« 2007年4月 | トップページ | 2007年6月 »

2007年5月28日 (月)

テンポ恐るべし!

あるレコーディング中、「色気」の極意のひとつに開眼した。
(開眼しただけ。色気が付いたわけではない・笑)
親からもらった色気でない、人生の中でこそ培える色気。
これなら俺でも出来る。時間はかかるが。やるぞ、俺は。
この悟りには、さだまさし『眉山』原作にも感謝してる。
原作の『眉山』は、そんなエロチシズムのある小説だ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年5月26日 (土)

抱っこできる幸せ、ジレンマ

仕事から帰ると、長男・次男が飛びついてきて、抱っこする。
まず長男、次に次男。生活の中でこいつらのウルサさが鬱陶しい時は多々あるし、怒鳴り飛ばしてはいるけど、この瞬間はただただ素直に嬉しい。抱き上げて奴らのお腹に顔くっつけ、目ぇ閉じて、ありがとうを込めて「ただいま」を言う。

いつまで抱っこできるんだろう。
長男はもうそろそろ来なくなるだろうな。お母さんと一緒のお風呂は卒業しちゃった。帰りが遅いとき以外はいま僕と入ってるし、僕が遅いときは一人で入る。この抱っこだって恐らく長男としては、次男へのイジワルが大半だと思う。先に抱っこされて「やあい、いいだろう」って見せつけの部分が大きいだろう。自分の世界がもっと構築されだしたら、きっとだまったままで来やしない。

ところで最近、昔、サザエさんの単行本で読んだ、波平さんが家事を手伝うカツオくんに向かって言った「台所仕事なんぞする男は大成せんぞ」(時代だなぁ)っていった言葉が、頭をリフレインする。
家庭生活は大切だ。特に男はそれなりに一人で自分の世話をするノウハウを持とうとしていないとダメ。勉強ばかりで家事やらされてない奴もいるからね。僕がそう。これじゃヤバイと思ったから、就職して1年、金貯めて親に一切金借りずに家を出た(そしたら親同士まで別居しやがった。「子は鎹」を地でいってやがる)。カミさんは生活を共に戦うパートナーであって、世話してくれるお母さんではない。

でもやはり、波平さんの言葉も最近重く感じる。「台所仕事なんぞする男は大成せんぞ」、家庭のプロとしてカミさんを信頼し、まかせっきりになるのも、「家事自体を趣味に出来ない凡人」がいい仕事をしたいとなると、そうなってしまうと思う。
さまざまなこともっと深めたいとなると、「家のことをちゃんとやらなきゃ」ってジレンマはすごくジャマ。僕の親父は何もせず、家の雑事みんな女房(僕の母)にまかせ、女房の愚痴を聞こうとすることもなかったから、晩年は別居になった。だからちょっとでも僕のサポートが足りなくなると「別居かな、俺も」って不安が心をよぎる。女も男も、僕らの世代は家庭人として育てられてきていない。勉強マシーンとして育てられてきたのがほとんどだろう。女も男も知的自己実現はしたいが、いざ親として生きるとなると閉塞感のカタマリになる。何もなし得ていないような恐怖感を覚える。だが閉塞感を抱いているのは僕だけではなくカミさんもそう。僕だけが頑張らせてもらっていいのかという申し訳なさだって感じる。どうバランスをとるか、ギリギリだ。

こうして息子たちをだっこできる僕は幸せである。

これを守るにはどの家庭も、仕事、趣味、子どもたち、お互いの両親・家のこと、さまざまなバランスをユーモアで笑い飛ばしながら崩壊寸前でとっている。疲れるね。この営みこそが「幸せというタイ焼き」のアンコの部分、絆をつくってくれていると信じてはいる…が…。
生きるって大変だよね。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2007年5月25日 (金)

鉄塔とおばちゃんと夏みかん

JR中央線豊田駅にある電車区、ここを越える跨線橋がある。
さらにその上を越えていくガッチリした送電線がある。こいつやその周辺の送電線も見に行きたくて(電線病が進んできました・笑)、先日、豊田駅から京王線長沼駅まで歩いてみた。

僕は送電線の構造とかにはあまり興味がない。路線に惹かれてる。その路線名には供給先(終点)が意識されてるように思えて、街の暮らしがミクロにどういう送電ネットワークに支えられているかが感じられて面白い。日が落ちたって鉄塔の足下に付いた路線名プレートぐらいはストロボ焚けば撮れる。僕のデジカメの写真には帰ったら全部携帯GPSのトラックデータとリンクさせてEXIF情報に位置データを入れてるから、後日プレート名だけの写真を集めてカシミール3D上にドラッグ&ドロップすれば、地図上の送電線に路線名が入って表示できる。だから鉄塔を見つけると路線名プレートだけでも撮影している。

Dscn9401 さてこのがっちりした鉄塔は、東京西線の鉄塔、同じ路線に府中線・由木線も同居してる。写真を採ってたら、この鉄塔の麓の家に住むおばちゃんに声かけられた。
「このあたりは鳥も多いし、のどかじゃろー。へぇ、こんな鉄塔の写真撮ってんの? 強い風が吹くとね、この鉄塔の上の方からブーーーーンって結構大きなうなり声が聞こえてくるんだよ。ちょっと怖いね~。もし倒れちゃったりしたら引っ張られてるからアッチの方へ倒れるんかねぇ」と北を指さした。酔狂だよな、僕も。こんなものの写真撮ってさ。麓に住むってのはやっぱり怖いだろうな。電磁波とかの問題もあるしね。

Dscn9404 写真撮り終えて西へ歩くと、別のおばちゃんが自転車に乗ってこちらへやってくる。歩道の小さな段差の乗り上げた時、後ろのカゴに満載してた夏みかんが4つ5つ、はね出て路上に散らばった。「ありゃりゃー(^^)」と言いながら拾って渡したら、「まぁ、ありがとう。これたくさんもらっちゃったのよー。2つ3つあげるわ(^^)」と言ってもらってしまった。思いがけない家への土産が出来ちゃった。その後鉄塔長沼線の写真を撮って京王線長沼駅へ。

僕はほんとよくおばちゃんに声かけられるなー。若い子はほとんどない(笑)。うーーん、僕の魅力は人生経験を経ないとわからないってことなんだろう(爆)。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

映画「眉山」観た

別にさだまさしが好きだからではなく
僕は原作のほうが好きだ。

原作も是非読んで欲しい。
幻冬社文庫で520円です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月23日 (水)

mixi、退会しようと思う

それだけでなく自分自身のネット暴露環境を見直したい。
HP「Ton's Tones」とBBSも閉鎖し、僕のネット上の窓口はこのブログ一本にしようと考えている。

僕の基本は「仕事(歩くこともこれに半ば入る)、家庭、音楽」。mixiでしか日記を読めない人もいる。紹介してくれたクラスタのマスターにも申し訳ない。人が好き。だからこそ、もっともっとと読みたくなってしまう。だが時間は1日24時間しかない。ギターに本腰入れ始めた2000年とは、仕事も家庭も状況が変わってきた。もっと歩いて勉強したい。耳コピもしたい。

易きに流れやすい僕。
少し、ネット暴露環境を整理しようと思う。
最近マイミクになって下さった方もいる。
そんな中で本当に申し訳ないと思っています。
マイミクの皆様、誠に申し訳ありません。

| | コメント (16) | トラックバック (0)

2007年5月22日 (火)

ベースラインの採譜

むつかしい。

低音部って、ないと出汁の入ってない味噌汁のような音楽になる重要な部分なのに、ほんと採りにくい。音が動いているのはわかるのだけど、ピッチが変わっても高音域ほどの音色変化がまだ僕の耳には感じられない。「採れた」と思って口ずさんでみても、なんかハズレてる場合が多い。朝練で採譜を開始して数分がキモ。何度も聴いてるウチに半音とかの違いがわからなくなってくる。自分の声で出ない&ギターでも出ない音域でもあるから自然に、オクターブあげて口ずさむ&採譜せざるを得ないし。

でも、ま、今までの自分の経験と、
先日の須古さんの言葉を信じて、淡々と続けるべぇ。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007年5月19日 (土)

浅草で流しやってたおっちゃん

職場のある国立の街、今朝は少々強めの雨が降った。傘を持ってなかった僕。雨宿りに入ったところで、週末に干し柿の露店をだしてるおっちゃんが、商売仲間と携帯でしゃべっていた。

「おおぃ、まいったよ。こっちゃすげぇ降りだぜ。お前今どこよ? あ? 何? え、春日通りぃ? え、降ってねぇの、そっちゃ? もうこっちは困っちゃったよぉ」そして商売仲間とのおしゃべりの興奮がさめやらぬまま、僕に話しかけてきた。「まいっちゃうよなぁ、おい。こんな雨よぉ」。すごく気さくだったし、こういう下町気質なおしゃべり、僕は大好きなので、つい僕も話に乗ってしまった。こっからは、宮本常一「土佐源氏」(『忘れられた日本人』岩波文庫所収)を気取って、おっちゃんの口調中心で書いてみよう(^^)

「春日通りはまだ降ってねぇんだってさぁ。でもよぉ、こっちが降ってるからじきに降るな。え、何、あんた春日通り知ってんの? 木場に住んでた? そうかい(^^)。さっき電話してたヤツよぉ、東陽町(木場の隣)に住んでる奴なんだよ。こういう商売、雨降ると大変だよぉ。あまり長くないんだわぁ、この商売。昔は歌で食ってたんだけどねぇ。ギター弾いてさ。」

ちょっとここで僕もムムッと思ってしまった。
「趣味だけどギター弾くんです」って言っちゃった。

「ほぉ、そうかい。まぁ、俺は演歌なんだけどね。売れねぇよな。」

僕は演歌歌手はすごいと思っている。かわいいだけのアイドルタレントとは違う。詞を吟味し、その上でどう歌いまわすかをしっかり考え、歌っている。もっと歌にウルさいカミさんの弁では、北島三郎さんなんか、聞いていると詞の情景によってきっちり抑揚を変え、ヴィブラートまで使い分けてるという。そんなこと僕が言ったら。

「サブちゃん? あんなのより、もっと上手いのが、昔の浅草にはごろごろいたよ。浅草で流してたんだ、俺。何ぃ、『浅草なら吉原も近いし、幇間(たいこもち)もいたでしょ?』って? そうよ、だから昔の浅草は、すごい賑わったんだ。あんた悠玄亭玉介さん知ってるかい? え、知ってる? 本を読んだ? そうよ、昔の雰囲気を残した最後の幇間よ。あの方のお座敷は絵になったねぇ「玉ちゃん呼べぇ」って俺が言うと、すぐきてくださる方だった。あの方が入ってくるだけでお座敷が華やぐんだよ。あんな芸人さんいねぇよな。ん?『おじさんも歌の芸人さんだったんでしょ?』って。とんでもねぇ、芸人っていうのはこんな玉介さんみたいな人を言うんだ。玉介さんはねぇ、座敷で歌ったりなんぞしない人だったけど、俺のギターでだけは歌ってくれたんだ。お客様をとても大切にする方だった。やっぱお客様あっての芸人だよな」

「最近は人間と人間の関係が、うすくなっちまっていけねぇな。白黒ハッキリ付けるのも必要だけど、もっとなぁ。俺、流していた頃、警視庁のお役人さんの座敷にも随分あがったよ。賭けて麻雀やったこともある(ヲイヲイ)。いまだったらすぐわーっと問題になってまずかったよな。でも俺らは人間関係を壊すようなやりかたしなかったから、大丈夫だった。俺が流しで食えなくなりかけた頃、座敷に呼んでもらって。娘二人いたからとっても助かったんだ。粋な金の使い方、知ってた人だったね」

なんか、仕事に来たのに、思いがけず東京の花街の「粋」の香りを、朝っぱらから嗅がせてもらった。こういう話聞くのは大好きだ。芸人のあり方みたいなものも考えさせてもらえた、とてもいい朝になった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年5月18日 (金)

五嶋節『天才の育て方』

ヴァイオリニストの五嶋みどり(この人の弾くブルッフ、すごく好き! また聞こう)・五嶋龍を育てたお母さん、節さんの本。実はこの本のタイトル、執筆者の節さんが嫌がっている。帯にある言葉は「アホンダラ神童! くそったれ天才!」だもん。ほんとはこっちのタイトルにしたかったらしいが、編集部が嫌がってこんなタイトルになったらしい。読めば自分の子を天才に育てられると思うようなバカな親(ほんとにいるのかよ)に買わせるにはいいだろうって考え方なのか。

節さんが、なりふり構わず我が子を体当たりで愛し、ぶつかり合いながら育ててきたことが、すごく伝わってくる。結果よりもまずは一生懸命信じることにピュアにやりさえすればいいんだって、親として生きる背中を押してもらえる本。「私たちの日常生活は、けっして抽象的に成り立っているものではなく、きわめて具体的な行為の積み重ねであることを忘れてはいけないと思います」、この一文には特にガツンと来たなぁ。

音楽的にも背中を押してもらえた。

「サル真似のすすめ」って小節がある。「真似ることを否定したら成長は出来ない。個性は顔が一人一人違うように誰にでも備わっている。その通り真似しようと死ぬほど努力したって、同じには絶対にならない。疑問を持ち、たくさんサル真似をする中で自分で考え、答えを探していけばいい」。そういうメッセージにとても勇気づけられた。
実は同じことを、先日、ジャズギタリストの須古典明さんにも言われた。須古さんは僕が本気で師事したいと思うギタリスト。先日クラスタへ小泉清人さんとのデュオ"スコイズミ"のライブに行った時、自分が耳コピしてる中でのぶち当たってる点を伝えてみた。それは「ベースラインをギターで採譜する難しさ」。須古さん曰く「ギターでピアノやベースを採るのは、結構大変。僕もそうだった。ベースラインや他の楽器を採譜することはいまでもやってる。勉強になるからつづけた方がいいよ」って。尊敬する須古さんだってやってるんだ。遙かに下手な僕はもっともっとやっていい。たくさん考えてたくさんやればいいんだって、勇気をもらえた。マイク・スターンだって、誰だって、素晴らしいプレイヤーはコピーと分析をたくさんやってる。クラシックも然り。この五嶋節さんの本にも書かれていた。一流プレイヤーほど、いいと思った演奏はまず真似てみて、そこから何かを探している。

僕が今やってることは間違っていない。ミレニアムでギターに本腰入れはじめて、自分のプレイのつまらなさに悩める段階まで、また僕は戻って来られた。ギターや音楽は大好きだ。しかし今のところ自分の演奏・メッセージに、絶対的にまで他人様にお伝えしなければならない価値は見いだせない。人前でチ○チ○コスって、気持ちよがってるに過ぎん。だが有り難いことに僕にはまだ「死」というタイムリミットは来てはいない。死ぬまでは音楽だって学問だってまだまだ磨けるんだ。だから時間かかるけど続けるぞ。10~20代の頃ほど知恵のない僕じゃない。下手な「個性」幻想なんかくそったれだ。本気のサル真似であればいいんだ。

こんな基本的なこと気付くのにどれだけ余計な時間かけてんだろうね。バカだよ、俺は。

五嶋節『天才の育て方』講談社現代新書 ¥700(税別)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年5月16日 (水)

ほっとけっ!!(笑)

このブログに付いてた広告

>メスを使わないペニス増大
>www.standup.2-d.jp/
>あなたのペニスはなぜ小さいのか
>その原因と解消法がこれでわかります

どこで見たんだ、おいっ!!
よく知ってるな(笑)。でも、ほっとけっ!!

「ちいさくたって げんげん元気 チビっ子○ん」だいっ(爆)。

子供だって作れたぞ!!

え?「ほんとにお前の子か?」って(爆)。
・・・・、それもほっとけっ!!

男は所詮カミさんの「あなたの子よ」を
信じるしかないんだからさ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年5月15日 (火)

赤ちゃんポスト

3歳児が捨てられたとか("預けた"なんてきれい事の言い方はしないよ)。これ犯罪になる覚悟でメッセージしたともとれるな、僕は。「ほんとにいいの、この制度」って意味で。

ハッキリ言って、赤ちゃんポストは反対である。

どうしても育てられない理由って何なんだろう。生活保護でフォローしても何ともならない状態なのだろうか。僕は、子育てを何もやらないまま「べき論」のみで、これを言ってないと確信してる。助かる命は助けたい、だから設置もわからないことはない。子育てから逃げ出したくなる気持ちだって痛いほどわかる。大変だからこそ僕だって長距離散歩と称して「プチ家出」してる。音楽だってそういう「逃避」の部分あるよ。好奇心だけでやってるなんて言ったらウソだ。でも決して完全には逃げ出してはいない。絶対に「完全に」逃げ出してはいけないのだ。子どもは「生命」なのだ。どんな理由があろうと、完全に逃げ出してはいけない。

ガキなんかとべったりいたら心が壊れるのも事実。
もうこっちは大人であって、子どもじゃない。
ただもっとその逃げ出し方に頭を使えないものか。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

この柱材、101歳

070514_212201 070514_212202




14日に東神奈川駅で見つけた。
ホーム上屋を支える柱材。
レールの刻印には「CARNEGIE」「1906」とある。
1906年といえば、明治39年。日露戦争ぐらいの頃じゃん。

輸入された後、日本のどこかでレールとして敷かれ、この上に鉄道が走った後、廃物利用でホーム上屋の柱として使われることになったのだろう。しかし、レールとしての生産からはすでに101年が経過した代物なんだね。しかも作ったのはカーネギーホールで有名な、アメリカのカーネギー鉄鋼会社(現USスティール)。こないだまで国立駅には19世紀のレールもあったんだけどな(双頭レールではなく、平底レールだけどね)。

この東神奈川駅の下にもレンガホームがあります。
そういう目で見ると、いろんなところに歴史って隠れてます。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年5月14日 (月)

休日のいい生活リズム、作れそう(^^)

トントン拍子に一日が進むこともあるんだよな。

Dscn9288 13日(日)の朝は、起きるなり自転車に乗って(5:50am)、電極観測鉄塔隊してきた(^^)。旧相模湖町(現相模原市)内郷に残る、谷村線鉄塔(左の写真)を観に。googleマップと国土地理院2万5千分の1地形図「与瀬」でアタリを付けといた場所。片道20キロ弱。行ったら並んで7基も発見! このワクワク、久し振りだな。

9:00am帰宅。ゴハン食べて、カミさんと手分けして食器洗い・掃除・洗濯物畳み。あっという間に昼飯の時間がやってくる。昼飯後、僕は息子二人連れて、市の若葉まつり&公園へ。最近ガキ共との闘いで煮詰まり気味のカミさんは一人で散歩に出た。ほんとにカミさん、心がパンクしてたからね。

帰ったらメインギターのサンタクルーズ持って近くのカラオケ屋へ。1時間みっちり練習して晩ご飯。この文章、カミさんが子ども達を寝付かす前に本を読んでる間に書いた。15日の研究会のレジュメづくりはこれから。敵(息子ども・笑)が寝ない限りは落ち着いて勉強なんか出来ん。無理してやろうとすると「てめぇらジャマだ。出ていけ」を連発する鬼父にならざるを得ない。それでも集中するのは至難の業。あの怪獣ども、静かになんざしちゃくれねぇもん。

「朝起きて自転車or散歩→家事→ガキ共と遊ぶ(カミさんを一人にする)→カラオケ屋でギター練習→勉強」はいいリズム作れそうだ。朝一度は一人で出歩いてるからフラストレーションがたまらない。ギターの朝練より陰々滅々としないしね(笑)。朝の散歩はガキ共と対決しつつ外で遊ばせるパワーの源になる。僕がガキ共連れ出せば、カミさんとガキ共を引っぱがせるから、カミさんの心の健康にもいい。朝練は平日にしっかりやろう。

僕は飽きっぽい。意志が弱い。
だからいろいろ変化させていかないとね。

下の写真は相模原市内で見つけた塾の看板。鉄塔と切削工具とクラシック音楽のことばっかり教えてそう。(^_^;)
Dscn9323

| | コメント (6) | トラックバック (0)

あんまりだ(笑)

いまさっき、朝ゴハン食べて、ゴミ捨てに行った。
100m弱離れた集積場へ。数分後帰ってきたら、、、


なんと玄関にカギがかかっている。


朝っぱらから、カミさんに閉め出されてしまった(笑)。

悲しかった(笑)。


さすが"無意識過剰"女房である(笑)。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2007年5月13日 (日)

はたして初代?(谷村線鉄塔)

Dscn9210_edited_1 Dscn9216_edited_1Image001_4












写真1(上左)は八王子市南浅川町(地図上のカメラアイコン位置)に残る、谷村線鉄塔。先日見に行ってきた。木々にほとんど隠されていないのでとても形がよくわかる。このほかにもいくつも見つけた。この鉄塔には写真2(上中)の通り「谷村 三四五」と書かれており、これで「谷村線鉄塔」であることは間違いがない事はわかった。

ただしこれ、本当に「初代」なのだろうか?

『東京電燈株式会社開業五十年史』(1936年刊・非売品、以下『五十年史』)の134-135頁に「谷村発電所と谷村送電線」という写真がある。この写真の鉄塔はいま僕が目にしているものそのものだ(場所は不明)。ただこれは1936年(昭和11年)の刊行。この谷村線を最初に敷設したのは、桂川電力公司という1913年(大正2年)に開業した電力会社、この会社は1922年(大正11)に、東京電燈株式会社と合併する。僕は「送電鉄塔見聞録」WEBで、「大正12年に二代目鉄塔に建て替えられた」との記述を読んだ。するとこの僕がいま見ている&『五十年史』に写真が掲載された鉄塔は二代目なのか? この「送電鉄塔見聞録」WEB、考察は素晴らしいのだがどの文献を元にその考えに至ったのか、要するに「参考文献」が示されていない(僕の見方が悪いだけか)。どうやったら調べがつくのかがわからない。

さあ、どうやって調べよう?

天野宏司「中小電気事業研究の現状と課題」(『学芸地理』54、東京学芸大学地理学会、1999年)に、電気事業研究のための史料として『電氣之友』という業界誌が紹介されている。この論文によれば『電氣之友』誌は、「各地の電信事業、電気事業・電鉄事業の様子や、電気技術者の人事異動、電気に関する雑学の紹介などとともに、各事業者の『営業報告書』の抜粋」などが掲載されているとのこと。1891年(明治24)~1944年(昭和19)までの間に90巻909号が刊行されているという。この雑誌は早稲田大学中央図書館、国立国会図書館、大阪府立中央図書館で所蔵しているそうだ。
谷村線は、日本最初の77,000Vの長距離高圧送電とのこと(『五十年史』)。これだけセンセーショナルな送電線、業界誌が取り上げないことはまずないんじゃないかな?

近いうちに国会図書館へ行って閲覧してきたいと思っている。
写真とかも掲載されてるといいんだけどな~。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2007年5月12日 (土)

「出来ちゃった婚」考

モーニング娘。の辻希美が妊娠二ヶ月で結婚とか。
まだ19才かぁ。大丈夫なのかね。芸能界でもまれてるから相当普通の19才よりは大人だとは思うけど。ただまだやりたいこともたくさんあるんじゃないかなぁ。普通の10代の子よりは、確実に世間や組織に時間を奪われてきたはず。お腹にいるウチはまだいいけど、ガキは産まれちゃって外に出てきたら、これ以上時間を奪われるんだぜ。耐えられるのかな? 逃げとして結婚を選んでなければいいけど。

20歳前後の出来ちゃった婚はよく聞くけど、いったいどこまで覚悟してんだろう。結婚って手放しで救いの場にはならない。日常生活をお互いが出来るだけ誠実にこなす中で、できあがっていく信頼関係。結婚の時にあったのは愛ではなく、ただ単なる恋の風邪ひきで出た「熱」(ウチら夫婦にはなかったな、これ・笑)。こんな幻想(愛ではない)を後生大事に守ろうとすると結婚生活はつらいだろう。愛はあるものでなく、日常生活の中でつくっていくものだ。
特にその協同関係は子どもが出来るとさらに必要となる。ガキっていう存在は、容赦なく残酷に親の時間を奪ってゆく。大人みたいな「ほおっておく」気は遣ってくれない。二人でゆっくり語らって過ごす時間なんて、全然なくなる。自分で考えたら、19でなく22,3歳の時だって、所帯なんか持てなかったね。金よりもなによりも、自分が一人で生きられるという自信がなかったし、ガキと向き合うだけ、自分の生き様に自信が持てなかったもん。じゃあいま「自信があるか」と言われると違う。「うるせぇ、それでも俺は生きてんだ。簡単に死んでなんかやらねぇぞ。文句あるか」って開き直りでしかない(笑)。

仕事も追求が深くなってくると、家庭とは絶対相容れない。9to5の時間帯で切り替えられるものでは決してない。家庭崩壊寸前を、仕事人間としての立場、はたまた夫や父親、妻や母親としての立場から、胸かきむしられるジレンマの中でコントロールする。それが「家庭生活の実情」だと思う。20歳前後の出来ちゃった婚、はたして20歳そこそこで、そんな日常生活の交通整理が出来るのかなぁ? 結婚生活なんてこういった日常生活の中から信頼関係を築けなければ簡単に崩壊する。当人同士は単に熱が冷めただけだから離婚もご勝手にどうぞだけど、「出来ちゃった」以上、いちばんかわいそうなのは子どもだもんね。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007年5月11日 (金)

ばす、、のったよね?(^^)

昼下がり。ガキ共の攻勢でヘトヘトに疲れ果て、台所のイスに座って目もうつろに放心するカミさん。するとそこに容赦なく(笑)、破壊怪獣「次男」がすり寄ってくる。

おかあさん(僕のカミさん)の顔を下から覗き込み、
ニコニコしながら、彼はこう言う。

「……(見上げながら)、ばす、のったよね?(^_^)
 たくしー…、のったよね?(^_^)」

心が疲れ切ったカミさんは最初、さもジャマくさそうに「あぁ…、そうね」って答えていたそうだ。でも最近気付いたんだって。「これって、あの子が私を元気づけようとしてるんじゃないか?」って。
次男が「大」好きなのは、バス・タクシー・電車といった乗り物。これらを見たり乗ったりなんかすると目をランランと輝かせて喜ぶ。きっと僕の楽しいものはお母さんも楽しいんじゃないか? あの子はあの子なりに私を元気づけようとしてるんじゃないかって。

次男も主張は激しいが、長男にいじめられてきてるから、周りの人間の顔色を見るのも上手い。それに親が何かを探している時、ふっと気付いて「はいっ」って持ってくるのは圧倒的に次男が多いのだ。

ウソ泣き主張もよくやる。主張の仕方も心得てる。兄弟間のかけひきは当人同士は大変だろうけど、人と人との間で生き抜いていく知恵を、息子たちは身体で身につけていってる。一人っ子同士の僕ら夫婦は、そういう自分の息子たち見て、少々うらやましい。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2007年5月 9日 (水)

Googleマップと初代谷村線鉄塔

Googleマップの能力に関して
「『初代谷村線』のような小さい鉄塔はさすがに無理」と、
僕はこのブログの記事「送電路線捜しとGoogleマップ」に書いた。

部分的に前言撤回する。
空中写真上での判読はさすがに無理だが、
地図モードでは載っている!

Http___mapsgoogle Googleマップの最大縮尺図の原図は、3000分の1クラスの地形図なのだろう。左図のようなマークでちゃんと出ている。矩形鉄塔であることもハッキリわかる。電線敷設方向はこの図の左右方向。この原図の段階ではあったがいまはない鉄塔もあるだろう。「え、ここにもあるの!?」ってのがいくつもある。

これからの谷村線鉄塔捜しにばっちり使えるぞ。まずは相模湖周辺に見に行ってみようと思う。大垂水峠南側や八王子市初沢町・南浅川町あたりの探索は、冬までは「おあずけ」。大体の鉄塔は藪の中、マムシや熊が怖い。

| | コメント (5) | トラックバック (1)

2007年5月 8日 (火)

銭湯行脚、再開(足立区梅田・明美湯)

7日(月)、親父の家の整理で大井に行ったついでに、田端まで出た。仕事関係の研究会発表に必要な場所(東灌森稲荷)の実踏に。

実踏・撮影を終えたら思い出した。「小学生の頃、鶯谷からバス乗って、従兄の家に遊びに行ったな」って。急に行ってみたくなり、町屋まで出てそのバスに乗った。
だいたいの場所は覚えている。荒川渡ってすぐ、バスは右折し左折して、ちょっと行ったとこでバスを降りたはず。従兄の家の裏はお墓で神社が近くにあって。
バス降りてちょっと歩くとすぐに神社は見つかった。神社からの道の記憶を辿ると……。なんと従兄の住んでた家がまだあった!  ここは叔母の実家のはず。従兄が中学生いっぱいまでは家族でここに住んでいた。表札には叔母の旧姓がまだある。ご家族の誰かがまだ住んでいるのだろう。この家の間取りは手にとるようにわかる。妙な気分。最近は法事の時とかでしか会わないがいちばんよく行き来した従兄(先日の父の葬儀でも受付をお願いした)、一人っ子の僕にとっては二つ上の兄貴のようなもの。一緒にこの家の中や、近くの神社で遊んだ思い出が鮮やかに蘇った。

070507_181501 そのうちの思い出に一緒に銭湯行った思い出もあって。探したらこれまたありました(^O^)。前置き長いけどこれがその銭湯・明美湯。当時はごく普通の銭湯だったけど、時代の流れに合わせて変わってました。びっくりしたのはこの銭湯、5mばかりのものだけどプールがあって泳げるのよ(男湯のみだけど)! 僕が知ってる中でのプール付き銭湯は、世田谷の「そしがや温泉21」ぐらいだ(こちらは男湯・女湯両方にプールあり)。 泳いじゃいましたよ。その他、スチームサウナや人工温泉、泥湯があって。全てが基本料金430円で入れる! 素晴らしいっ(^O^)。ちょっとかかるけど(3500円)砂蒸し風呂もある。

帰りぎわ発泡酒飲みながら思い出あまって、フロント(もう番台ではない)にいたご主人に話し掛けてみた。僕が「28年くらい前、こちらに従兄と入りに来たんです」と言うと顔がほころんだ。この銭湯は昭和45年に開業とのこと。僕が来た時はまだ10年目ぐらいだったのだ。平成2年に衣替えして今に至るらしい。聞けばお風呂屋さんの修行をはじめたのは、僕も知っている多摩地域の銭湯だったそうだ。「知ってますよ、その銭湯」って感じにまた盛り上がってしまった。

もう叔母は既に亡く、叔父も縁あって再婚して北海道にいる。
時は流れてしまったけれど、形は変われど、あるものもある。
帰りがけに荒川の河川敷に出て夕陽を眺めた。ほんといい河川敷だ。毎日ここでトレーニングしているジローさんがウラヤマシイ。これから、また長距離散歩にひっかけて、銭湯巡り、してみるかな(^^)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007年5月 5日 (土)

わたくしの使命……

Dscn9140 1.食器洗い器
2.ゴキブリ捕獲器
3.マッサージ器
(↑ウフフな意味ではございません)

これがカミさんにとっての、僕の使命(笑)。これからの季節、2が忙しくなります。なにせ僕は「カミさんが親元を出るための口実」です(笑)。でも、女性はこれくらいの方が、いいんじゃないかなぁ(笑)。

追加した写真は、4日にカミさんの曾祖母の元へ行った時、帰りに公園でガキ二人を遊ばせた。その時ヘトヘトになって休むウチラ夫婦の、影の写真です。

| | コメント (13) | トラックバック (0)

2007年5月 4日 (金)

JUSTICE

これ、、神奈川県警採用試験のポスターのうたい文句。

これ見てると下に

「for the nation?,for the citizen?」

って、イタズラしてつけたくなる(笑)。


文章訂正、定冠詞「the」を入れました。(2007/05/08)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年5月 3日 (木)

その世界に生きられるか…

さっきソロギター弾きだしたら、楽しくて仕方ない。
レパートリーの「Ragamuffin」やら「Bensusan」やら「Growing up」やら「遠い空」やら。いろいろな音が抜けてるけど、歌いたいように歌うって気持ちいい。間違える間違えないより、その曲世界に弾いてる瞬間生きられるかどうかなんだよな。音は間違ってなくても、弾き手がその世界に生きてない音楽はきっと死んでる。
人前で弾こうが、音と自分とのやりとりは極めて閉じた空間だ。僕の指と音と感性の蜜月、今出ている音と僕のセンスの戯れ。
それでいいんだ。ああ気持ちいい!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月 2日 (水)

男の子、女の子

ウチのガキ(男の子)二人とも、まぁお母さん(僕のカミさんね)の言うことを聞かない。ウチの愛すべきバカ長男! 1日(火)には、お母さんの制止も聞かず、タンスのいちばん上の引き出しにあるセロハンテープを、下から三段目の引き出しを開けて"足場"にして取ろうとし(まぁ工夫は認めてやろう)、タンスがバランス崩れて転倒した!
奴は直前で逃げて無事であったが(まずは安心)、タンスの上は仏壇にしていたので、倒れて落ちた香炉のなかにある香炉灰・花瓶の水、床に全てぶちまけて部屋の中をグチョグチョにしやがった(T_T)。片付けるのに1時間ぐらいかかったらしい。晩御飯を作る時間を余計な仕事で消費され、カミさんは僕と話す時は笑いながらもかなりご立腹だった。

だが、こうやって体験的にモノのバランスの危険性やモノの可塑限界・破壊限界を知っていき、そこから想像を拡げて物理の感覚・知恵を養っていくのが男の子。男はこういうタイプのバカだから、30まで生きてるのはある種奇跡だと思う。
長男のお友達見ていても、女の子は頭はいい。聞き分けもいい。「理性的生命体」として、女の子と男の子は「ヒトと動物」ほど違うとすら思う時がある。女の子は親もそれなりに育てやすそうだ。ただしいろいろな「モノの限界感」に関しての知恵は、女の子は薄いのではないか。言われることは言葉ではわかってるけど、実際に失敗して痛みで憶えてないから、知恵になってない。言っちゃ悪いがそういう「物理的限界を知る」意味で「女はバカ」だと思う。カミさんも「そうやって置いたらひっくり返るだろう」ってことよくやって失敗する。つくづく物理的危険性の知恵が欠如していると思う。

という僕には、着る物を大事にするとかいう感覚が欠如してる(笑)。いつも怒られる。つまりはお互い穴だらけ(^^)。埋めあって生きてるようなもんだ。穴だらけだからこそ周りが有り難いね。

男女を均しちゃう必要はないと思う。違うからこそ補完がしあえるんじゃないだろうかなぁ。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2007年5月 1日 (火)

さだまさし「安曇野」

実はこれ、最近「聴く気になれない歌」。
アルバム「風のおもかげ」に入ってる。いまこのアルバムはMP3プレイヤーに入れてるけど、はずして取り込んでさえいる。高校時代はコピーしてた。なのに今、聴けない。僕が最近抱いてきた"安曇野"のイメージと違うんだもん。

この曲自体のテーマは「都会へ出てゆく彼女を送る男の、思いやり、不安」なんだけど、実際にあの土地にたった3度ほどだが行ってみて、そしてまさにそこで育ったシンドウアツコさんの「大糸線の走る町」と向かい合ってみて、何か違う。さださんの「安曇野」だと、なんかドンヨリ曇ってんだよ、安曇野がf(^^;;;;。シンドウさんの「大糸線…」とは対極。

うーーーん、同じ土地のことなのに。。。
人それぞれなんだなぁ、感じ方は。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

« 2007年4月 | トップページ | 2007年6月 »