« 見つからないストレス | トップページ | 映画「眉山」、本音の感想 »

2007年6月12日 (火)

聞き手として自分を聞く

ご存じの通りシンドウさんのレコーディングに参加させてもらっている。また、最近出来るだけ譜面を起こすようにしている。Power TAB editorで起こしているが、これは入力した音を自動演奏できる。

楽しいには楽しいが、
どちらもハナハダつらい。自分のヘタレが丸裸になる。
音だけではない、音楽に向かう姿勢、弱さまでが全て。

だが、

自分の音を録ってみる、譜面に書いて再現してみる。
これって自分の音の客観視。聞かされる身になるってこと。
いちばん向かい合わなくてはならないことと、つらいけどいま、向かい合えているとは思う。先日のシンドウさんレコーディングの音源、こうして追い込めた甲斐あって、自分で自分のプレイが好きになれた気がする。このプレイの僕、大好きである。無論、もっと磨くことは出来るけどね。いまの時点としては認めてやりたい。
やっとあるべき練習のあり方までは辿り着けたのだろう。

|

« 見つからないストレス | トップページ | 映画「眉山」、本音の感想 »

コメント

私も、自分のオリジナルを、コードにすることすら、気が重いとき、たくさんあります。
作って終わり、歌って終わり。
それでもいいのかもしれないけど、
やっぱり、客観的に自分の歌を見直すことは
大切なことですよね。

今回の録音。
私自身、これを一つのきっかけにしたいと
思っていることがあって。
どうかこれからも力を貸してくださいね。
よろしくお願いします。

投稿: シンドウ | 2007年6月12日 (火) 17時39分

お互い「何かを好きになる力、それを伝えたい思い」を持っているのは間違いないよね。それが音楽と言い切ってしまっても狭い。「表現」ってことになるんだろうか。

社会に出て「受け止める人のことを考える」という知恵は覚えた。それが体の中の「聞き手」にも作用して、敵にも味方にもなるけど、とてもありがたい存在とは思ってます。でも、一番大切なのは自分が何を感じ伝えたいかだと思ってる。

とても抽象的な言い方だけど、さまざまな縁の中でさまざまなものに出会い、気づきながら、いいものを作り出せるよう追求していきたいです。

ブログも読んだよ。
何があろうと「シンドウアツコ」を精一杯生きましょうや。僕も坂田ひろゆきを精一杯生きることしかできませんしね(^^)。起点は自分のハートだと思います。

投稿: さかた | 2007年6月12日 (火) 17時58分

うーん、凄いなぁ。サカタ。
芸術は独りよがりになりやすいから、謙虚なヒトでないと自分が見えないはず。
素晴らしい姿勢だと思います。

その点、スポーツは数字で結果が出ちゃうからヘタレぶりはすぐ明白になります。
参った参った。(^_^;)

投稿: ジロー | 2007年6月13日 (水) 18時22分

>スポーツは数字で結果が出ちゃうから
>ヘタレぶりはすぐ明白になります。

これ、うらやましいね。先にゴールラインくぐるか、同じコースでタイム縮めるかだものね。

暴言承知で書くと、下手に自分のプレイを褒められるのが最近気持ち悪い。無論、その人がそう感じたんだから、有り難いには有り難い。感謝はしてる。けど、納得しきらない自分がいます。
聞き手としての僕も最近ひどいです。音楽をナメていてあまりに気に入らないパフォーマンスだったりすると拍手もしない時があります(自分がそうされる覚悟もしてるつもりです)。逆に気に入っても拍手しない時もあります。そういう時は感動させてくれた、盗むべきものを見せてくれた感謝を込めて合掌してます。中座しちゃう時もあります。悪い意味で年を食ったのか、下手に気を遣えなくなりました。芸術は受け手にとっては「好み」で占める部分がほとんどなんですけどね。

やるからには、自分の使える範囲の時間は出来る限り上手く使って(疲れ果てて動けなくなる時も自分。それも仕方ない)、出来る限り手抜きなく、やりたいですね。

投稿: さかた | 2007年6月13日 (水) 23時34分

おつかれさま。さかたさん、シンドウさん。
私も楽しみにしています。
おふたりの熱いはーとからでた音、楽しみにしています。

私もはじめてのホールでの発表会まえに
先生から1小節ごとにダメダシのアラシ。。
人前で聞かせる以上は~っていわれます。
しょんぼりしてるとあきらめたらそこで終わります!と、さらなる
追い討ち。。で、いいすぎたと思われるのか最後に、前回よりは
よくなってる~この言葉がかえって居心地わるくさせます。

私なりに一生懸命頑張っていきます。そんなことを
あたりまえのことを、ですが気づかせてくれました。

投稿: ねも | 2007年6月14日 (木) 21時55分

>ねもさん
>先生から1小節ごとにダメダシのアラシ。。
>人前で聞かせる以上は~っていわれます。
>で、いいすぎたと思われるのか最後に、前回よりは
>よくなってる~この言葉がかえって居心地わるくさせます。

レコーディングはいいです。僕がいいと思ってもシンドウさんにとって大切な部分がショボければアウト。独り善がりにならずにすみます。
「ダメを出してもらえる」って、先生につくいちばんの効能ですよね。他人から聞いたらどうだ、っていうのをちゃんと出してもらえる。だからこそ「この人のダメ出しなら聞ける」って人に付きたいですよね。音楽的に惚れてる人に。

シンドウさんも岩橋さんも二人とも、作品の中身に一切手を抜いていない。アンサンブルのために音をつぶさに聞いているとわかります。自分の出す音を考え抜いて、何故そういうかたちでそこに存在するか、意味を持って存在させてます。

ダメ出ししてくれる人として、茹蛸のメンバーは最高です。

投稿: さかた | 2007年6月15日 (金) 12時06分

僕は、何も考えないことにしました

聴こえてくる音に忠実に生ること以外は。
そこには自分も他人も、将来の自分も将来の他人もない。
音だけ。

投稿: かずき | 2007年6月16日 (土) 02時43分

>かずきさん

確かに、まだ雑念だらけだな、俺は。
でも、いいや。そういう人間だから。
流れる方向に流してやろう。

投稿: さかた | 2007年6月16日 (土) 08時32分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 聞き手として自分を聞く:

« 見つからないストレス | トップページ | 映画「眉山」、本音の感想 »