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2007年9月30日 (日)

ホンモノ!-伊能忠敬測量日記-

伊能忠敬。
江戸時代後期に日本で初めての正確な測量地図を作った人。
1995年に東京-福岡間を飛行機で飛んだ時、高度約10000m前後からの下界を眺めて「地図と同じだ!」と僕は感動した。そして伊能忠敬測量隊の凄さも思った。彼は僕のようにこの高度の視点を得たわけではない。地べたを歩いて歩測し、星や様々な地上目標の測量結果をベースに、これほど正確な地図を作り上げたのだ。

『伊能忠敬測量日記』(大空社)という本がある(県立図書館レベルには収蔵されていると思います)。一次~九次までに渡る、地球の緯度1度の距離を測るため、そして日本の地図を作るために日本列島を測量し続けた伊能忠敬測量隊の日記を翻刻したもの。どこをどう測量して歩いたかが淡々と記されているだけだが、だからこそゾクゾクする。井上ひさし『四千万歩の男』という伊能忠敬を主人公にした小説があるけど、二巻まで読んでついていけなくなった。どこまでが虚構でどこからがリアルかの議論はあると思うが、僕は荒唐無稽になりすぎると途端に冷めてしまう。やはりリアルなものが好き。だから歩く。目に見える、五感で感じるリアルにゾクゾクする。家の近くに関しては、この日記の通りに自転車で走ってもみた。

さて今日、仕事の関係で千葉県香取市にある伊能忠敬記念館へアポを取って行った。そこで「忠敬自身が記した日記」のマイクロ複写版を見た。そこにはナマの忠敬測量隊の足取りがあった。くずさない本当に几帳面な忠敬の筆跡。翻刻版ではわからなかった、どういう意図を持ってその記録を記したかが、そこからハッキリ伝わってくる。ゾクゾクした。2時間があっという間に過ぎた。

これは音楽の方だが、クラシックの指揮者・演奏家は「出来るだけ作曲家自身の自筆譜に触れろ」という。今日、忠敬自身の筆跡にマイクロ版を通して触れただけでもその意味はわかる。やはり本人の書いたものでしか伝わらないものがある。博物館の存在する意味もそこにあると思う。
ホンモノはやっぱりすげぇ。

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2007年9月27日 (木)

裁判初体験

25日に東京簡易裁判所に行ってきた。少々キツかった。
なぜ裁判所に行ったか? ご期待のように(笑)、刑法にひっかかる事をしでかしたわけではない。それは父の住んでいた家の登記簿に付いた売買予約をはずす登記事項変更に際し、民事訴訟法の「公示送達」(wikipediaで調べてみてください)という方法を採ったため、「原告である僕の本人陳述」が必要になったから。

僕の法廷の予定時刻は11:30。霞ヶ関の東京簡易裁判所(民事)には同行の司法書士と若干早めに待ち合わせた。「法廷に行ってみましょう」ということになり、4階に上がった。そこには民事事件を裁く法廷が8つぐらい並んでいる。法廷前の壁に貼られた予定表には、午前中いっぱい民事事件がビッシリ。これだけ様々な権利係争があるんだとびっくりした。そしてこれら法廷は、大人としての節度を守れば(入口に注意書きがあった。撮影したかったがはばかられた)、自由に傍聴できる。入口にものぞき窓があって模様をのぞく事が可能だ。

11:30ほぼきっかりに開廷。裁判官一人に書記官一人。二人とも「法律と自らの良心以外には何ものにも染まらない」意味(だよな)を持つ黒い法服を着ている。こちらは司法書士と僕。訴状は司法書士が作っているのだが(あんなヤヤコシイもん、僕ぁつくれない)あくまで代理人。僕が中央の証言台(あの"被告席"よ~・笑)に立つ。僕が原告本人である事の確認、そして「偽証は決してしない」旨の一文にサインし、起立朗読によって宣誓させられる。緊張するぅ~(^_^;;;;)。そして裁判は始まる。
いやぁ、あれだけの事件を裁いてるにも拘わらず、こちらの訴状の文章を裁判官はしっかり読んで、こちらの陳述もしっかり聞いてるわ。ちょっと調査の甘いところがあればシッカリ突っ込んでくる。「売買予約契約者の不在を自治体の住民課で証明を取り、現地まで行って確認したとのことですが、そこに現在お住まいの方にはお話は聞きましたか?」とかね。また「あなたのおじいさんが昭和59年に亡くなっていますが、なぜそこで相続が行われていないのですか? また昨年9月に相続の話し合いが一度もたれたとのことですが、その段階で何故この話が出ていないのですか?」etc。たしかにおっしゃるとおり。それには「なぜ親父がしなかったのか、私にもわかりません」と答えた。ほんとこういうこと一切ダメな親父だったなぁ。昨年動いたときも、司法書士の説明すること理解できておらず、叔父叔母に説明できなかったんじゃないかとも思う。ほんととにかく「不動産についた権利を動かす」ということは大変なことだ。また、素人の僕は曖昧な言葉にならないように注意しだすと結構しどろもどろになる。厳しい。僕らを担当した裁判官はちゃんと仕事をしていると思った。

「傍聴できる」のもすごいと思った。正直な話、新聞よりリアルだ。新聞に限らずマスコミの言論は、記事として面白くする(売る)ための誇張を感じ、僕には最近「信じられない感」も大きい。ところが法廷にはナマの証拠のぶつかり合いがある。社会の権利関係の動きがとてもリアル。現にこの日、法廷予定表で見た案件で多かったのは「金融機関が法定利息より多く取りすぎている場合の返還請求」、これもマスコミで騒がれたこと。実際はどうなのかが、ここにはある。裁判の傍聴は社会の動きをリアルに感じるのにすごくいいと思う。ただこれだけマニアの多い昨今だ。傍聴した事をまとめて実名でネットにアップしているヒマなバカとかもいるんではないか? そういう怖さも感じた。

これから2週間以内に判決はわかるが(実は25日の午後には出ているが郵送での通知を司法書士がお願いしていた)、どうなることやら。

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2007年9月26日 (水)

カミさんの腕っ節

たったいまカミさんが、長男の集団登校朝の出発時の見守り当番に出ていった。集合場所は2階のウチから見えるので、マンション出てから集合場所まで、長男・カミさん・次男が歩いてくのを見てた。

約30mばかりある距離、13キロぐらいある次男を抱っこしていくカミさん。歩かせたら間に合わないから。こりゃ世のおばちゃん達の腕っ節が太くなるのもわかる気がする。ウチのカミさんもぶっとくはないけど、それなりにしっかり筋肉着いてる。

さ、出勤するべ。

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2007年9月22日 (土)

バイセコ、ハスペロ

訳のわかんない言葉ではじめたけど、これ、僕の母の話す英単語。
バイセコ=bicycle(自転車)、ハスペロ=hospital(病院)。ほかにもある。ウェルメ、ターザン、レロベ、ナチョリ、答えは書かない。想像してください。「掘った芋いじるな」(What time is it now?)と同じですよね。
この母の英語、ちゃぁんと通じます(^^)。


母の姉(叔母)は、昭和20年代に米軍の消防士と結婚した。航空母艦赤城の航空機整備員としてミッドウェー海戦に出撃、撃沈され命からがら駆逐艦に収容されて帰ってきた兄(僕から見れば叔父)や、志願で帝国海軍の通信兵となっていた兄もいたから、風当たりは相当強かったろう。
その叔母夫婦が立川基地にいた昭和30年代末、分倍河原に住んでいた母は、基地の身分証明をとって、ちょくちょく基地内の姉の家に通っていた。そのときに覚えた言葉だ。

叔母夫婦はアメリカへ帰り、ロスアンゼルス(LA)郊外のサンバーナージノに居を構えた。そして叔母は90年7月に肝臓ガンで死去。アメリカの医療は告知するから、3月に叔母自身から「あたし、余命3ヶ月だから」って電話があった。それで母と叔父(上記の空母・赤城の叔父)が二人でLAへ飛んだ。こんな母の英語だが、LAで乗り場所を聞いてコミューターエアへトランジット、従姉兄が迎えに来るLA近郊の空港(Ontario)へちゃんと辿り着いている。たいしたもんだ。

語彙は少ないけど、母の英語、「生きてる」気がする。

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バカ親ども

先生のことを嘆く前に、親を嘆いた方がいい。
今日は、長男の小学校の運動会。奴も小学生の頃の僕よりは足が速いから、それなりに楽しみにはしてる。親も気合いが入っている。

さっき次男が起き抜けにダダこねて泣き出したので、自転車乗せて散歩(カミさんが次男にまとわりつかれたら長男のお弁当が作れない)。ついでに長男の小学校行った。観覧席場所取りのスタート時間は7時から。なのに20人ばかりのバカ親が「フェンスを乗り越えて」(これ、明らかに犯罪、不法侵入)、場所取りしてやがる。早出当直の先生に校内放送で「場所取りは7時からです。それ以前に入られるのはルール違反、不法侵入です」って注意されてた。バカだから退きもしないけどね。校門の所にもちゃんとその旨、張ってあるし、事前にプリントも廻っている。

日本の識字率高かったはずだけど、あのバカ親ども字も読めないんだね、かわいそうに。子ども達との対峙だけでなく、あんな「ジコチューのバカ親」と対峙しなくてはいけない先生方の方がカワイソウだ。あのバカ親ども、今日の徒競走で自分の子どもに「いいか、スタートのドンは聞くな! 2秒前にスタートしてお前は必ず勝て!」(苦笑)とでも教えてるのかなぁ。こんな親見てたら、はっきり先生方の味方です。
教員の友人もたくさんいるしね。

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2007年9月20日 (木)

さだまさし『精霊流し』

さだまさしさんの自伝的小説、幻冬舎文庫で出ている。
やっと読む気になって読んだ。実はこれ大嫌いだった。いまの僕はさだまさしだからって全て好きじゃない。こんなもん小説じゃねえもん。ほとんど実話。「自分の身内のツラい話を、ここまでメシの種にすんじゃねぇよ」ってのが正直な感想だった。幻冬舎社長・見城徹氏の著作からの、この本に対する視点がなければ読む気にもならなかった。さだまさしを知らない人にとっては、涙を絞れる話かもしれないけど、僕は読んでいて全て元の話がわかってしまうもん。もっとも僕が実の話と思ってる部分も当事者に会ってみないとわからないっていう感覚も持ってるけどね。

小説(作り話)としてはいまでも読めない。雅彦=まさし、古田=吉田政美といった具合に、全部実名に替えて読んだ。「小説のウソ」、どこかに誇張があるんだろうという眼はもって。感じたのは「時間というものの尊さ」。
この話の元をさださんがステージトークなんかで語った時に、さださん自体が当事者への思いやりから話せなかった何かたくさんがあった。時間が過ぎ去ることで距離ができ、語れるようになってくる。オーラルヒストリー(言葉で語る歴史)のあり方を見る感じがした。

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2007年9月18日 (火)

コンパクトデジカメとTon's歩き

僕のデジカメ、Nikon COOLPIX7600が壊れた。
とはいえCCDといった心臓部ではなく、電池蓋のラッチ三つのうちの一個が欠けて、1ミリ程開いた状態になってしまうというもの。歩きながら使ってるから、不本意ながら時たま落下もさせちゃうし。僕にとってデジカメは「地域を記録しまくる」商売道具なので、早速修理に出した。Nikonクールピットサービスっていうのに出したんだけど、こんな電池蓋一個の修理に10000円弱かかりやがる。つくづく「壊れたら買い換えろ」の方針で商売をしてるんだなぁと少々腹が立つ。ただ手になじんでいるし、安いデジカメでも15000円はするから、修理することにする。

訂正…急いだのでクールピットに出したのだが、サービスセンターに問い合わせてみたら、電池蓋の交換ぐらいなら、サービスセンター預かり修理で2000円くらいでできるらしい。故障したらまずはサービスセンターに問い合わせるのがいいようです。失礼しました>ニコン様 高い月謝になったな。

で、いまカミさんのデジカメCanon S1-ISを借りて使っている。これがまだるっこしい。ストレスが溜まる。このカメラ、レンズが大きいし、シャッター優先・絞り優先・フルマニュアルといった機能が付いている。一眼レフ的にいろいろなことができるいいカメラ。だが、ちょいと大きい。歩きながら使う僕がデジカメに求めるのは「すぐにその景色を記録できる」こと。Canon S1-ISではウエストバッグやケースからぱっと出して、さっと撮り、歩き続けるという事ができない。いくらカミさんからとはいえ借り物だし、ぞんざいには扱えない。リュックから出してケースを開け、構えてとかやってるウチに、ストレスが溜まってしまう。

僕にはコンパクトデジカメがいちばん合っている。ぱっと出してぱっと撮れる速写性がキモ。修理出したばかりだけど、早く帰ってこないかな、僕のCOOLPIX。

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2007年9月17日 (月)

Tonも歩けば、鉄塔三題(^^)

最近気になった鉄塔関連のもの、3つほど紹介したいと思う。

タンポポの綿帽子??-JR鉄道総研変電所にて-

東京都国分寺市光町にJR鉄道技術総合研究所なるものがある。鉄道輸送に関する様々な最先端の研究を行う研究所。有名なところで言えば、新幹線の車両や線路敷設に関する研究は、ここで行われた。もとはこの研究所のあるあたりは平兵衛新田と呼ばれた場所だが、国分寺市光町の「光」は"新幹線ひかり号"に因んだものだ。そこの変電所で見つけたこれ(写真2枚。右はアップ)。
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電柱に沿って張り巡らされた架空地線(だと思う)、その電柱それぞれにつけられている。よく見るとアース線らしき線が繋がってる。だから新種の避雷針の試作品だと思うんだけど。。。先日車で通りかかって「ナンジャコリャ?」と思ったので、写真に撮ってきました。この形にすることで、電気的にどんな意味、持つんだろうね。

よっこいしょ(笑)-電源開発・佐久間東幹線430号鉄塔-

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この写真の左右に走る送電線は東京電力・橋本線の4回線送電線。右斜め下から左斜め上に走るものは、電源開発・佐久間東幹線。赤白に塗られた430号鉄塔が、「よっこいしょ」と高さを変えて橋本線をまたいでいる。JR横浜線内から見つけてダイナミックだなぁと思い、写真に撮った。ついでに撚架もしてるかなと思い、電線のとりまわしをよ~く見たけど、それはなかった。場所は地図のカメラアイコンの位置です。

灯台もと暗し-淵野辺線の撚架鉄塔-

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フィールドワークの格言の一つに「知っているものしか見えない」ってのがある。同じ景観を見ても、様々なことを知っている人には、いろいろなつながりの中で景観が語りかけてくれるが、なんの知識も経験もないと、認識出来ずに通り過ぎてしまう、って意味。IEさんジローさんのBLOGで知った撚架鉄塔。知ってみれば、まさにウチの最寄り駅・JR横浜線「矢部駅」(とはいえ歩けば20分かかる)の近く、東京電力・淵野辺線22番鉄塔がそうだった(写真参照。中央の写真がアップ)。散歩で何度も見ていたのに、見えてませんでした。場所は地図のカメラアイコンの位置です。

たくさんフィールドを見て、結果をまとめて調べてって基礎固め、ホント大事なんだよね。まさにそうだった。歩くって楽しいっすね(^^)。
地図はカシミール3Dからつくりました。

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2007年9月15日 (土)

なんで結婚、しないんだろ?

最近僕の周りでも、一度も結婚しない人、多いな。なんでだろ?

さびしくないのかな。別に性的に身体がさびしいってわけじゃなくね(僕の場合、それも小さい理由ではないが・笑)。このBLOGでは自分をハダカにするって決めたから、たしかにいろいろ家族をやってく上でキツイな、ってことは書いている。ガキがうるさくて勉強や趣味のジャマになったり、あることに没頭して家族が疎かになってくると、家族関係崩壊の恐怖に苛まれて集中しきれなくなったり。親が上手くいかなくなった心の傷は小さくない(上手くいってたときもあるけどね)。たしかに存在が邪魔に感じるときはないわけじゃない。でも、やはり幸せのほうが大きい。この暖かみは何とも安らぐし、何物にも替え難い。

無論エッチは「僕は大好き」だ。しかしこんなもんコミュニケーションの一部分にすぎない。一日の日常生活を一生懸命頑張って床に入って、ただ手ぇ繋いでるだけでもいいもんだ。エッチなんかよりも、家族間の日常のおちょくりあいやツマラナイ雑談・シモネタ・まじめな議論で癒される部分が本当に大きい。次男の入院や親の死なども、話し合って力を合わせて対処してくれば絆を深めてくれる。これが上手くいくかどうかは、結婚してみないとわからないんだけどね。ウチの場合、結婚当初に恋愛感情はほとんどなかった。それがよかったのかも知れない。守るべき熱い想いなんて全然ねぇんだから、つくっていけばいい。

たしかに結婚、するもしないも当人の勝手なんだが、、、
こういった温もり、いらないかなぁ。。。
相当、深い傷を負うような恋をしちまったのか? 僕も失恋は結構したけど、情熱を失う程の深い恋からの失恋してないのが幸せだったのかも(何せファーストキスが27歳、カミさんとだもん。それ以前はほぼ全部「告白即拒否(笑)」)。でも、新しく誰かを愛する以上に「失恋の痛手を治す特効薬」、僕は知らない。自分に決定的に欠陥があるのでなく、「縁が違った」だけなんだもん。

まわりがみんな結婚しないのもったいないな、って人ばっかりだから思う。連れ合いがいて暮らすって、いいもんなんけどな~。

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2007年9月13日 (木)

被災者の気持ち

9月7日未明の台風9号による多摩川の増水はすごかった。JR中央線日野鉄橋から見たら、河川敷のグラウンドまで満々と水をたたえて流れてる。怖かった。あんなに水が上がったのを見たのは昭和49年、下流の狛江で大水害を引き起こした時。当時6歳だった僕はたまたま府中市にいて南武線の部分運休で帰れなくなり、タクシーかなにかで多摩川にかかる是政橋(だと思う。車窓から南武線の鉄橋が見えたから)を渡って帰った。その時に見た多摩川は、同じように満々と水をたたえて流れてた。まだ瞼の裏に焼き付いている。それ以来だ。

で、今回の増水では、もっと上流の川っぷちにある職場の倉庫が一つ、浸水した。ガラクタばかりが入っていた倉庫だから、被害は少なかったけど放ってはおけない。土曜日・月曜日と片付けにいって、メドは付いた。

片付けてると結構人が見に来るのね。倉庫前の駐車場は、近くの駐車場からプカプカ流れ着いた車に侵入されてたし。話しかけてくれる人もいる。気遣ってなんだろうけど、こちらとしては早く復旧したい。休んでるところならいいけど、集中して片付けてるところで中断されるのはちょっとつらい。ちょいとばっか被災者の気持ちがわかった。

この片付けに行ってた2日間に挟まれた日曜日は、亡父の住んでいた家の売却に関する、買い手さんとのちょいとシビアな打ち合わせ。金の話はイヤだ。精神的にあまり休めないまま、火曜日に朝飯抜いて健康診断受けたら、胃のレントゲンで使うバリウムを下ろす下剤が効き過ぎたのか、まだお腹の調子が悪い。

上手い具合に痩せるといいんだけど(笑)。

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2007年9月12日 (水)

アルケミスト

井尻慶太(pf)、こんやしょうたろう(Vo)の二人のデュオ。
たまたまラフェット南大沢のインストアライブを聴いた。

こんやさんの声に一瞬で引き込まれた。小田和正さんの声をもう少し甘くしたようなHigh Tone Voice。曲もすごくしっかりしている。
このステージでもう一つびっくりしたのは、サポートの渡辺悠さん(ボイスパーカッション)。最初打ち込みかと思いきや、ステージ前に廻ってSM57を唇の左側にあててステージにたってるの見て「ボイスパーカッション」とわかった。この人もすごかった。

おすすめです。

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2007年9月 8日 (土)

歌は才能だ

人と人とが語り合う声までが、そうとは言わない。
愛する人の声はホントに安らぐ。
ただし歌は別だ。歌は才能だ。

一発声が出ただけでドラマの伝わる魅力のない奴が、
ステージセンターで歌ってはいけない。迷惑である。

特に音大出のクラシックセミプロ声楽家のコンサートに行くと笑ってしまう。ここに来るまでにメチャクチャ金がかかってるであろう、大きく滑らかにしっかりとした音程で出せるよう訓練された声、表現上のたゆまぬ努力。でも、ラスト1%の魅力がなければ、それでオシマイ。努力しか伝わってこない。「努力しましたね、ごくろうさま」の拍手をして、つまらなく帰ることになる。芸能は残酷だ。

「誰にでも、歌えば魅力がある」なんて言葉、ウソだ。
こと歌に関しては、ダメな奴はダメ。やってる奴だけが楽しいマスターベーション。アマチュアならいいんだろうけど。
ただ魅力がなければ、僕は世辞を言うつもりはない。

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拍手する時

他人の音楽演奏を聴く。。。
他人のオナニープレイなんか見て、聴いて、楽しいか?
その感じ方は人それぞれであることも、それはたしか。
だけど、マスターベーションなら僕は嫌いだ。楽しくない。

アマプロ関係なく、マスターベーションにしか思えない演奏。ストリートなら耳をふさいでそそくさと立ち去れるからいい。ライブハウスとかでそんな演奏に出会うとキツい。聴きたい人までひたすら耐えないといけない。その人にアンケートを渡されてようものなら、「○△がダメ。自分の歌や演奏を録音して自分で冷静にしっかり聞いて、ちゃんと練習してこい」と大概はハッキリ書く。練習やアレンジの時に追い込めない奴はアマチュアでもダメ。部屋で楽しむ分には結構だが、人前でやってはいけない。気に入らないパフォーマンスにはアマプロ関係なく、僕は一発も拍手をしない。"お付き合いカラオケ"的に拍手するのなんか、ゴメンだ。「やる気への賞賛」? そんなもん人前でやるなら当たり前だ。当たり前のものに拍手する必要なんかあるか?無論、これ全部自分に返ってくる。自分のパフォーマンスにも気に入らなければ拍手なんかしてくれなくて結構。

逆に感動して拍手できないときもある。
そういう時は感謝を込めて手を合わせてる。
「美の真理」があって白黒の決まるものではない。自分の楽しいことが、他人には"ご迷惑"にしかならない時がある。はっきり人前でやってもいいものか、悩んでる。でも、何があっても迷惑だろうがなんだろうが表現せざるを得ない煩悩、しなくては崩壊してしまう精神を持ったものが、やるものであるんだろうとも感じる。因果なもん、趣味にしちまったなぁ。

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2007年9月 5日 (水)

報われた(^^)

うちの次男のいつもの気遣い。。。

「おとうさんとぉ、おかあさんんとぉ、おばあちゃんとぉ、おにいちゃんと、くるま乗ったね!」蓼科旅行だ、これ。
「おとうさんとぉ、おかあさんとぉ、おにいちゃんとぉ、くるま乗ったね!」これは海だな

カミさんから聞いたんだけど、最近こうやってお母さん(僕のカミさん)に、次男は話しかけるらしい。長男もすごく楽しかったらしい。「僕の最初に行った海はドコ?」って聞いてきたとか。地図を出して教えてあげたらしい。

あいつらには、いい思い出だったみたい。
疲れたけど。。。行ってよかったな。。。

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2007年9月 3日 (月)

僕はズボラだし、自分がまず大好きだから、毎日欠かさず読みに行くなんてことはしない。でも、よくいくブログや日記がたくさんある。
ガツンと来たいい文章ほどコメントってつけにくい。陳腐な感想にしかならなくて。それでもつけるときもあるし、ROMってる時もある。そのガツンを生き様で返せるならステキなんだけどな。ほめちぎるって、無責任に相手に「期待」という重荷を負わせるだけだもん。

面と向かって会ってる人もいる、ネット上でしかまだ知らない人もいる。どちらにしても「血の通った縁」。そんな「縁」からパワーをもらいながら、僕は生かされている。

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2007年9月 1日 (土)

撚架? ドナウ?

Dscn0533_640 こないだの蓼科旅行で、諏訪インター降りて蓼科へ向かう途中で見つけたこれ。「撚架鉄塔」っていうの? 長距離送電の場合、地面から電線までの高さを三相ある各相の電線まんべんなく同じにしてやらないと、電流量に差が生じるんだって(HP『架空(がくう)送電線の話』で知りました。この説明がいちばんわかりやすかった)。どうしてそうなるか、まだわからない。なんでだろ? 上は上、真ん中は真ん中、下は下ばっかりで送電してはいけないらしい。それで、こういう鉄塔を設けて、上を真ん中へ、真ん中を下へ、下を上へと送電線の位置を入れ替える。これを撚架鉄塔というそうな。珍しいのかぁ、これ。

Dscn9289_640 それと二本の腕木で3相を通す鉄塔をドナウ鉄塔というそうだけど(ドナウってあのドナウ川のドナウ?)、僕が追いかけてる廃線鉄塔群「谷村線」のこの鉄塔も、その仲間になるのかなぁ。

小学校6年の時にアマチュア無線技士の免許とって以来、興味のある電気の世界だけど、いろいろな工夫があるもんだと思う。

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