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2007年5月26日 (土)

抱っこできる幸せ、ジレンマ

仕事から帰ると、長男・次男が飛びついてきて、抱っこする。
まず長男、次に次男。生活の中でこいつらのウルサさが鬱陶しい時は多々あるし、怒鳴り飛ばしてはいるけど、この瞬間はただただ素直に嬉しい。抱き上げて奴らのお腹に顔くっつけ、目ぇ閉じて、ありがとうを込めて「ただいま」を言う。

いつまで抱っこできるんだろう。
長男はもうそろそろ来なくなるだろうな。お母さんと一緒のお風呂は卒業しちゃった。帰りが遅いとき以外はいま僕と入ってるし、僕が遅いときは一人で入る。この抱っこだって恐らく長男としては、次男へのイジワルが大半だと思う。先に抱っこされて「やあい、いいだろう」って見せつけの部分が大きいだろう。自分の世界がもっと構築されだしたら、きっとだまったままで来やしない。

ところで最近、昔、サザエさんの単行本で読んだ、波平さんが家事を手伝うカツオくんに向かって言った「台所仕事なんぞする男は大成せんぞ」(時代だなぁ)っていった言葉が、頭をリフレインする。
家庭生活は大切だ。特に男はそれなりに一人で自分の世話をするノウハウを持とうとしていないとダメ。勉強ばかりで家事やらされてない奴もいるからね。僕がそう。これじゃヤバイと思ったから、就職して1年、金貯めて親に一切金借りずに家を出た(そしたら親同士まで別居しやがった。「子は鎹」を地でいってやがる)。カミさんは生活を共に戦うパートナーであって、世話してくれるお母さんではない。

でもやはり、波平さんの言葉も最近重く感じる。「台所仕事なんぞする男は大成せんぞ」、家庭のプロとしてカミさんを信頼し、まかせっきりになるのも、「家事自体を趣味に出来ない凡人」がいい仕事をしたいとなると、そうなってしまうと思う。
さまざまなこともっと深めたいとなると、「家のことをちゃんとやらなきゃ」ってジレンマはすごくジャマ。僕の親父は何もせず、家の雑事みんな女房(僕の母)にまかせ、女房の愚痴を聞こうとすることもなかったから、晩年は別居になった。だからちょっとでも僕のサポートが足りなくなると「別居かな、俺も」って不安が心をよぎる。女も男も、僕らの世代は家庭人として育てられてきていない。勉強マシーンとして育てられてきたのがほとんどだろう。女も男も知的自己実現はしたいが、いざ親として生きるとなると閉塞感のカタマリになる。何もなし得ていないような恐怖感を覚える。だが閉塞感を抱いているのは僕だけではなくカミさんもそう。僕だけが頑張らせてもらっていいのかという申し訳なさだって感じる。どうバランスをとるか、ギリギリだ。

こうして息子たちをだっこできる僕は幸せである。

これを守るにはどの家庭も、仕事、趣味、子どもたち、お互いの両親・家のこと、さまざまなバランスをユーモアで笑い飛ばしながら崩壊寸前でとっている。疲れるね。この営みこそが「幸せというタイ焼き」のアンコの部分、絆をつくってくれていると信じてはいる…が…。
生きるって大変だよね。

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コメント

たびたび。私は息子一人だから奥様ほど
大変でなかったとおもいます。
私の世代は特に?主人は家事はまったく
しなかったです、できなかったというかもしれませんが。。生まれてからすぐ仕事先に常駐になってしまい心細いのなんの。でも団地住まいだったからみなさんに助けられました。家事はしなくても幼稚園選びや、学校行事はできるだけ顔だしてもらいました。
ずーーっと病院とは縁の切れなかった息子ですが彼も来年成人します。やっぱりさびしくなります。ほっともしますが。
そうそう、ありがとう、ってひとこといってもらえるだけでも違うかなっておもいます。

抱っこできるのは幸せです(*^_^*)
義弟はかなわず逝ってしまいましたから。
ちょうど今のさかたさんのお子さまがたと同じ年頃でした。
さかたさんはすごく頑張られてるなと思います。(^_^)v

投稿: ねも | 2007年5月26日 (土) 17時35分

>。「台所仕事なんぞする男は大成せんぞ」

完璧、俺のことじゃねぇか・・・・・

投稿: ウミユスリカ | 2007年5月27日 (日) 18時19分

>ねもさん
この記事、カミさんが読んだら
「なんだぁ、まだ抜け切れてないんだぁ。Tonちゃんもがんばって子ども達連れて遊ばせに外行って帰ってきた時、その間に私が家事の方がんばっちゃって休めてないと、すごく淋しそうな顔するでしょ。そんな気分だなぁ」って。

こんな記事のように遠慮しちゃイカンのです。お互い家のことをがんばる時はそのためにがんばっているのだから。それこそがチームプレイ。ねもさんが僕にアドバイスしてくれた「ON・OFFはっきりわけてね」は身に沁みますね。もう一人足利のLive Space EMの前様も同じアドバイスくれたなぁ
ただ疲れた時こそon・offが上手く出来なくなるのも真実。かっこうわるくて結構、がむしゃらにやろうと思います。

>抱っこできるのは幸せです(*^_^*)
>義弟はかなわず逝ってしまいましたから。

生きているって大変だけど、同じだけこういう幸せがあるんですよね。

>ウミユスリカさん
>>「台所仕事なんぞする男は大成せんぞ」
>完璧、俺のことじゃねぇか・・・・・

そうかぁ? 僕よりはちゃんと実益に変えてると強く感じるけど。そういう僕もいつでもじゃないけど(これが日常生活にはネック。気が向いた時にやるんじゃ役に立たない)、食器洗いが勉強に煮詰まった時の気分転換になる時はある。料理や家事もガキがいると趣味的・探求的に対峙出来ないのがつらいね(僕らはきっと「聞き分けのいい子」だったから、「僕らの親は出来た」参考にならんと思う)。せかされるし、片付けても端から散らかされていくしね。

投稿: さかた | 2007年5月28日 (月) 07時35分

>僕らはきっと「聞き分けのいい子」だったから、「僕らの親は出来た」参考にならんと思う

ここ、どうだろう。

少なくとも僕は、聞き分けはまぁいいほうではあるが、繊細であらゆることに敏感すぎて、強情でいったん決めるとてこでも動かなくて、すごく育てにくい子供だったみたい。まぁ、こういう面は大人になった今でも歴然とある僕の個性だけどね。

Tonちゃんは、よ○んちゃんがあ○○叔父さんとそっくりだって言ってたけど、そうだとしたら、子供のときも必ずしも世間一般で言うような育てやすい子供じゃなかったかもしれない。叔父さんの姉である母の話では、叔父さんは子供のころ、多動気味で、繊細で敏感すぎて、かなり難しい子供だったそうだ。

センサーが敏感すぎて、外界の刺激に対する超高性能アンプみたいな個性は、僕とも共通しているところがあるみたい。その反面マイペースを通すから、敏感さが神経質な感触を他人に与えることはあんまりないけどね。

叔父さん、小学校の教師に知恵遅れ扱いされて特殊学級に入れられそうになったのを、教育者でも会った父親(つまり僕らの爺様)が猛然と反論して阻止してるし、そうされかねない危うさは、僕自身の幼少時代にも、今振り返ると確かにあった。扱いづらさに手を焼いた教師に、小学校の低学年のとき激しい体罰をくらって、耳なんて内出血で膨れ上がってたしね。

今だったら、叔父さんとか僕は、下手な教師に当たったら、広範性発達障害というレッテルを貼られて病院送りになってしまった危険性が、かなり強いんじゃないかな。ふたりとも、よく危機を乗り越えてここまで来たんだなと思うことがあるよ。

投稿: ウミユスリカ | 2007年5月28日 (月) 12時59分

さかたさんお疲れ様。オレなんか寸前どころか崩壊してるから。開き直ってるよ。

正直言うけど、カミさんがもっと自分以外のこと考えて、マッチ棒の頭くらいの気遣いがあればありがたかったね。それがないからオレは弾けたけど。

とにかく自分の道を探すのみ。もちろん子供はしっかり面倒見ていくつもりだけどね。

投稿: をーつき | 2007年5月28日 (月) 16時58分

まずウミユスリカさんへのレスで失礼。
ひとつひとつやります。

>ウミユスリカさん
よ○ちゃんは、自分では「確かに私は癇の強い、一度泣いたらなかなか泣きやまない子だったけどやっぱり女の子。ウチの子ほどハチャメチャではない」といってるなぁ。はっきりと主催者側の発表だね、これ(笑)。
ウチの子見てると、ちょっとうらやましい時あるね、子どもらしく青臭くて。僕が強情はりとおしたのなんだろう。反抗期らしい反抗期なかったからなぁ、僕。「食わしてやってる」といわれたらなんも反論できんもの。ガキっぽい口先だけの反抗、大っキライだしね。だから就職して一年金貯めて、親から一切援助うけずに、部屋から何から全部決めて家を出た(一応親父の顔立ててやって部屋の保証人お願い「してやった」。「ヤダ」とか言いやがった時は叔父に頼む手配までしてた)。あの時はスゴイ気持ちよかったな。僕が結婚してからも、親父が怪我か何かして医者に止められてて酒を、僕のうちに来た時に親父が飲むとか言った時は、「ここは俺の家だ。それでも飲むというなら出ていけ」とたたき出したなぁ。それと自転車野宿旅行ぐらいかな。「野宿はヤメロ」といわれたけどこれは貫き通した。それぐらいか。極めて育てやすい子でしたね、僕は(笑)。非行はみんな親父がやってくれましたから(笑)。

>特殊学級に入れられそうになったのを、教育者でも
>あった父親(つまり僕らの爺様)が猛然と反論して阻止
>僕自身の幼少時代にも
>扱いづらさに手を焼いた教師に、小学校の低学年のとき
>激しい体罰をくらって、耳なんて内出血で膨れ上がって

でもさ、これがあっても誰か真の理解者がいた感じがするんだよね。その強情を受け止めてくれる人がさ。お義父さんならお義祖父さん(いや徳島のお義父さんにとってのおじいちゃんも大きいかも)かな、ウミユスリカさんも親の愛はしっかりうけて育ってる気がする。ちゃんと誰かの愛をうけた可愛げはある気がするんだ。
その縁の部分を僕はすごく感じるよ。

投稿: さかた | 2007年5月29日 (火) 01時18分

>をーつきさん
>開き直ってるよ。

うーーん、残念すぎる。奥さんの言葉は僕は一言も聞いてないし、夫婦のことは夫婦にしかわからないことがあるから何とも言えない。ただ残念としか。。。僕のこの叫びは単なる安全弁だけど(こうやって吐き出して楽になってる)、「何言ってやがる」かもしれん。すまん。

投稿: さかた | 2007年5月30日 (水) 17時10分

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