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2007年9月30日 (日)

ホンモノ!-伊能忠敬測量日記-

伊能忠敬。
江戸時代後期に日本で初めての正確な測量地図を作った人。
1995年に東京-福岡間を飛行機で飛んだ時、高度約10000m前後からの下界を眺めて「地図と同じだ!」と僕は感動した。そして伊能忠敬測量隊の凄さも思った。彼は僕のようにこの高度の視点を得たわけではない。地べたを歩いて歩測し、星や様々な地上目標の測量結果をベースに、これほど正確な地図を作り上げたのだ。

『伊能忠敬測量日記』(大空社)という本がある(県立図書館レベルには収蔵されていると思います)。一次~九次までに渡る、地球の緯度1度の距離を測るため、そして日本の地図を作るために日本列島を測量し続けた伊能忠敬測量隊の日記を翻刻したもの。どこをどう測量して歩いたかが淡々と記されているだけだが、だからこそゾクゾクする。井上ひさし『四千万歩の男』という伊能忠敬を主人公にした小説があるけど、二巻まで読んでついていけなくなった。どこまでが虚構でどこからがリアルかの議論はあると思うが、僕は荒唐無稽になりすぎると途端に冷めてしまう。やはりリアルなものが好き。だから歩く。目に見える、五感で感じるリアルにゾクゾクする。家の近くに関しては、この日記の通りに自転車で走ってもみた。

さて今日、仕事の関係で千葉県香取市にある伊能忠敬記念館へアポを取って行った。そこで「忠敬自身が記した日記」のマイクロ複写版を見た。そこにはナマの忠敬測量隊の足取りがあった。くずさない本当に几帳面な忠敬の筆跡。翻刻版ではわからなかった、どういう意図を持ってその記録を記したかが、そこからハッキリ伝わってくる。ゾクゾクした。2時間があっという間に過ぎた。

これは音楽の方だが、クラシックの指揮者・演奏家は「出来るだけ作曲家自身の自筆譜に触れろ」という。今日、忠敬自身の筆跡にマイクロ版を通して触れただけでもその意味はわかる。やはり本人の書いたものでしか伝わらないものがある。博物館の存在する意味もそこにあると思う。
ホンモノはやっぱりすげぇ。

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コメント

伊能忠敬記念館は昨夏行ってきたよ。
通常の展示だけでも素晴らしいのに、いい経験をしたね。

投稿: ジロー | 2007年9月30日 (日) 23時00分

伊能忠敬を主人公にしたスペシャルドラマが昔放送されたことがありました。
すごく面白かったです。
彼が登場するまでの日本の地図ってのは、かなりアバウトなんですよね。
そこに、ああいう地道な方法で、現在の日本地図に通じる正確な地図をつくりあげたのは尊敬してしまいます。

彼の自筆の日記・・・・それはスゴイですね。

彼はある意味、日本の恩人だと思ってます。

投稿: 時代屋だんぞう | 2007年10月 1日 (月) 17時33分

毎度です。

彼の業績はスゴイですよね。聞くところによると第2次世界大戦前後まで使われてたんですから。ホントにスゴイ。

GPSもない時代に、あれだけの正確な地図を「歩いて」作るのは容易ではないです。隅から隅まで歩いて、「歩測」で長さを測って・・・。それだけ聞いてもスゴイ。

ホント、尊敬します。何と言っても英語の教科書に載ってるくらいの話です。

すげーな。旅先で歯がなくなって食べ物に困ってるなんて聞くと、また泣けてきます。

投稿: をーつき | 2007年10月 1日 (月) 21時19分

忠敬測量隊、僕の家の近くは第7次調査(九州方面)の帰りと、第9次調査(伊豆七島)で通ってます。第7次調査で小仏宿(高尾山の北西麓)を朝に出た調査隊が次に泊まったところはどこだと思いますか? なんと八王子です。距離にしてせいぜい10キロ程度でしょう。僕だって本気で歩けば3時間かからないで歩けるようなところです。そこを一日かけて歩いている。いかに綿密な測量をしながら歩いているかが伝わってきます。だから調査行に出たら1年以上は帰れない。
僕は大学時代に東海道を「全部旧道」で自転車で走ろうとしたけどあまりにまだるっこしくて、途中で「まずは京都にたどり着こう」に変更しました。測量しながらのこのノロノロとした足取り、使命感に裏打ちされなければ出来ない。それが僕には自分の弱さも交えて身体でわかります。しかもこの時、忠敬は70前後の歳だったはず。驚異的です。

>ジローさん
うん、すごく感動した。
僕もこうありたいと思った。佐原はさぁ、町並みもいいよね。
駅前にレンタサイクルがあってね、これで廻ると一日でも結構回れるんだ。路地にもすごく魅力があるよ。

>だんぞうさん
>伊能忠敬を主人公にしたスペシャルドラマ

それ、僕もちょろっと見た覚えがあります。
高島礼子が忠敬の後妻のお栄を演じたんじゃなかったかなぁ。
原作が井上ひさしのこれだったと思います。
主演が誰だったっけ(爆)。

>彼が登場するまでの日本の地図ってのは、かなりアバウト

古代に行基という坊さんがいてそれが作ったなんて言う「行基図」なんてのがありますけど、これでも一応北海道・本州・四国・九州ぐらいは認識されている。大和朝廷の公地公民制による口分田の割り当てにしてもそれなりに測量技術をベースにしてる訳だろうし。沿岸の形日本列島のかなり正確な全体像の認識は、たしかに忠敬が最初だろうけど、アバウトに本州四国九州の位置関係は認識されていた、ということを裏返してみると、時代を遡ってみてもそれだけ歩いてみていた人がいたということ、そういうことにも驚きを覚えます。アバウトな位置認識だったらいったいどこまで遡れるんだろうってね。

>彼の自筆の日記・・・・それはスゴイですね。

スゴイです。歩キストの僕には、身体を通してその信念の強さが伝わってきます。本当に日本の恩人です。昭和に入って地図づくりではないですが似たようなことをやったのが宮本常一ですね。旅好きのだんぞうさんには是非『忘れられた日本人』(岩波文庫)は読んで欲しいですね(^^)。

>をーつきさん
>第2次世界大戦前後まで使われてたんですから。

ほんとです。そのあたりにドイツでは空中写真をステレオで撮って立体視し、三角測量による高度データを重ね合わせるによって作り上げる空中写真測量が生まれてきます。地図の発達に航空機やロケット技術の発達って切っても切れないんですよね。高度は情報そのものですから。

>あれだけの正確な地図を「歩いて」作るのは容易ではない

富士山などのランドマークへの方位を、いくつかの点から測ったり、星の高度をみたり、さまざまなデータを付き合わせて修正して正確なものに近づけていく。スゴイです。人間の身体は訓練の仕方次第ではそうとうな測定器になる可能性がありますよね。職人さんの世界でも指先の感覚ので百分の一mmがわかると言いますから。

>旅先で歯がなくなって食べ物に困ってるなんて聞くと、
>また泣けてきます。

ほんと、信念ですよね。

投稿: さかた | 2007年10月 1日 (月) 23時51分

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