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2008年2月24日 (日)

和音は採りづらい

作曲やアレンジは、心落ち着けて曲世界に集中していく時間がないと満足に出来ないが、耳コピ&採譜は「既にある音をただ聞き取って譜面の上に形にする」だけのハナシ。創作よりは心が集中状態にはいるまでのインターバルが少なくてすむ。だから忙しいさなかでも、数拍・数小節ずつでも前に進める。

それにしても、和音を採るのは難しい。ありがたいことに聞こえてはいるが、ほんとに「聞き分け能力の低い」耳だ。ひきつづき岩橋さんの「ツバメ」を淡々と採譜しているが、ところどころp・i・m・a(親指→人差し→中→薬)の順にポロロンと和音を弾き下ろしてる部分がある。こういう和音がなかなか採りにくい。ミュージックアナライザーで"超遅く"して分解できないかとも思ってやってみたが、そこまで遅くするとまともな音にならないのでアウト。その和音の最低音と最高音は何とかわかるので、その間の音は、動画でどの辺押さえてるかを見ながら(指一本一本が見えるほど解像度は高くない)、手当たり次第押さえてみてサウンド感から探してる。「これかな」と思って鳴らしてみる。何かニュアンスが違う。そういう場合は明らかに違う。単なるメジャーやマイナーのトライアドとはチト違いそうな感じもするし。まだ、このチューニングのからくりは気づいていない。

詰めるだけ詰めても??のままなら、敢えて前に進もうと思う。でもってひととおり出来上がったときに、岩橋さんにお願いして、目の前で弾いてもらえる機会を作ってもらえたらと思う。

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コメント

取り組んで頂き、ありがとうございます!
・・・が、私自身そうなんですが耳コピに詰まると、
とても気分が悪い(スッキリしない!!)ので、
楽音の聞き分けや絶対音感的な仕事はチューナーに任せて(?)、
別のことしよ~っと、と、(私は)思うコトしばしばです。

ちなみに、このチューニングの音楽的(楽器的、ではなく)な特徴は、
メジャースケール(より言うとアイオニアンモード)が弾きやすく、
このモードの色彩を表現する和音が弾き易い、
という点だと私は思ってます。


投稿: 岩橋 信之 | 2008年2月24日 (日) 22時38分

>岩橋さん
単なる中間報告に、作成中のTAB譜、メール添付で送りました。
("添削してくれ"って意味じゃないよ・笑。マジで)

>楽音の聞き分け
最近思うんだけどこれやってるとね、自分の曲作ろうとする時の「欲しいサウンド探し」のセンスを養ってくれてるような気が、今はするのね。欲しいサウンドが既にあるのか(耳コピ)、頭にあるのか(創作)の違いでさ。
「欲しいサウンドに辿り着かない気分の悪さ(笑)」も含めて、今はコピーが楽しいから、当分いろんな「大好きな、耳に鳴り続けてる曲」に、つぶさにどっぷり浸かることを中心に、「音楽」楽しんでいきますよ(^^)。

>このモードの色彩を表現する和音が弾き易い、
これは感覚的にわかる。ただドレミファソラシド(イオニアンだよね)とスケール弾くだけだと、そんなに弾きやすいイメージはない。けど、このモードを活かしたフレーズを、開放弦のサスティンなども活かしながら効果的に弾くって意味だと、「あ、ここにこんな音があったのね」って、感じだしてる。
とはいいながら、他のドリアンなりミクソリディアンなりのモードカラー、僕の身体が理解してるかといったら、全然ダメに等しい(^^;;;)。コピーやってるうちにそれが発見出来るといいな(^^)。

投稿: さかた(Ton) | 2008年2月25日 (月) 08時02分

たけしたでございます。久々に訪問してみました。
愛も変わらず、じゃなかった相も変わらず音楽にまじめにとりくんでいますね。
こちらは最近すっかりごぶさたです。でもまた再開したいと思っています。
なかなか機会がないと遠ざかっちゃうんですよね。音楽って(特に演奏)

投稿: たけした | 2008年2月25日 (月) 19時41分

たけしたひさしぶり! ももさんのライブには行ってる?
大学の方が忙しいかな?

ギターだとソロで出来るけどベースだとね。そうそう。あのベース、まさに今、僕が取り組んでる岩橋さん(この上にもカキコがあるよね)のところで活躍してるよ。ほんとにありがとう。

まずはまた、ももさんのライブに一緒に行きたいね(^^)。

投稿: さかた(Ton) | 2008年2月26日 (火) 16時27分

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