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2008年1月19日 (土)

大正の湯呑み

僕は「器なんざ、入れたものが漏らなきゃ結構」な人間だ。道具は道具。かっこよくたって役に立たないんじゃしょうがないもん。だが、そんな僕にもいま、お気に入りの器がある。

Dscn4100 一つ目は、先日ブログに書いたお猪口。もう一つは、この写真の湯呑み。また同じお店で手に入れた。「もうこういう骨董は扱わないから」ってことで残っていたものを、ひとつ200円でふたつ買ってきた。

店主が言うには、大正期ぐらいのもので古い農家を片付けたときの放出品だとか。職場の上司の陶磁器研究者に見てもらっても、明治末から大正期ぐらいに作られた大量生産品、と同じ見立てだった。手書きの染め付けでなく、明治期に入って開発された「印判(いんばん)」という方法を使って、器の表面に模様を印刷し大量生産したもの。また僕がウチで使ってるのは、写真でわかるとおり印刷がずれたりなんかしちゃってる(^^)。それがまた庶民性があっていい。普通の人が普通に使ってきたものだからこそ、とても愛着を感じる。僕にぴったり。そば猪口にしてもいいな。焼酎のお湯割りなんかもたまにこれで呑んでる。

あたりまえだが落とせば割れる。それが80年以上も割れずに残って、僕の手許にやってくる。これ、すごい縁だと思う。いったいどんなおっちゃん・おばちゃんがこれでお茶を飲んできたんだろう。
こないだのお猪口もそうだが、今の湯呑みより一回り小さい。酒にしてもお茶にしても、いまより濃いものを飲んでいたのだろうか。また身体自体ちょっと小さく、手も小さいだろう。当時の人の手の大きさに合わせると、こういう大きさになるのだろうか。使うからこそ、身体で疑問が湧いてくる。まるで散歩して景色を眺めている時と同じ発見の喜びが、お茶飲むたび、酒飲むたびにある。

ギターも器も一緒。道具は道具。使ってナンボ。展示ケースに放り込んで眺めるもんじゃない。郷土資料館なんかだと生活資料として収蔵庫に入ってしまうようなものだけど、使うからこそなにか感じる。博物館でももっと「使ってみる展示」、あってもいいよなぁ。僕にとっては歩くことも自転車も、耳コピ&採譜も演奏も、自分でやって感じるのが楽しいのね(^^)。本なんかじゃダメなんす、僕。身体でないとわかりまへん(笑)。

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コメント

お茶のエピソードに、こんなのがありました。
豊臣秀吉と石田三成の話です。
鷹狩りで喉がかわいた秀吉が、休憩で茶を所望した。
三成は、まず大きな湯のみにぬるいお茶を。
秀吉は、それを一気に飲み干し、おかわり。
三成は、中くらいの湯飲みに温かいお茶を。
秀吉は、それも飲み干し、さらにおかわり。
三成は、今度は小さな湯飲みに熱くて濃いお茶を入れて出した。
秀吉は、ゆっくりと味わってそのお茶を飲んだ。

喉の渇きを潤したいだけなら、大きな湯のみがいいです。
でも、お茶の味を楽しみたいと思えば、小さな湯のみで何杯か飲むのがいい。
同じ急須、同じ茶葉、同じお湯を使っても、一杯ずつ味が変わりますものね。

私は写真のような小さなお茶碗、お酒のツマミ(珍味と呼ばれる味の濃いもの)を盛って出すこともあります。
けっこういい感じです。

投稿: ちとせ | 2008年1月20日 (日) 08時59分

毎度です!

ものフェチのわたしとしては、やはりモノに対して異常とも思える愛情を注いでしまうのです。

以前どこかでお話ししたかと思いますが1セット300円のドライバーセットを15年以上使用しています。メーカーのヒトが聞いたらどう思うでしょうかね?ありがたいと思うか、はたまたありがた迷惑と思うか。そのくらい使い倒しています。

湯飲みいいですね。私も欲しいです。あ、そうだ。思い出した。行田に行くのをすっかり忘れてました。

投稿: をーつき | 2008年1月20日 (日) 11時32分

>ちとせさん
お返事が遅れ、すみません。先日は同じようなカキコを御BLOGでさせていただき、「感じ方はひとそれぞれ」を諭してくださり、ありがとうございました。

>お茶のエピソード、
>豊臣秀吉と石田三成の話です。

まさに「おもてなし」の基本のお話ですね(^^)。
相手が何を欲しているのかを考え、自分の出来ることから考えて提供する。型はそれをわかりやすくしただけで、茶の湯の神髄は、その「おもてなしの心」にあるみたいなこと何かで読んだことあります。仕事も実生活もそうですけど、疲れると忘れるんだな、これが(^^;;;;)

>喉の渇きを潤したいだけなら、大きな湯のみ
>でも、お茶の味を楽しみたいと思えば、
>小さな湯のみで何杯か飲むのがいい。

お茶との付き合い方自体も、今と昔違うかもしれませんね。

>同じ急須、同じ茶葉、同じお湯を使っても、
>一杯ずつ味が変わりますものね。

なんか音楽も一緒だなぁ。まさに諸行無常。
同じものが出てこないって、素敵だと思います。

>私は写真のような小さなお茶碗、
>お酒のツマミ(珍味と呼ばれる味の濃いもの)を
>盛って出すこともあります。けっこういい感じです。

それ、「粋(いき)」ですね(^^)。モノの「粋(すい)」をつかんで、自分なりのアレンジして遊ぶ。「ちとせ館」の素晴らしさ、そこにあるんだよなぁ。
僕ら夫婦もこういう食器で遊べるようになったって、子ども達が大きくなって、おいそれと壊さなくなってきたってのもあると感じてます。僕もたまにぼやいてますが、奴ら確実に成長してます。

投稿: さかた(Ton) | 2008年1月21日 (月) 09時57分

>をーつきさん
愛着のある道具っていうのはやはり手放せないよね。
その形を体が覚えていて、それを基本に仕事するんだものね。

趣味ギター界って、道具としてでなく、骨董趣味・単にモノとしてで有り難がるのが多いでしょ。ルシアーは真剣に「いい音を求めて」つくってるんだから、ちゃんとその道具と付き合いなさい、って思う。
確かに「あのサウンドでなければ」って楽器の色、いいギターほどある。でもそれ以前に、ハートと演奏技術が作り出す部分が97%だと思うもの。すなわちつまらないサウンドの97%はヘボな弾き手の責任です。だからこんな記事書いちゃうんだよな。まぁ、趣味だからどう楽しんでもいいんだけどさ。「鉄塔眺めて楽しい」なんて変態も、ここにいるし(笑)。

>湯飲みいいですね。私も欲しいです。

館林だと、きっといい骨董屋あると思うよ。
ただ僕は店の処分品を買ってるから馬鹿安く買ってるけど、フツーに買うと1000円以上します。「行田 やきそば」のお猪口みたいなの、八王子の骨董屋でみたら1000円なんて値段ついてました

>行田に行くのをすっかり忘れてました。

3月までには僕行くつもり。さきたま古墳群(稲荷山鉄剣で有名)もあるし、忍城もある。関東の地域史考える上でも重要なところだしね。すごくいいきっかけになりました。

投稿: さかた(Ton) | 2008年1月21日 (月) 10時18分

ワタシはもともと「お座敷自転車」が好き。
でも、市川師匠と出会い、走るようになってから「走ってナンボ」と思えるようになってしまった。

そんなわけで数年前に、’87製デ・ローザは売り払った。
カンパのCレコードフルセットをバラすのは忍びなく、「お座敷」が好きな方に末永く愛していただこうと…。

もし、まだデ・ローザが自分の手許に残っていたなら、間違いなく別の部品付けて乗り回してるな、きっと。(^_^;)

多分、売った時にはまだ「お座敷」に未練があったのだろう。

だから、今持っているオベーション・ギター(1985モデルだよ~)は売らない。
サカタのように素晴らしい技術は無くとも、真面目に練習しなくとも(^_^;)、イシバシの中古売り場で出会ったコイツとの縁を楽しみたいな。

投稿: ジロー | 2008年1月21日 (月) 19時44分

>ジローさん
>市川師匠と出会い、走るようになってから
>「走ってナンボ」と思えるようになってしまった。

うん、ヤリスギとも思えるほどに。。。
って僕に言われたくないよね(笑)

>’87製デ・ローザは売り払った。
初めて会った日に乗せてもらったね。La vie Clairのジャージを着てましたよ、あなたは。大好きなジャージだから、忘れません。勿論、あのデローザも覚えてる。自転車の話してて国産フレームが出てくるかと思いきや「で、でろーざ???」。びっくりしました。はじめて乗せてもらった外車。比較対象はもてないけど、「固~っ、このフレーム」と思った。こんなん乗って、フランス1周しちゃうの、プロは。と思った。御座敷自転車のとおっしゃる割には、かなり切れ味のある刀だったような気がするんだけど

>「お座敷」が好きな方に末永く愛していただこうと…。

あれも今考えると、骨董品かもしれないね。
6段だったっけフリーは。。。

>今持っているオベーション・ギター
>(1985モデルだよ~)は売らない。
>イシバシの中古売り場で出会ったコイツとの縁を楽しみたいな。

うん。一台はぜひおいといたほうがいいよ(^^)..

>真面目に練習しなくとも(^_^;)、

それは代わりに僕がやります。
あなたは僕の代わりに自転車乗りまくって下さい。
ですが今年、「あざみ」は必ずまいります!!
鉄塔は一緒にやりましょう。

投稿: さかた(Ton) | 2008年1月21日 (月) 23時26分

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