« 自転車新調! | トップページ | 「夢の中でも」 »

2007年12月13日 (木)

"30年前の下町風景"

以前、宮本常一先生が羨ましいと書いたことがある。
50年前、他人にカメラを向けても訝しがられなかったころ、
その頃が羨ましいって。そんな時代の最後の写真集がある。

若目田幸平『東京のちょっと昔 30年前の下町風景』(平凡社)って写真集。これは1970年代(昭和45~54年)の東京の下町風景をとったもの、荒川区の町屋・千住、江東区深川、中央区月島・佃島、大田区蒲田、立会川、品川区など。70年代といえば、僕が小学生どんぴしゃのころ。見たことある懐かしい風景がたくさん出てくる。そして宮本先生の撮った写真のように、そこに撮られた人々がとても生き生きとしている。ここまででも「もう今は撮れない」貴重さがある。でもここからがすごい。「ほぼ全部、家に上がり込んで撮っている」、これがすごい。

僕が街を撮りまくっているから痛感している。「あと何歩か対象に入り込めるか」が、本物とうわっぺらだけをとった写真の差。職人さんが若目田さんと話をしながら、手は仕事を休めない風景。縁側から見たお見合い、通りでしゃべるおばちゃんたち。この写真に至るまで、この表情を引き出すまで、どれだけおしゃべりしたかがぐっと伝わってくる。下町の人々は猜疑心のない単なるお人好しではない。家と家が塀もなくひしめき合って暮らしているからこそ、入っていい距離・いけない距離・失礼なく小ぎれいにする、飾らないがそうしたモラルがしっかりしている。そこを撮られる人にとって気持ちよく乗り越えた、これらの写真の数々は本当にすごい。飾らない人たちが写っている分、芸術的価値だけでなく、第一級の昭和風俗の映像資料といえると思う。
この若目田さんは品川区二葉のとうふ屋の店主でもある。ご自身が下町で生きてきた職人だからこそ、人と人との距離が身体でわかっておられる。だからこそこんな写真が撮れたのだと思う。

そして実は、、、、



若目田さんがふっと入り込んでくる暖かみ、僕は身体で知っている。なにせ父の住んでいた家の、たった数軒先のとうふ屋なのだから。通りかかって店先で会うと、いつも挨拶する。歳は父より2つ上。父が心筋梗塞で救急車で運ばれて、いったんは命をとりとめた時も喜んでくれた。そして亡くなって、僕の家に安置するためにお骨を抱いて車に向かう際、店先を通ったら声をかけてくれた。「そうかぁ、武(たける、父の名)、、、こんなに小さくなっちゃったかぁ。淋しいよなぁ…」と。

ふっとかける声のこの暖かみ、間合い感こそが、
あの写真を生んだのだと思う。

|

« 自転車新調! | トップページ | 「夢の中でも」 »

コメント

最近、この手の写真集を書店でよく手にとってしまう。
この本もぜひ見てみたいね。
表紙に写っている子供、tonちゃんじゃないの~?(笑)

投稿: ジロー | 2007年12月13日 (木) 13時47分

一言。

いやー、泣けた。悲しさとも懐かしさとも言えない、ただあったかいなとだけいえるもの。また泣いてしまった。涙腺が緩くなったものだ。

以上。

投稿: をーつき | 2007年12月13日 (木) 20時54分

>ジローさん
お勧めです。下町をほんと同じ高さの目線で撮ってます。

>表紙に写っている子供、tonちゃんじゃないの~?(笑)
同年代の皆がここに投射されそうだよね(^^)。ちなみのこの写真の場所は荒川区の町屋、ジローさんお住まいの近くだよ。カミさんはこの写真のステテコの親父見て「Ton父の若い頃の写真そっくり」と言った。わかる気がする。

>をーつきさん
うん。僕らの小さい頃なだけに、メチャクチャ琴線に響くよね。

投稿: さかた | 2007年12月14日 (金) 00時36分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: "30年前の下町風景":

« 自転車新調! | トップページ | 「夢の中でも」 »