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2007年7月29日 (日)

「峠との戯れ」1日に2本!

29日(日)、行かせていただきました(^^)。
(カミさん、ありがとう、だね)

一本目は6:30に出発していつものコース。亀が池八幡宮にお参りしてから、20%の坂と戯れてきました。前回はこの激坂区間(約2.5キロ)を久々にゼエゼエ気合い入れて走ったら14分27秒。ただ峠に到着直後、目の前がグレイアウトしてぶっ倒れました(笑)。こんなことやってたら長続きしないから、今日はハーハー程度で余力残してピークにゴールして16分50秒。まぁこんなものでしょう。その代わり、鈍亀走法の底上げを図るつもりで淡々とこの走りを続けてみようと思う。が、ならばキツイ登りを走るより、このコースの高田橋を起点に輪になった部分を時計回りに走った方がダラダラ坂が続くからいいように思う。次走るときは逆回りでやろう(^^)。

2本目は、自宅をスタートして、愛川町田代から清川村法論堂(きよかわむら・おろんど)に抜ける法論道林道を、峠の「半原越」(標高497m・カシミール3Dにて)まで行って帰る、34.5キロほどのコース。図1がそのコースマップ、図2がコースの断面図っす。
Photo_14 Photo_17
 



図1(左)、図2(右)

これもゼエゼエやらずにハーハー程度で林道の入口から峠まで(13.2キロ地点から17.3キロ地点までの4.1キロで270m標高を稼ぐ)でタイムを計ったら、28分50秒だった。いやはや遅い遅い。でも楽しんでこられました。林道の入口では思いがけずリスにも出会ったしね。夜中にシカを見たことはあるけど、相模原周辺でリスに出会ったのは初めてだった。行き帰りで約2時間半。ちょっと時間に余裕があるときは楽しみにいけるな。山に近いから坂が多くてこのあたりは楽しいです(^^)。

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American Country Countdown

AFN(旧FEN)の音楽番組。
タイトルの通り「アメリカのカントリーミュージックのベストテン番組」っていったところ。どういう時間帯にやってるのか全然調べてないけど、日曜の15時前後には放送してる。最近のお気に入り(^^)

最近のポップスって日米問わずほとんど歌が聴けたもんじゃないけど、アメリカのカントリーミュージックの人たち、すごく歌が上手い。コード進行もこりすぎてないし。メロディもすごく優しい。そして何より大好きなアコースティックギターが生きてる。「音楽」として聴ける。

ウチにいるときはかけっぱなしにしてます。

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2007年7月28日 (土)

第2弾!「脳内相性メーカー」

先日やってみた「脳内メーカー」。「脳内相性メーカー」ってのもあって、これもやってみた。当然カミさんと。

まず、これが結婚前のTon夫婦。カミさんの旧姓名と僕の名前を入れクリック。カミさんの旧本名は伏せ「Ton's女房」とさせてもらってる。
Ton_3 



もう大爆笑!
まずこのブログの記事のこれこれを読んで欲しい。
ね、バッチリ当たってるでしょ(T_T)。頭ん中全て「無」よ「無」!
俺に対して「な~んにもない」の(笑)。奴には何の気もなかったのだ。そういえば言われたもんな。結婚前のデートでお茶してたら「目がヤラしい」って。もうエラく傷ついた(笑)。結婚決まってるのにナニもなければ、つい胸元とか見ちゃうじゃない。それを否定するカミさんって、いつの時代の女なのだ。アイツ、なんで結婚って「選択」をしたんだろう? ま、どっちにせよ「Ton as Tools of my life」「家を出る口実」だったのだ。


んでもって、これが結婚後のTon夫婦。坂田の姓が付いてしまったカミさんの今の名前と、僕の名前を入力してクリックした。
Ton_2



ギャハハハハハハハ!
当たってる、当たってる! 俺、エッチしか考えてねーんだって!
このブログのあんな記事こんな記事に如実に出てるもんね。
そりゃそうだ、あれだけガマンさせられたんだから、
って、今もガマンしてますが(爆)。子育ては大変だぁ!

いやぁ、夫婦して笑わしてもらいました。

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線から点、また面へ

昨日の会社帰りは、JR横浜線片倉駅から八王子みなみ野駅までの1駅間(2キロ弱)、歩いてみた。八王子みなみ野周辺でまだ開発されきらない丘陵の道を見つけたのよ。片倉駅を出て湯殿川沿いに歩いてR16を渡り、八王子市立由井第2小学校の南裏の山へ。まだこんな谷戸が残るんだとワクワクした。

林の中にはいると、ヒグラシの詠唱が聞こえてくる。
ヒグラシの鳴き声は「合唱」っていうとイメージが違う。こちらでひとしきり鳴きだし消え入る寸前、離れたところから聞こえてくる、歌っている。サイモン&ガーファンクル「スカボローフェア」の詠唱にイメージが近い。林の深みを感じさせるのにこれほどバッチリなBGMはないなぁ。とても空間の拡がりを感じさせる詠唱だ。無理矢理作り上げる音楽なんぞ、一瞬ばからしくなる。身体にとても心地いい。

ところで僕はダイエットは大嫌い。痩せるために歩くなんてまっぴらごめん。エアロバイクやトレッドミルなんぞ、どんなに漕ごうが歩こうが景色は変わらないし、風もにおいも変わらない。俺はハツカネズミじゃねぇ、と思う。発見の楽しみがないから歩く気になんかならない。通勤沿線はもう歩けるだけ歩いたから、地図を眺めていてもワクワクできる道がなかなか見つからなかった。この間、メシ食いながらカミさんとそんなこと話したら、こう言われた。いままで面や線で見ていたのなら、今度は点に絞って深めてみればいいじゃない?」

その通りだ。今度からそうしよう。
カミさん、結構こういういいアドバイスしてくれる。僕の仕事や音楽を本質的に理解してくれるから、ほんとにほんとにありがたい。昨日通った場所の再確認に『新編武蔵風土記稿』(雄山閣版)の"片倉村"の項を読んでいたら、見たい場所が見つかった。今度はここへ行ってみようと思う。

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2007年7月27日 (金)

話題の「脳内メーカー」

やってみた。

ギター弾く時に使ってる名前のつづり
「坂田ひろゆき」でやると。。。
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うーーん、いろいろなものが妄想に包まれておりますなぁ(笑)。「食」が大きい。あたってるかも。

でもって、本名の「坂田宏之」でやると。。。
Photo_1






「大ウソツキ」ですな(笑)

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2007年7月26日 (木)

カミさんのお気に入り芸人

桜塚やっくん!

ブログ読んでると、結構マジメな芸人さん。
「TVにツブされないで芸を磨いて欲しい」とはカミさんの弁。
目の付け所がいいなぁ。

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2007年7月24日 (火)

電気自動車普及で変わるマナー

先日、帰りが遅くなった時、雨が降ってたこともあって、淵野辺駅から自宅近くまでタクシーに乗った。やってきたタクシー、トヨタのガソリンエンジン&電気モーターのハイブリッド車「プリウス」だった。プリウス自体、乗るのは初めてだ(^^)。

「いま、電気モーターとエンジン、どっちで走ってるんですか?」
行き先を告げて走り出してすぐ、好奇心のカタマリの僕は運転士さんに聞いてみた。とても気さくな方だったから、早速ナビの画面を「車の動力状況監視」画面に切り替え、いろいろ解説してくれた。

「走り出す時といったね、ガッ!とトルクの必要な場合はやっぱりエンジンなんですよ。巡航に入ったら電気ですね。燃費は素晴らしいです。軽く20キロ/Lは行きますから。電池は普通の走り方で10万㎞くらいは持つみたいですよ。でも、私らのようなタクシーだと、どうなんでしょうね。あ、ホラ、いま電気に切り替わりました。音で分かりました? 注意してないとわからないでしょう? エンジン自体もホント静かですね~」

交差点で止まってエンジンで動き出すときも、すごく静かだ。
しかし、次の言葉が興味深かった。

「ずっとエンジン車に乗り慣れてきましたからね。時たま、この車「この車、いまエンジンかかってるのかな?(笑)」って不安になるときがあります。音がしませんから(笑)。それと、歩行者や自転車の人たちが、静かすぎてこの車が来るのに気づいてくれないんすよ。だから路地を走るときは今まで以上に気を遣う必要がありますね
はたして昨日、僕は「音もなく近付くプリウス」を歩行者の立場から体験した。普通の車なら近づいてくるのにエンジン音とタイヤと路面の立てる走行音で気づく。けど僕が昨日いたのは"路地"だったので、まったく気づかなかった。ちらっと横に目をやったら「いきなりいた」という感じだった。本当に気配が薄い。これでもう少しスピード出されてたら怖かった。

フェラーリやポルシェ、BMWといった車には、エンジン音自体に官能があるが、こういう一般車は静かであるということはとてもいいことだ。電池の発達などでいまやっと市場に出回りだした電気自動車。静かすぎて今までの感覚で道にいると、歩行者は気づけない。車のクラクションって鳴らし方を間違えると、ひどく暴力的だが、こと電気自動車の場合は、場合によってちゃんと鳴らしてくれたほうが安全だと思う。電気自動車の普及でドライビングマナーがまたちょっと変わっていきそうだ。

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2007年7月23日 (月)

見られた!(^_^;)

みんな知らない(爆)と思うけど、
僕は「すけべ」である(笑)。
ウチのPCはインターネットに繋がっている。
当然「そういう(^_^;)」サイトだって見る(苦笑)。

子育ては大変な仕事だ。親の精神力をことごとく奪ってゆく。
女、少なくとも「清廉な理性に満ちた人間である」カミさんにとっては、「性」なぞ「‘種’さえいただけば、あとはもういりません」だから、「動物である」男("おTon"か・笑)の生理なぞどうでもよく、疲れ切って寝てしまう(ほんとに「子育てが大変」なのは「百も承知」)。だが、僕としてはそうはいかない(^_^;)。結局「そういうサイト」で何とかせざるを得ない^_^;。

今朝、朝練中に長男がやってきて(きやがって・笑)、PCの開いたウィンドゥを一つ一つ消している時についに「見られて」しまった(>_<)。

長男に「なんでこんなヘンなの映ったの」ってツッコまれた。「知らねぇ」って無視^_^;。けど、心臓バクバク。「ヤラレタ」だった。母親に隠したエロ本見つけられるのも、めちゃめちゃバツが悪いが、「息子による発見・目撃」は輪をかけてキツいな(笑)。

ちきしょー、朝練(ホントか(爆))、ジャマすんじゃねー(ToT)(笑)。

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2007年7月21日 (土)

土の中の宇宙

職場の昼休みの散歩、一橋大学構内の林、その地面。
このじめじめした季節に楽しみなものがある。

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それはキノコ。いろいろなところから顔を出してくる。

種類や食えるのかどうかなど、分からないけど、
キノコも菌類。土中微生物の息吹をとても感じる。

土中微生物はすごい。人間がやったら大規模化学プラントで大きなコストをかけてやるような化学反応を、あの小さい生物の中で、ワンクリックのようにこともなげにやってしまう。そんな微生物がたくさんいて、土を土壌化してゆく。ウミユスリカさんとの珍道中でも話題になったのだが、「土中微生物は、化学反応の「知恵の輪」を上手く通してしまうような酵素(って言ってたかな)を持っている」と、わかりやすい説明をウミユスリカさんはしてくれた。

足元にすらこんな不可思議で大きな宇宙がある。
それがひょろっと芽を出した。
そんな存在のようにキノコを感じる。

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2007年7月20日 (金)

見城徹『編集者という病』

表現することによってしか救われない魂。
そういう魂を持ったものにしか、
魂を揺さぶる表現はできない。

「編集」とは、時間を掛けて、
そういう魂の人々と馴れ合いでなくわかりあい、
(でなけりゃ原稿に朱筆は入れられない)
生き様を賭してぶつかりあい切り結んでいく仕事。

この本を読んでいたら、
こんなメッセージが、びりびりつたわってきた。
そこまでの仕事、まだ僕にできてない。

「表現することによってしか救われない魂」
血を吐くような想いで、きっぱりいいきれる程のもの、
僕には、ない。。表現なんぞしていていいんだろうか?

でもこれからも、いろいろな意味で自らの身体で歩く。
そして感じ、出会う。僕にはそうするしか、やりようがない。

見城徹『編集者という病』大田出版

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2007年7月19日 (木)

ヘルマン・ヘッセ『シッダールタ』

今日、読了した。
この本を読んでいて、絶えず浮かんでいた
僕の大好きなネイティブアメリカンの格言

 私の前を歩くな
  私が従うとは限らない
 私の後を歩くな
  私が導くとは限らない
 私と共に歩け
  私たちはひとつなのだから
             -ソーク族の格言

(エリコ・ロウ著『アメリカ・インディアンの書物より賢い言葉』扶桑社より)

無常、、無我、、、この『シッダールタ』からは、下手な経典よりもよっぽど、人として生きる中での、言葉の世界だけでない仏教が伝わってきた。「般若心経」と同じぐらいのインパクトがあった。僕は小説ってキライに近いくらい苦手な人間だけれど、美しい小説だとホントに思った。

文学って、存在するんだな(爆)。

こうやって歩いているなかで、この本に出会えてよかった。
勇気を持って、自らで感じ考えるために、音楽も世界も、自らの指で脚で歩いて発見したいって思わせてくれる本だった。
ヘルマン・ヘッセ『シッダールタ』新潮文庫

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2007年7月16日 (月)

親父の新盆

13日に迎え火をした。今日、僕の母が来て、一緒に御飯食べて、父のこととか話しながら一日過ごした。

さっき、みんなで手を合わせながら送り火をした。送り火が消え、皆が合掌を解いた時ふと見ると、盆提灯の火が消えていた。ただ単に偶然にすぎないだろう。けど「あ、みんな帰ったな」って感じた。長男は「おじいちゃんが見えた」って言った。

Dscn9953_320_1 写真はお供えした、祖父母(子ども達から見れば曾祖父母)が好きだった故郷喜界島の黒糖焼酎。特にお気に入りだったのは「黒潮」の方。
35度!効くぜぇ(^^)。



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2007年7月14日 (土)

綾戸智絵と倖田來未

電車の中で倖田來未がやってる缶チューハイの広告見て、思った。綾戸智絵と倖田來未、似てるような気がする(^^)。

倖田來未さん、「エロカワイイ」「エロカッコイイ」とかいわれてるけど、僕はこの人に全然エロを感じない。どんなに胸の開いた服着ても脚を露わにしても、「これ、、エロ???」って感じでスイッチが入らない。カミさんがラジオで聴いた話のまた聞きだが、お客様と自分の商品イメージを大切にするプロ意識の高さは、スゴイ人だなとは思ってるけど。

広告で気になってるのは、発泡酒「金麦」の広告の"壇れい"さん。宝塚の娘役トップだった人なんだぁ。なぜかつい見つめてしまう(^^)(^^)(^^)(^^)。エヘヘヘヘヘ(^^)

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2007年7月 8日 (日)

ウチに仏壇がやってきた

来週末は、亡父の新盆。それをきっかけに父が暮らしていた大井の実家からウチに移動してきた。新盆はウチでやる。叔母とも話してそういうことになった。

カミさんが言った。「お線香が燃え尽きて消えても、仏壇を置いた部屋から香りがする」。そう、これ、大井の匂い。香りの形で僕の祖父母や親父の魂がやってきたようだ。なんかとても嬉しい。

遺産分割協議の席で「祭司の継承」を僕が宣言した。亡くなったばかりの父だけではなく、祖父母の法事の段取りまで、これから僕がやっていかなくてはならない。大変だ。嬉しいとばかりは言ってはいられない。祖父母や父だけでなく全ての先祖、それが存在した証は、カミさんとのかけがえのない縁で生まれた息子たち。彼らが生き、次の命へバトンタッチしてくれる限り、先祖も、そして僕も永遠に死ぬことはない。仏壇など先祖の存在の"象徴"にすぎない。だから息子たちを、そのためにまずは家族の命・幸せを守ることが最優先だという気持ちは、全く変わらない。

でも、自分の命の根元、すなわち「今まで自分の命までバトンを繋いでくれた全ての命」の存在を考え直す、スタートラインに戻れる「よすが」、象徴として「仏壇」が家にあるのは、とても嬉しい。やっとウチが「家」になった気がする。

やましい自分の時はこの前に立つの、ヤだろうな。
仕事忙しい時に法事なんかぶち当たったら「フザケンナ」とも思うだろう。でも、今は妙に嬉しい。

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今度は「Cats'N Dogs」

シンドウさんの曲の歌伴奏版、耳コピ&採譜し終えた。
ピアノをギターなりに採譜してみるってすごく面白い。同じコードでも転回形によって響きが変わる。それを利用した滑らかで効果的な伴奏の作り方が見える。

でもって今度の採譜曲は天野清継&国府弘子(Heaven〈天・国〉Duo)の「Cats'N Dogs」。メロディ&コード進行的には難しいことはやってないけど、変拍子が入るので譜面にどう書くかがムツカシイ。一枚の譜面にせずに区間分けて書こうかなとも思ってる。

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2007年7月 7日 (土)

包丁研ぎ

070707_230801 包丁研ぎは僕の役目、いまは大体週一ぐらいで研いでる。写真は僕の使ってる砥石とウチの包丁。砥石は傾斜がついていて、包丁を水平にして、刃全面が均等に研ぎがかかるように動かせば、自然に砥石を包丁にあてるベスト角度になるようになってるらしい。片面を刃先0.1mmくらいが目ではわからなくても指でほんのちょっと曲がってるのがわかるぐらいまで研いだら裏返し、その曲がりを取るように研ぐ。よく知らないが、この砥石買った時のパッケージの裏にそんなやり方が書いてあったと思う。そういうやり方でやってる。こんな素人研ぎだが、まぁまぁ切れるようにはなっているそうだ(カミさん談)。

以前、高校時代の友達が遊びに来た時、あまりにウチの包丁が切れなくなっていてご立腹させたことがある(笑)。また父の他界後、僕も忙しくなって研ぎが疎かになっていたら途端に切れなくなった。包丁は毎日使う道具、しっかりくたびれているんだよな。

これ、結構ハマる。

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2007年7月 6日 (金)

親父の一番長い日

さだまさしさんの曲。

ある理由があって、昨晩から聞いてるけど泣けてしかたない。ストリングスが入ってくるあたりからじわっとくる。まともに面と向かって聞いてのは高校以来かも。あのころはこんなことなかったんだけどな。

このストリングスアレンジを初演で振った指揮者・岩城宏之さんは「山本直純一世一代の名編曲」といい、振りながら涙ぐんだというがわかる気がする。

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2007年7月 3日 (火)

息子どもの成長

昨日は職場は休みの日。
夕飯の前に時間があったので勉強しに行った(家の中じゃやかましくて出来ない)。勉強をはじめた瞬間、携帯がふるえた。

「○△(次男の名前)が壁に頭ぶつけて、こめかみの上が1㎝ぐらいパカッと開いて流血してる。医者連れてこうか」
「わかった、すぐ帰る。保険証と診察券用意しといて」

「もう用意した」

帰りがけにかかりつけの整形外科(整形外科にかかりつけが出来る。これが男の子の親です・笑)の診療時間を確認し、家について傷見たら縫合か絆創膏かの微妙なライン。当人の次男はもうけろっとしてニコニコしてやがる。血もとまりかけてるしひとまず安心。カミさんには夕飯の支度を続けてもらって僕が医者に連れてった。診察した先生…

「ああ、しっかり傷口開いてるね~。
 縫った方が治りはやいし、
 今晩、頭も洗えるから縫っちゃいましょお!」

 飄々とした先生なんだ、ここ。
 で、2針縫った。

次男(2歳8ヶ月)、、、大物だわ。麻酔注射の時も目の前を注射器が通ってチクッとするのに全然泣かない。暴れるといけないってんで腕もまとめてバスタオルでくるんだけど全然そんな必要なし。縫合中も顔にかぶせられた「術野だけが空く布」の下で「ぽよぉん、ぽよぉん(^^)」とか言いながらけらけら笑ってやがる。今日カミさんが病院に消毒につれてったら有名人になってたそうです。「縫合で泣かなかったカワイイ子」って。

長男はさっき風呂に一緒に入った。
最近まなざしが変わってきた。口数も減って何か考え事をしてる。さっき宿題するのに机に向かう目も、2年生の頃とは違う真剣さがあるし。まだ3年生だけど、思考世界で親からの離陸を少し感じる。とうとう自分なりの世界を持ち出した感じがする。さらに気合いでぶつからないとこちらが吹き飛ばされるな。こっちもいろいろ本気で勉強しておかないとまずいや。

奴らも成長してるんだなぁ。

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2007年7月 1日 (日)

「耳コピー&採譜」の効能

耳コピー&採譜はしてるけど、採譜したもの全ては弾けない^_^;;;;。弾けるのは丸山ももたろうさん「遠い空」とラリー・カールトン「Her favorite Song」くらい。あとは採譜してあるだけ。でも意味のあることと思ってる。

採譜するためには、何度も聞く。僕にはたいした音感もないしニブいから、早いパッセージだと再生速度を落とし、さらに部分分割して10回聞いても分からないときがある。でもさらに回数を重ねて聞けば音が採れる。それを譜面にするには音符をどういう長さ(拍数)で書くか翻訳しなくちゃならないから、自然につぶさに聞かざるを得ない。この「何度も何度も聞く」なんてマネ、「回数聞かれて耐えうる曲」でないとできない。ほんとに愛してない曲ではダメ。やる気が途中で萎える。自然に自分のほんとに愛する必要な曲が選別される。自分の感情にウソはつききれない。
だから譜面のしっかり書けた曲はまだ数曲だが、それができた曲については頭から終わりまで、メロディをかなり正確に口ずさめる。ギターで弾ける弾けないは別にして、ただ聞き流すよりもその音楽がしっかり身体に染みついているのは分かる。ここまでなってれば、それを表現する際の工夫がしやすくなる。

この「ただ聞き流すより、音楽がしっかり身体に染みつく」ことが、まずは「耳コピー&採譜」の効能なんじゃないかなぁ。オリジナルといったって、所詮身体にある過去の音楽記憶が自分の中でセンスに変わって、再構成されて出てくるもの。そこをどれだけ耕せるかでアウトプットが変わってくると思う、いや思いたい(笑)。「誰のマネでもなく、これこそ俺が考え出した」なんてもの。まずない。「結局お前はマネ止まり」といわれちゃったら、それはそれでイイや。もとからその程度の人間なんだから。人に言われても自分からあきらめてやるほど、僕は親切な人間ではない。まだまだあきらめるつもりはない。

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