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2008年3月27日 (木)

「ふだん記」とブログ

この「Tonの日々雑感」、やめちまおうかと
この数ヶ月、じんわりと思ってた。

いま自分にとって音楽は、伝えるよりもちゃんと聴きたいし考えたい。1日は24時間しかないから、人前演奏のためのフィジカルな練習詰む時間がない。歩いてモノも見たいし、知りたいこと書いてある本も読みたいしね。だからクラスタショートライブ出場のようなソロギターライブは、当分やらない。満足な練習無しにヘッタクソな自分が人前で演奏してはいけない。ならば僕をとりたてて知ってもらうために、わざわざこんな一般人が自分のプライバシーを晒す必要はない。家族のためにも。

でも、見方を変えれば、面白いかもしれないと、今感じている。

1960年代後半~70年代にかけて八王子の橋本義夫(1902-1985)が提唱してはじめた、自分史運動(ふだん記)がある。「文章を万人のものに」というテーマではじめた「自分の人生を振り返って、下手でもいいから自分の人生を書く運動」。これで残されたたくさんの人の人生記は、国レベルの大きな歴史ではない、貴重なミクロな歴史がある。

スパムだらけ・借り物だらけの役立たずブログも多いが、このブログの世界には、"ふだん記"を目指した当時より裃つけない「ふだん記」の文章は多いんじゃないか。こうして生きるごくふつうの人間が、日頃それぞれの視点で見たもの・思ったことを、こうして公開で残しているのも、意味があるかもと。いまは音楽でではないけれど、何かを伝えたい自分がいるのもまた真実だし。でもこうして書かない人にこそ、また素晴らしいものがあるとは思ってる。

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一睡もできず・・・

母のところに「ねんきん特別便」が来た。対照比較するために、大井の家に置きっぱなしにしてた亡父の年金証書をとりに来て、久々にそのまま大井に泊まった。そうしたら咳がひどくなって一睡もできなかった。風邪こじらしちまったみたい。日頃の悪行の、罰が当たったかな。

この家、売るんだよな。。。。

追記
上記の、母の所に来た「ねんきん特別便」。母から見せてもらうと加入記録(具体的には亡父の就職履歴)がないのが不思議で、すぐ"お問い合わせダイヤル"に電話。でも通話中でかからず。それもそのはず。「加入記録のない特別便」を送ったミスで、問い合わせが殺到中なのであった。(アサヒコム〈朝日新聞HP〉より)
ここのところの社会保険庁は、仕事に対する態度にあるまじきミス・年金泥棒まで発覚している。が、逆にこういう問題噴出している今こそを、チャンスに変えて欲しいと思う。社保庁の一連の事件が隠れ蓑となって、こういう問題が出てこない部分の方がよっぽどヤバい。自分の仕事に対する態度もそうありたい(なんか僕の自己保身ありありの書き口だな)。。

が、最近はっきり負けてます。体力的にも、モチベーション的にも。
「文化で食う」って、ほんとジレンマだね。

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2008年3月26日 (水)

次は「さだまさし/孤独」

モリコーネの「maturita」は、30分で採譜出来ちゃった(^^)。
ソルフェージュを習いに行く時間はないけど、聴いたメロディを移動ドですぐ階名唱って、出来たらいいなと思う。だからmaturitaの譜面のプリントアウトは移動ド・カタカナで階名ふって通勤カバンの中に持ち歩き、フレットボード思い浮かべながら時折ぼそぼそ口ずさんでみてる(^^)。

さて次なるコピー曲、久々にソロギターの自己アレンジをしたくなった(^^)。曲は「さだまさし/孤独(ソリティア)」。アルバム「風のおもかげ」所収の、4分の6拍子のスローバラード。さっきから1曲リピートでずっとかけっぱなし。聞きながらこれ、書いてます。この頃のさださんのアルバムの解説には、主旋律部分の譜面が付いてる(^^)。だから主旋律のコードはわかる(テンションコード多くてちょいと複雑)。前奏・間奏・後奏部分の譜面はない。そこはたくさん聞き込んで自分で作ってみようと思う。

ところでさっきから聞き込んでると、この曲の雰囲気、
ポール・サイモンの「Still crazy after all these years」に似てるな(^^)。

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2008年3月24日 (月)

泣けてしまう^_^;;;

Dscn3621_320 一昨年のカミさんの従弟の結婚式でもそうだったのだが、最近、結婚披露宴に出ると泣けちゃって仕方がない(^^;;;)。昨日の友人の結婚式(キリスト教式)、新婦がお父さんと共にヴァージンロードを歩いてくるところみただけでウルウル(;_;)。友人の新郎に手渡すところではクライマックス。落涙を押さえるのに必死だった(^^;;;)。

よくあるスライド映写での新郎・新婦の生い立ちの紹介(最近はパワーポイントだが)。新婦のご両親はお医者さん。結婚当初は夫婦互いが勤務医で忙しい毎日。そんな中でも子ども達との時間、食事やお弁当の準備を大切にし、おじいちゃん・おばあちゃんもフル稼働で育てられてきた。僕のカミさんの従妹もお医者さん。この新婦の育ってきた家庭と同じように、どれほど周りの家族の献身によって、本物の医師による医療が支えられているかを知ってる。だからこそ嫁がせるということへの思いは一入(ひとしお)だろう。最後に新婦がお父さんの胸ポッケに花を一輪差してあげる瞬間では、ついに泣けてしまった。

「さだまさし/親父のいちばん長い日」ではないが、僕も昨日結婚した友人も、ヴァージンロードで互いのお義父さんに一発殴られてもしかたないな、と思った。そのお父さんも数十年前、同じ立場なんだけど(笑)。最近は結婚式・披露宴に出席させてもらうと、「親の視点で見つめてしまう」自分がいる。

写真は昨日の披露宴のお裾分けの花。
テーブルがちょいと華やかになった。

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2008年3月23日 (日)

解剖と採譜

16日の晩、車を運転していた。品川区大井の父の家から荷物を運ぶ帰り、もう22時過ぎ。ラジオでとても面白い話が聞けた。第一線の研究者を呼んで「なぜ研究者になったのか、研究の楽しさ」を語ってもらう、受験生向けの番組。この晩のゲストは京都大学霊長類研究所の遠藤秀紀さん。動物の解剖からわかる、進化の歴史について話されていた。

とにかく明るい。研究を楽しんでおられる様子が伝わってくる。
印象的だったのは、小学生の時のきっかけになった出来事。

遠藤さん:男の子って動くものが好きじゃないですか。それが僕の場合は動物だった。ずっと飼っていた金魚がね。ある日死んじゃったんです。お腹を上に向けて浮いてて。『なぜ昨日まで元気だった金魚が死んじゃったんだろう』ってのが不思議でしょうがなくて、僕、カッターナイフやハサミ持ってきて、解剖してみたんですよ。それがはじまりといえばはじまりかも知れない。
人によっては僕のしたことを「残酷」って言うかもしれない。でも土に埋めて祈るのも生命に対峙する一つの方法だし、僕みたく「なぜなのか」を突き止めようとすることも、生命に対する真剣な態度だと思うんですよね。


遠藤さんは、イヌ、ネコ、タヌキ、ゾウ、さまざまな動物遺体を年間200体ほど解剖しているそうだ。その研究を歴史学にもたとえて話される。

遠藤さん:歴史学でもいろいろな古文書を持ってきて、その中から歴史観を作り上げていくわけでしょう。僕らの場合は「動物の形の移り変わりの歴史」が相手。様々な動物のいろいろな部分に、そうした変化の痕跡やらが隠されている。だから解剖して科学的事実を積み重ね、それを明らかにしていくんです。よく僕を「パンダの専門家」という言い方する人いる。けど、そう言われると僕、「違います」って答えてます。パンダだけを見ていても、パンダのことはわからないんです。ありとあらゆる動物を解剖して見つめる中で、はじめて何か一つわかるものなんです。最近、学校教育の中でも「解剖」が行われなくなってきています。科学は実際にたくさんのものを見て、そこから突き止めていくもの。生命にそうした態度で対峙する機会がなくなってきていることは、悲しいことですね。

話を聞いていて、いま趣味の方で自分のやっている「耳コピ&採譜」も、ある種「解剖」なんじゃないかと感じた。それは「素晴らしい」と思った音楽がどういう構造になっているかを、一音一音つぶさに見る行為だものね。そのあたりがシンクロしてとても面白かった。

注:下記加筆しました
「さまざまな動物を年間200体ほど解剖している」
→「さまざまな動物遺体を年間200体ほど解剖している」
藤さんが行なっているのは、もとの飼い主(動物園・個人)の気持ちを最大限尊重した上でいただいた遺体を、科学の目・技術で解剖し、新たに科学の世界で命を吹き込む、「遺体の解剖」です。謹んで加筆訂正いたします。ぜひ、遠藤さんの著書(遠藤さんのHPでわかります)を読んでくださること、おすすめします。
またこう書いたからと言って、食肉用の牛・豚の解体を否定する立場にも僕はありません。あれは食肉として最大限生かし切る職人的技術の世界です。鎌田慧著『ドキュメント 屠場』(岩波新書)を読むと、それがよくわかります。

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カミさん、最高っ!!

今日は友人の結婚披露宴。カミさんが朝起きてすぐ、僕の礼服にちょいとアイロンを掛けようとしてくれてる(感謝!)。
そのために隣室へとカミさんが手に持っていったのは、、、、、







掃除機であった(笑)。



その後ろにある、アイロン台をとろうとしているときに、
僕が話しかけたら何をしようとしたのか忘れたらしい(^^;;;)。

さすがにハワイで"デラウエア"火山に登りたい人間はチガウ!
11年経っても飽きません(^^)。

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2008年3月22日 (土)

久々の披露宴演奏

大学の地理学&音楽共通の友人が、明日結婚する。
僕とほぼ同い年のくせして、卒業すぐの女の子と結婚だって!!
犯罪だぁ!!!(笑)
でも子ども作って育てるなら早いほうがいい。
育児ってめちゃくちゃ体力・精神力を消耗するからね

でもって、披露宴で1曲やることになった。
ギター弾いてコーラスやる。久々の披露宴演奏。
酔っぱらうわけにいかない。
とんでもねーことさせないために、これも狙いやがったな(笑)。

結婚式は単なるスタートライン。
これから作っていくのがほんとの愛。
今の気持ちを守るのが結婚生活じゃない。
これからの二人の、つつがない生活を、心から祈りたい。

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2008年3月21日 (金)

20080317よこはま鉄塔探訪^_^;;;

電極観測鉄塔隊・IE技術本部長(^^;;)殿が、鉄道博物館までお忍びでおいでになられた際、左の鉄塔を東名高速をひたはしる車中から撮影なさった(そのBLOG記事)。すぐに「これは○△線」って言えなかったのがクヤシイので、17日にJR横浜線十日市場駅から自転車で見に行ってきた(ビョーキだ^_^;;;)。

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IEさんのBLOG記事の上から2枚目、まずこれは橋本線77番鉄塔であった(地図のカメラアイコン位置&写真参照)。実は写真を見た瞬間に「ウチの近くを通ってる『橋本線』鉄塔に似ているな」とは思っていた。でもここまで伸びているとは思わず、表明せずにいた。そうしたら案の定、橋本線。一つの路線は同一デザイン若しくは地形的・環境的な理由から、そのバリエーションのデザインの鉄塔で敷設されるものなんだという認識を新たにした。路線毎に鉄塔って顔がある。電源開発の複導体幹線鉄塔、JRの給電用の鉄塔なんかも、大体歩いてて目に付くとわかるしね。

20080317020_640 走っているウチにお花畑(爆)に出会った。そうだった。IE技術本部長がご成婚の砌には、花束!?をプレゼントすると約束したのだった。こんなにたくさん「パラボラアンテナ」が咲いていた(爆)。かなりでかい花束(アンテナ束^^;;;)になる(^^;;;)。これはJSATの衛星監視センターのパラボラアンテナ群。あしらう"八木・宇田系アンテナ""グラウンドプレーンアンテナ"はどこで手に入れようか???

20080317046_640 hamaさんという方が、横浜の希望ヶ丘の街を愛して報告しておられるBLOGがある(美味しそうなお店がたくさん出てきます。素敵なブログです)。相模鉄道沿線は僕も20年以上育ったので愛着があり、この日に行ってきた。希望ヶ丘ショッピングセンター(左の写真)はいい味だしてたなぁ。ここのお肉屋さん、いろいろなお肉がありそうな感じがした。。


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希望ヶ丘の丘の上(地図のカメラアイコン上)は鉄塔が林立している(写真中)。hamaさんも電線病が伝染したのか、その写真を撮っておられる(そのBLOG記事)。ここも多摩丘陵の一部。ここに高圧線を敷設するとなるとどうしても丘陵頂部に鉄塔が林立する景観となるのだろう。2導体の京浜線「1・2号線」「3・4号線」も交叉しそうでしないのね(^^;;)(地図のカメラアイコン下、写真右)。

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まだ任務は終わらない(^^;;;)。東名高速横浜町田IC近くの鉄塔が残っている。"かまくらみち"をひた走り、現地へと向かう。そこで出会ったのは「横瀬線14番鉄塔」であった(地図のカメラアイコン・写真参照)。横瀬線としては90度以上の角度鉄塔となっている。こういう角度鉄塔の鉄塔に触れないための送電線のとりまわしの工夫はいつも惚れ惚れする。ここから1路線、「上川井線」を分岐する。

これで鉄塔隊としてのミッションは終了した。さて自転車をどこでたたんで帰ろうかと思ったけど、「ここからなら自転車で帰れるかも」なんて、どこかの"坂おバカ"隊長みたいなことを考えてしまった。結局自転車で帰ってしまった。結果47.188km。この折り畳み自転車での最長距離をマークしてしまった。

でも、まだいけるなぁ。。。
隊長! 北関東の鉄塔探訪、やろうね(^^)。

走行データ:47.188km・4時間47分・Av9.9km/h・1338JR十日市場駅発-東名高速港北SA脇-JSAT衛星監視所-三保市民の森-希望ヶ丘-かまくらみち--上瀬谷住宅-南林間-座間市栗原-小田急相模原-自宅1825
↑どっかで見たような書き方だなぁ(^^;;) 上に載せた地図の赤い線は、僕が走ったGPS軌跡を地図上に落としたものです。

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2008年3月19日 (水)

僕とフライと骨董で^_^;;;

Photo 「行田 やきそば 飯倉屋 電話百十番」と書かれた骨董のお猪口(左の写真)で始まった、行田の街への好奇心。18日(火)に代休がとれたので行ってきた。休みなのに仕事めいたことしてる僕は、余程の「お馬鹿」なのだろう(笑)。

*博物館で調べる*

JR高崎線行田駅の市営観光案内所で、レンタサイクル(無料!)を借りた。ウロウロしながら鉄塔や家々・石仏をはじめ、様々な風景の写真を撮りまくり市立郷土博物館へ。常設展も素晴らしいが今回の目的は別。常設展図録を買って後で読み直すことにし、例のお猪口の調査をすることにした。

受付でお猪口の写真を見せると、学芸員さんを呼んでくださった。写真を見て曰く、「市史に明治時代の電話帳の翻刻があります。それを見ましょう」。見たら、、、ありました!!! 『行田市史 資料編 近代1』、これの533~538頁に「行田電話開通記念帖(抄) 明治44年12月」という史料が翻刻掲載されている。電話加入者が名字別に「いろは」順で掲載されている史料。これの「た」の項にありました。「一一〇番 田中弥吉 飯倉屋 同(行田) 蕎麦商」と。
この記録にすごくゾクゾクした! でも、だからといってこのお猪口が「明治44年のものだ」とは断言できない。「ここまでは遡れる可能性がある」というだけ。ただ「飯倉屋の屋号を持つ家は田中家であり、明治44年では主人は田中弥吉といった」ことはわかった。明治末期に電話をひけるぐらいだから、そんなに小さなお店ではあるまい。さて今はあるか? 受付でタウンページをお借りし、食堂や飲食店で「飯倉屋」を探したが、なかった。

*フライを食べに(^^)*

行田は足袋の生産で栄えた街。秩父鉄道行田市駅周辺にも、古い大きな煉瓦造りの蔵があったり、町並みからもそれを感じられる。行田の名物料理「フライ」「ゼリーフライ」も、昭和初期に足袋工場で働く女工さんの「おやつ」として人気を集め、名物として定着したものという。
Photo _edited 「フライ」(写真左)は小麦粉を柔らかく水でとき、鉄板の上で薄く焼きながら、ネギ・肉・玉子などの具を入れたもの。「ゼリーフライ」(写真右)はジャガイモとオカラを混ぜ煉ったものを油で揚げたもの(『2007年 行田市勢要覧』より)。両方ともソースを付けて食べる(お好みで醤油もあり)。お猪口にあった「やきそば」もそんな料理の一つ。「フライ&焼きそば」はセットで売られているのも見る。
名物というから商うお店が林立してるかと思いきや、意外に目に付かない。豆腐屋さんや喫茶店、小さな飲食店などでやってることが多い。専門店として商うところは少ないみたいだ。ゼリーフライはお豆腐屋さん(かどや豆腐店)で食べ、フライは「にしかた」さんという、専門店で食べた。
フライははっきり「おやつ」だ。とても素朴な美味しさのある、クレープ風お好み焼き。大阪や広島風のお好み焼きのような華やかさを期待してはいけない。僕が食べたのは肉・玉子・ネギの入った、ちょっと豪華なものだが、足袋工場の女工さんが食べていたのは、ネギだけとかの、シンプルなフライだったんじゃないか。でも街の人の生活に密着している。僕が食べてる間にも、ちょこちょこご近所の人が訪れて、フライを買っていく。

*意外な展開*

フライを食べながら、ここの女将にもお猪口の写真を見せて話してみた。そしたらフライ買いに来たお客さんのおばちゃんがノってくれた(^^)。

おばちゃん「あの門にあった八百屋さんさぁ、たしか屋号は"イイクラ屋"じゃなかった?」
女将「ああ、そうだそうだ。あの鰻屋さんの角の?」
おばちゃん「そうそう。あたしあそこの娘さんと友達だったのよ。でも三〇年ぐらい前までよね、八百屋さんやってたの。その後写真屋さんやったけど、もうそれも閉めちゃったわね~」


こんな風に話が繋がっていくと思わなかった。話はしてみるもんだ。ただ話をしていると屋号は「イイクラヤ」だが、家の名字は別だった。「同じ屋号」はそんなにないはずだし、何らかの縁のある店だったのだろうか? そのお店の跡という場所を聞いて、見ては来た。メインストリートの角地。ただしそこは「テナント募集」と書かれた建物が建ってるのみだった。

*行田は深い*

行田には他にも、忍城(おしじょう)や埼玉古墳群(さきたまこふんぐん)がある。こちらも見てきたけど、実に刺激的な場所だった。古墳群は規模(墳墓の大きさ、古墳群の立地・範囲)だけでなく、その築造の背景にある土木&測量技術に思いを馳せ、相当ゾクゾクした。
「飯倉屋」だけでなく、まだまだ深い。東松山と繋がる街道もはじめ、古代から関東を理解する上で重要な場所、何度か訪れたい場所だと思った。

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2008年3月14日 (金)

骨董市

Photo 完璧に生活雑器、お猪口の骨董にハマってしまった(^^;;)。それも様々な商店の宣伝が付いた代物。こういうのにフルえてしまう(笑)。先日は近所の骨董市にも行ってきた。散歩していて古道具屋を見つければ、必ず店に入る。

ハマってみたが、まだ初心者だからこそ思う。こういうもの好む人は、一般の人から見たら「ゴミに価値を見出す変わり者」でしかない(笑)。ま、すでに僕がそうだけど(笑)。だから骨董業者にも変わり者がいる。
この骨董市でも「買う気がないなら触らないで」と段ボールの切れっ端の裏に書いたようなものを、商品と称する物(^^;;;)の横に置いている業者があった。が、僕から見たらどうにも「ゴミ」(笑)。偏屈者が多いだけに、人間模様を見ているだけで面白い(^^)。

Dscn3218 この時買ったのは、こちらの軍盃。左は近衛輜重兵連隊の記念盃、右は第九輜重連隊(金沢)の除隊記念盃。馬がかわいくて買っちゃった。右は九谷焼の雑器。盃の周りに"高砂"の謡が書いてあるのが粋(^^)。軍盃にはほかに「日支事変凱旋記念」なんてのをよく見るけど、どうも戦勝がらみのは趣味じゃない。酒が美味しくならない。僕にとってこれは「使うもの」。眺めるコレクションじゃありません。

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2008年3月13日 (木)

「ツバメ」、採譜出来た

2月19日頃から取りかかってるから、1ヶ月足らず。もっと手間取るかと思ったけど、そうでもなかった。岩橋さんに完了報告で譜面のデータ送ってあるけど、まぁ、間違いだらけだろう(笑)。でも、堪能させてもらった。展開・構成にとても知性を感じた。しっかり考えて音楽しないとな。長続きしないわ。愛する音楽に面と向かうには今のところ採譜は最高の方法だ。

次はエンニオ・モリコーネ「ニューシネマパラダイス」サウンドトラックからMaturita(成長)にする。このメロディに心を鷲掴みにされた。短いメロディだから数日で出来ると思う。譜面に出来るのが楽しみ(^^)。

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2008年3月11日 (火)

アダージェット

日曜の夜だったか、子どもたち寝かせた後、お銚子一本付けて、カミさんと台所でまったりしてた。お互い別の本を読んで。小さくかけていたラジオ、NHK-FMで素敵な音楽が流れた。

僕「あ、これ、すげー美しい。いったいなんだ??」
カミさん「はぁ? これルキノ・ヴィスコンティの『ベニスに死す』(映画)でかかってたよ。全編ずっと流れてたでしょ? 覚えてないの?」
僕「え、そうだっけ??」


それもそのはず。結婚したての頃、二人でビデオで見たこの映画、僕は始まって数分で「寝た」のだった(笑)。あの美少年趣味の耽美世界は僕にはわからなかった。だから覚えてないの(笑)。

でも改めてこの曲、マーラーの交響曲5番・第4楽章「アダージェット」はメチャクチャきれいだ。早速MP3プレイヤーに入れて聴いてます。

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2008年3月10日 (月)

青空と鉄塔

No58 明日からまた仕事だ。好きな仕事で幸せだが、心配事があれば、気が重い時もある。そんな今日は小田急相模原駅から町田駅まで歩いた。

町田駅のすぐ手前で出会った、東京電力淵野辺線No.58鉄塔。「環境調和型鉄塔」といわれるタイプ。「環境調和」ってタイプ名称、言い訳めいていて好きではないが(鉄塔は鉄塔。そんなにジャマなら地中化するのがいちばん。でもコストがたまらん)、なぜか青い空に映えていて惹かれてしまった。

心が疲れて気持ちの背筋が曲がりそうだから、鋼管一本なデザインで青空に向かってすっくと立つこんな鉄塔に惹かれたのかな。
そろそろ寝よっと。

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2008年3月 9日 (日)

霊峰

Photo_2 左の写真は、相模鉄道いずみ野線いずみ野駅近くで撮影。遠景の山は左が言わずもがな富士山、右の電柱のすぐ左に見えるピークが大山。

今日の散歩では、小田急&相模鉄道大和駅からいずみ野駅まで10キロほど歩いた。最近家のことや仕事をやってから出るから、20キロ以上歩くことが出来ないのが寂しいが、5~10キロは細々と歩いている。いずみ野駅近くで西の空を振り返ったら、こんな富士山と大山。おもわず「わぁっ!!」と声を上げてしまった。

落語「大山詣」もあるが、江戸時代、江戸の庶民にとって、近郊の山岳参詣はかなり人気があった。神奈川県内の道標を兼ねた庚申塔(石仏)などにも、しばしば「大山道」と記されている。
大山は男性神(大山祗神〈オオヤマツミノカミ〉)なので、参詣の旅は女性の神もセットにするのがポピュラー。お金と時間に余裕があれば富士山(木花開耶姫命〈コノハナサクヤヒメノミコト〉=女性神)、もっと庶民的なのは江ノ島(弁財天=女性神)など。信仰などは口実で要は「旅して遊びたい」のね(^^)。

実は今日、心の調子はあまり良くない状態で歩いていた。だが、こうした富士山・大山の二峰を目にした瞬間、いっぺんに心が洗われた。遊ぶ口実としての信仰もあるだろうけど、霊峰と呼ばれるだけはある。手を合わさせる力はある。

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ニューシネマパラダイス

図書館で映画「ニューシネマパラダイス」のサウンドトラックを借りて聴いている。この映画をビデオで借りてカミさんと見て、僕は恥ずかしいほどに泣きまくった。「愛のテーマ」がかかるところでは、反射的に泣いていたように思う(^^;;;)。

シチリアのある村の映画館・パラダイス座を舞台にした映写技師のアルフレードと少年サルヴァトーレ(トト)の物語。トトは成長し、映画監督としてそれなりに成功し、アルフレードの葬式で村に帰ってくる。が、10代の恋の心の傷を引っ張り続け、人を愛するという意味ではどこか暗い陰を持ち続ける人物になっていたような…。プライドと相俟って、こういう傷をずっと引っ張ってしまう男心。もう心の琴線に触れまくった。ところがカミさんは意外にシレっとしてる。。

カミさん曰く、「きっとトトを振った銀行家の娘は、トトのことなんか忘れて幸せになってると思うし。女はそういうもんだもん。いい映画だけど、別に当たり前のことだからまぁまぁかな」って。

男心の琴線に触れる物語なんだろうな。きっとさだまさしさんの『解夏』なんかもそうだと思う。今を生きる意味では女性の方が遙かにしたたかで上手。男は過去にすぐこだわって、うじうじしてダメだ。「女々しい」は「男々しい」と変えた方が正しいと思う(笑)。こういうところ僕の中にも多分にあるから、すぐ琴線に触れちゃう。自分の嫌いな部分でもあり、愛おしい部分でもある。(^^;;;;)

さて、この「ニューシネマパラダイス」、上記の通り反射的に泣くぐらい「愛のテーマ」が大好き。なんて強いメロディなんだと思う。このサウンドトラックには他にもいいメロディがたくさんある。この「愛のテーマ」もたくさんこのアルバムの中で変奏されている。メロディがいいとどんな料理も出来るんだな。そういう意味でもとてもいいサウンドトラックアルバムだ。エンニオ・モリコーネはほんと僕の肌に合うみたいだ。

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2008年3月 8日 (土)

久々の採譜

長い目で見てやめない、小さな歩みを積み重ねる。
これを旨にしないと、アマチュアギタリストはつぶれちゃう。

この数日、仕事上の心配事が多くて、耳コピ&採譜が出来なかった。今朝久々に5:40amに起きて岩橋信之「ツバメ」を採譜。久々の喜びで1時間半がんばって一気に8小節採り、CD「FLOAT」に入ってるバージョンで2分26秒の所までやってきた(^^)V。「1時間半がんばってもたった8小節」ってのが、僕の実力(笑)。でも積み重ねていける。
先日、14小節まで採ったところで、「こんな感じでやってるよ」と岩橋さんに送ったら、いくつか採りきれてない和音を指摘してくださった。たった半音の違いでサウンドから想起される「切なさの印象」がガラリと変わる。そこにこそ「岩橋さんが、音楽で言いたいこと」があった。やってみたおかげでもっと深い曲世界に出会えた。耳コピ&採譜は面白いっす(^^)。

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2008年3月 6日 (木)

『世界一旨い日本酒』…

って光文社新書、読んだ。本屋の平積みでパッと目に入った瞬間、ヤなタイトルだと思った。「世界一」とか言われると胡散臭く感じる。でも副題に引かれた。「熟成と燗でやる本物の酒」。まさに僕の身体で「燗は旨い」と感じていたからね。素敵な本だった(^^)。

昔ながらの製法をきっちり行い、さらに近代の醸造学を品質安定化のベースに踏まえて、時間と手間暇かけて作られた酒は、日本酒でも熟成するらしい。そして燗にすることによってさらに旨くなるのだそう。著者の古川修さんは元はHONDAのエンジニア。「燗が何故旨いか」も、美文の煙に巻かず、「水分子とアルコール分子のクラスター状態の変化」という物理現象として解説する。カミさんの誕生日に買って美味しく飲んだ「神亀・純米」も、そんな本物の酒としてあげられてた。自分が美味しく感じただけに、さらに納得だった。
日本酒の良さは料理と合わせてみるとさらにわかるというのも納得。「ワインは料理に足りない旨みを足す『足し算』の働き。日本酒は料理の旨みを引き出し、さらに日本酒も旨くなる『かけ算』の働きがある」。
まさにそうだ。

熟成と燗の美味さの奥深さと、時間を掛けた醸造の大切さ(これ、どんな仕事にも言えるよなぁ)、これが84頁まで述べられてる。一気に読んだ。85頁以降は具体的なそういうお酒と、美味しい料理と一緒にそれが飲める居酒屋が紹介されている。

が、僕は85頁以降は封印することにした(^^:;;;)。
ここに書かれている感想に自分の味覚がマスキングされて、読んだとおりの味を確認するなんてのはまっぴらだ。せっかく「燗は旨い」と身体で気付き、大好きになった日本酒。一本一本まず自分の舌で感じた後に、この本に帰ってきて、著者の感覚と自分の感覚を比べてみたいと思う。

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伝えたいものはあるのか?

今日(6日)の日経朝刊の文化欄で、障害者の粘土作品についての話を読んだ。北岡賢剛さんの「創作の本能 国境越えて 障害者の芸術作品、世界の名品とともに展覧会」という文。知的障害者の人々の粘土作品の制作を指導するうちに、飽くことを知らぬ創作欲に感動し、世界の名品との共同展示にこぎ着けるまでの話。ものすごく納得した。なぜなら僕も同じ感動を得たことがあるから。

10年ほど前、府中市美術館で知的障害者ではないが、千葉の盲学校に生徒さんたちの粘土作品に感動したことがある。「障害者」ということで感動「してあげた」のではない。「目ではなく『手』で本気で真剣に見てる。心の底から造形している」っていうのが、作品からびりびり伝わってきて、とても揺さぶられたのだった。

すごくいい言葉があった。
「福祉や学校の現場では、障害は直すものだと教える。しかし創作という視点に立てば、障害とはガソリンタンクのようなものだ。創造する力に爆発的なエネルギーを供給する源なのだと思う」

伝えたい何か、それがすべて。
それがなければ、芸術発表なんぞやらないほうがいい、
いや、やってはいけない。

是非読んでみてください!

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2008年3月 2日 (日)

クラシックを聴くきっかけ

クラシックを聴く、知的でカッコヨサソウじゃん(^^;;;)、そんな馬鹿げたこと思ってたときもある(爆)。たしかに交響曲なんぞ建築の如く計算されて創られてるから、分析する楽しみもあるけど、もっと気軽に付き合ってイイ。

それを教えてくれたのが指揮者・岩城宏之さん(1932-2006)の数々の著作だった。大学時代に最初に読んだのは『楽譜の風景』(岩波新書)。"風景"は"散歩野郎"の僕を惹きつけるキーワード。それに「楽譜」が付いた上、著者は全く同じ"宏之"。これは買わずばなるまい(^^)。
読んでみると、いままでのクラシック解説本みたいに、作曲家の時代や社会背景・音楽的構造だとかの"お勉強"っぽい、ムツカシイ本じゃない。実際に曲を演奏する上での面白いエピソードが満載(^^)。

ベートーベンの第九交響曲、ほぼすべての楽器が思い切りクレッシェンドしてフォルテシモのクライマックスを迎える部分がある。しかし何故か譜面にはティンパニーだけはディミヌエンド(段々弱く)して消えていくよう書いてある。元打楽器奏者で目立ちたがり屋(^^)の岩城さんはいつも不満。指揮者になってベートーベンの自筆譜(とても悪筆らしい・笑)を見たら、当時の写譜屋(譜面を浄書する専門家)がアクセント記号をディミヌエンド記号と勘違いして転記したことが判明した話。
岩城さんはいつも暗譜で振っていたストラビンスキー「春の祭典」。これをメルボルン交響楽団で振った際、変拍子バリバリの最終楽章「いけにえの踊り」で振り間違えて演奏が止まってしまった。お客さんとオーケストラに謝ってもう一度その楽章をはじめるが、どうしてもその箇所では暗譜がぬけて腕は泳いでしまう(だがオーケストラは乗り切った)。ふつう指揮者とオーケストラは敵対関係にあるのだが(ただ指示して棒振るだけでマエストロと呼ばれ、楽員よりメチャメチャ高いギャラを持ってくから・笑)、そんな演奏上の大事故とその後の打ち上げに引きずり出されて知った、メルボルン響の楽員たちの暖かさ。

他の本ではこんなのもあった。
ウィーンフィルが1960年代に来日したとき、楽員の一人が当時ト○コ風呂といった、現在のソー▽ランドに行ったそう(爆)。そこでサービスを受けるうちに、相方の女の子はアイネクライネナハトムジークかなんかの第2主題を口ずさみはじめたらしい。帰ってきて岩城さんに興奮気味に話すその楽員。「有名な第1主題ならわかるけど第2主題だぜ!? ヨーロッパでこういう店に行ったら、こんなフレーズ口ずさめる女の子はいない。日本は世界一の音楽国だ!」

岩城さんの本でつくづく思った。クラシックって、ムツカシイことばっかり言って学者然として、機械のような人が弾いているのかと思いきや、なーんだ単なる人間くさいスケベのフツーの職人なんじゃない、って。敷居がガクッと下がった。単なる音楽でしかないのだ。まず聴きゃいいの。合わなきゃキライ・イイと思えば大好き!でいいのだ。

クラシックは難しいと思ってる方、ぜひ岩城さんの著作、おすすめします。個人的には岩波新書の二冊『楽譜の風景』それに『フィルハーモニーの風景』(両方とももう古本でしか、ない)。岩波新書だけど、笑えます(^^)。さまざまな『棒振りの…』シリーズも楽しいです。

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今日で結婚11周年

僕ら夫婦はアホである。

カミさんが「とんこん」と僕を呼ぶもんだから、子ども達が真似をする。悪い言葉の蔓延は早い。シモネタの出ない日はない。11年も一緒にいてくれたなんて、たいしたアホだと思う。だからアホとシモネタがうつったんだな。申し訳ない。寂しがり屋の僕はカミさんがいなきゃダメ。ほんとにありがたいです。

さてと、お祝いに何の酒、買ってこようかな。
ウチは結局、酒である。

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2008年3月 1日 (土)

『人生を肯定するもの、それが音楽』

これ、日本のフォークの草分け的存在のひとりである、小室等さん著の岩波新書。とても面白かった。決してフォークソング史で留まらない、小室さんの音楽人生、芸術観に溢れているのがとてもいい。

タイトルになった「人生を肯定するもの、それが音楽」、これに「おっ!」と惹かれて手に取ったが、これは作曲家・武満徹(1930-1996)の言葉だそう。小室等さんは、10代の頃の教会での合唱体験をベースにフォークソングから音楽の世界に入り、プロとなって様々な音楽スタイルを独学する中で、谷川俊太郎・武満徹・渡辺貞夫・永六輔・坂田明・林英哲などのアーティストと出会う。そのアーティストたちの「創ること」に対する真摯な姿勢。音楽やってる僕としては、「そうした人とのつながりの中で生まれてくる『音楽の生命』を、どう生かし続けてきたか」に、とても刺激を受けた。
武満徹像も、今まで岩城宏之氏の著作や『芸術新潮』武満徹追悼号で触れてきたが、もっと気さくなこんな一面もあるのかと意外だった。

音楽を創ろうとする人・演る人のこころには、きっとシンクロすると思う。

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