営鉄道の歴史がある景観」「同2」という本が、地理屋にはおなじみの古今書院から出てます。ご存知ですか。

投稿: 一太郎 | 2007年4月 4日 (水) 01時06分

ワタシは鉄分少な目貧血気味ですが…。(^_^;)

鉄道の構造物は丈夫だから古いものが残っているね。
JR総武線飯田橋駅の屋根を支えている柱は古いレールで、よく見たら

‘1920(これくらいだったかな?)maid in England’

と刻んであって驚いた覚えがある。

↓あいかわらず笑えるなぁ。(*^^)
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投稿: ジロー | 2007年4月 4日 (水) 11時03分

>をんばせさん
>あの厚木駅ですら旧ホームの一部が残存しているし、

あ、見てなかった。今度見てみよう。

>社家駅舎は昭和初期。

相模鉄道のころですよね。
この駅舎、同じ図面でいくつか作られてますよね。
宮山あたりも同じ駅舎だったような。
四角くて、出入り口が丸くて。
同じ昭和初期の国立駅の三角屋根はなくなってしまいました。

>旧新橋駅なども復元などせずに....と思うのはマニア思考かな。

僕も思いますね。いまはシオサイトになっちゃったあそこ。
掘ってるときはゆりかもめの駅から眺められて、感動しまくってました。
ホームはあるは転車台はあるは、向こうには武家屋敷跡も出ているわ。
東京国際フォーラムになった旧都庁跡も、京浜東北線の車窓から見て総毛立ちましたね。玉川上水流末の水道井戸がばっちり出ている。木樋も風呂桶伏せたような井戸本体も。すごかった。近世・近代遺跡は生活感覚的に遠くないだけに感動がすごいです。

>「野尻」には鉄道橋が残っていたけれど....。

仕事の関係でお知り合いになったJR鉄道総合研究所の研究者さん、煉瓦構造物の専門家なんですが、言ってました。「最近は頑健にというより、コスト計算(どの位で架け替える)で作るから明治時代の橋梁よりも耐用年数が短いと思う」って。どんなものも初期のものはメチャクチャ頑健かもですね


>一太郎さん
>大昔は私鉄が、地域に電気を給電する会社も一緒に経営する

西武新宿線の前身とかもそうでしたね。

>イギリス積み、

こういった目に見えるものから技術のお里が知れるって、やはり楽しいですね。

>レンガがホームの下に見えてしまってる場所は、
>都区内でも少なくないですね。

大船などいろいろご教示、ありがとうございます。
そういうのほんと楽しいっすよね。

>「民営鉄道の歴史がある景観」「同2」という本が、
>地理屋にはおなじみの古今書院から出てます。ご存知ですか。

はーい、知ってます。古今には大学の先輩がいます。
JTBブックスからも、廃な鉄道のいろいろ出てますよね(^^)。

>ジローさん
>ワタシは鉄分少な目貧血気味ですが…。(^_^;)

息子さんが鉄分多いんじゃなかったっけ?

>鉄道の構造物は丈夫だから古いものが残っているね。

橋梁一つとっても道路のものとは強度基準が全然違うらしいです。レール柱も素晴らしいリサイクルですよね。

先日まであった国立駅には19世紀末のレールが使われてました。
あと実際に自分の目で確かめたわけではないですが、武蔵境駅のレール柱のなかには満鉄(満州鉄道)のレールがあるらしいです。向こうから持ってきたのではなく満鉄出荷用だったレールがたまたまこっちに来たんじゃないか、って話が出てますけど。

>maid in England’

ん? maidっすか、「made」じゃないの?
それだと「ご主人様(^^)」の方じゃないの?(笑)
ジローさん、アキバのそーゆーとこ、通ってるんすか~f^_^;;;;;
知らなかったなぁ(爆)。

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>クラミジアには精密検査を www.chuohiin.jp/

わははははは。一帯どう検索するとこれがつくのだ

投稿: さかた | 2007年4月 4日 (水) 12時27分

小仏トンネル、八王子駅2番線ホーム。
そんな身近なところにそんな歴史が!
小仏のあたりは、今、圏央道の工事が
急ピッチで進められていますね。

>地域全体の変化を伴う現象なんだな
鉄道然り、道路も然り。
本当、その地域に住む人々の暮らし方も
左右するほどの影響力がありますよね。

投稿: シンドウ | 2007年4月 4日 (水) 19時29分

>シンドウさん
>そんな身近なところにそんな歴史が!

これを見つけられるのが、長距離散歩の面白さ(^^)。疲れよりワクワクが先に立っちゃうから、知らない間に20キロぐらい歩けてしまうんです。

>小仏のあたりは、今、圏央道の工事が
>急ピッチで進められていますね。

あれも、下から見上げるとすごい景観だよね。

>その地域に住む人々の暮らし方も
>左右するほどの影響力がありますよね。

何故か先日の父の葬儀にも来てくれた、大学の地理学教室でお世話になった青木栄一先生(一太郎さんなら知ってるかな? 鉄道を中心とした交通地理学の大家です)の言葉を思い出しました。「交通が地域を変えるのでなく、地域が交通を変えるんだ」。いろいろつながってますね。

投稿: さかた | 2007年4月 5日 (木) 15時51分

>武蔵境駅のレール柱のなかには満鉄(満州鉄道)のレールがあるらしいです

え??
それはまことですか?
知らなかったなあ・・。
武蔵境は以前仕事で車で毎日通ってました。
もちろん、歩きであのあたりを通ることも多かったです。
あのあたりには、お気に入りの定食屋が何軒もあったもんです。

それにしても満州鉄道のレールとは・・スゴイ。
どのあたりのレールがそうなのか、駅員さんに聞いてみたいくらいです。
あ、でも、若い駅員さんは知らないでしょうね(笑)。

投稿: 時代屋だんぞう | 2007年4月 6日 (金) 01時58分

跨線橋にあるという話をどこかで目にしたことがあります(RM誌だったかな?)。
でも武蔵境駅あたりって確か今高架線工事をしているので、もしかしたらもう無いかも・・・(X_X)

投稿: 一太郎 | 2007年4月 6日 (金) 21時45分

>だんぞうさん
>それはまことですか?
>一太郎さん
>跨線橋にあるという話をどこかで目にしたことがあります

googleで「満鉄 武蔵境」で検索してみてください。ヒットします。
ただ僕も自分の目で確認したわけではありません。
一太郎さんおっしゃるとおり、あのあたりは高架化工事が急ピッチで進んでおり、西武多摩川線はもう高架化しました。もう撤去されたかもしれませんね。

>だんぞうさん
>駅員さんに聞いてみたいくらいです。
>あ、でも、若い駅員さんは知らないでしょうね(笑)。

小説『ぽっぽや』みたいに数十年その駅で動かないで駅員さんをやられるような話、いまないですものね。皆さん「異動のあるJR社員さん」だから、そういうところまでご存じないかもしれませんね。

横浜線線路沿いの柵には古レールが使われてて、長男と散歩した時自分と同い年生まれのレール見つけて、「このレール、お父さんと同い年だぞ」って話、したことあります(^^)。

投稿: さかた | 2007年4月 7日 (土) 00時23分

チラッと「満鉄 武蔵境」でググってみました。ヒットしたけど、写真までは行き着けませんでした(泣)。
でも、あるんですね。いや、あったのですね・・。ビックリだなあ。


ところで。
話は変わりますが、HPのトップ写真、アングルが斬新ですね。
まるで3Dダンジョンのゲームを見ているようです。

投稿: 時代屋だんぞう | 2007年4月 7日 (土) 01時45分

厚木駅の旧ホームは今のホームの南側にある。
コンクリート製だからそんなに古いものではないようだ。
お店が出来る前はかなり残っていたようだが、大部分が取り壊されてしまっているので....あまり期待して見に行かないように(^^;)

投稿: をんばせ | 2007年4月 8日 (日) 00時11分

>だんぞうさん
>ヒットしたけど、写真までは行き着けませんでした(泣)。

同じく僕もです(笑)。たぶん写りにくい位置にあるか、撮れる位置にあっても塗装で思い切りツブされてて、満足に写らないのでは? こういうときは拓本をとるのがいちばんですね(上記の"をんばせ"さんの得意技です)。 

>ビックリだなあ。

歩いていて思います。「過去の面影って消し去りきれないものなんだな」って。度どんな学説が立とうが、歴史上の事象はこの地表面に起きている。その舞台、地形として大枠はそうは変わらないんだ、って。これも時間のオーダーをもっともっと大きくとったら、地学的に地形がどんどん変わってはいきますけどね。

>話は変わりますが、HPのトップ写真、アングルが斬新ですね。
>まるで3Dダンジョンのゲームを見ているようです。

気づいていただけてとても嬉しいです。街中の高圧送電線鉄塔ではこんな位置まで入れません。柵がありますから。これはJR相模湖駅から小仏峠を越えて10キロほど歩いた時、小仏峠のちょっと手前の山道沿いに見つけた鉄塔。柵も何もなく真下まで入れたのでこんなアングルから撮ってみました。でも、もしこのとき降ってた雨が雷雨模様だったら、ここで撮ってたらすごく危険でしたね。こんな写真で不気味でもありますが、シンメトリーって構造的に強いんだなってのを実感するアングルだと、自分で思います。

>をんばせさん
>厚木駅の旧ホームは今のホームの南側にある。

気動車から電化されたとき、かさ上げしてますよね。八高線もそうです。厚木駅もホーム位置が変わってホームへの踏切がなくなって急いでるときに便利になりました。旧ホームを壊すときが逆に駅の発達の層位を見るいいチャンスかも知れませんね。いつもをんばせさんがおっしゃるように、破壊と発掘調査の進展は背中合わせですね。

投稿: さかた | 2007年4月 8日 (日) 12時02分

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