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2008年4月29日 (火)

不惑

今日で40歳になった。

30歳になったときはヤバイと思った。

歳食ってヤダなぁ、ってんじゃない。こんなバカが30歳でいいのか、中身が全然伴ってないじゃんかって。ちょうど30になった年に長男が生まれたが、お宮参り(深川富岡八幡宮)で撮った僕ら夫婦と長男の写真、夫婦二人とも「学生で子供こさえちまいました」って幼い顔してる。

じゃあ40歳になってみてどうか。

30歳になった時のような愕然感はない。家族もいて、子供たちの入院もあったり、親父が亡くなってその家の処分をしたり、いろいろそれなりに経験させてもらえてる。ツラの皮が厚くなっただけとは思うが(笑)、年齢と内面の不相応感はそれほど感じない(無論もっと苦労をしてる人はたくさんいる)。親父が亡くなってから今までも、遺産分割協議・相続登記50年前の建物売買契約抹消登記(裁判所も行った)といろいろあった。この所得税の確定申告→売買利益の相続人全員への分配までまだ仕事はたくさんある。親父の3回忌もあるしたしかに面倒。だが、40歳迎えるにあたっての、親父からのいい人生経験のプレゼントとも、「いま」は思える(仏壇に向かって「親父の仕事だろ、これ! これぐらいやってから死ねよ、ちきしょう」と吐き捨てたこともあります(^_^;;;))。健康な体、生きる知恵こそが最大の宝だと思う。

年食うのは嫌なことだと思わない。いまこそ「お前自身としてどう生きるの?」って自分に問いたくなってる。

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コメント

さかたさん、お誕生日おめでとうございます。
帰る場所もただひとつとなり本当によかったです。
不惑の年になるにあたってのお父様のプレゼントですね

今に照らし合わせると本当の不惑の年代っていくつなんでしょうね。
私は子供が巣立っていってからかななんて思いますが
惑うのもまたたのし。。で。
でも今思うと20代から30代ってすごく焦りますよね。
とにかく30代はエネルギーが一番あったかな?
今はどうでしょ。。子供の進路に頭を悩ませ親のことおもいつつ
自分の健康にも。。とこれまた悩める40代。。
でも今だから出来ることも見つかり。。
さかたさんもますます男前になっていってくださいね!!
さ~魅惑の不惑にようこそ~(って私はすぐつぎ~)

投稿: ねも | 2008年4月29日 (火) 10時47分

またまた毎度です。

>いまこそ「お前自身としてどう生きるの?」って自分に問いたくなってる。

このことばとても響きます。今まさに直面している問題。自分らしいやり方で如何に社会貢献が出来るか。それをどう収入に結びつけるか。まだ青写真さえ出来上がっていないけれども、少なくとも今年中には形にしたいと思っています。

オレはtonさんと同学年だけど早生まれだから来年の3月に不惑を迎えます。その時までには絶対に語学で飯を食えるように頑張りたいと思っています。

投稿: をーつき | 2008年4月29日 (火) 12時37分

>ねもさん
ありがとうございます。

>本当の不惑の年代って
不惑ってやってくるのかなぁ(笑)。僕の場合、一生来なさそうな。どこかしらでいつまでも迷ってそうな気がします。
ただ、残り時間を意識する中でやりたいこと(これならば出来るんじゃないかってことかも)が明確化してくるって意味では、40歳が不惑って納得出来る気もします。

>とにかく30代はエネルギーが一番あったかな?

なんとか36で次男誕生で助かりました。これから3歳までの子育てをやり直せといわれたら、ゴメンです(笑)。カミさんにとってはそれはもっと感じてるでしょう。おっしゃるとおりこれからもタイヘンなんですよね。繊細な「男の子」だし。身体ごとぶつかるだけですが……(笑)。

>さ~魅惑の不惑にようこそ~
ギタリストの丸山ももたろうさんが、BBSで僕に下さった言葉で「さかたくん40歳過ぎてみなはれ。もっとポジティブになりまっせ」って言葉のとおり、笑い飛ばしつつ楽しんでいきたいです(^^)。

>をーつきさん
毎日BLOGは読んでる。「その時はきてる」って書いてるよね。
何度も書いてるががんばれとは無責任に言えない。
ただそんな中でも、健康も大切にして欲しい。
事を起こすパワーも、そこが基本だもの。それは祈る。

投稿: さかた(Ton) | 2008年4月29日 (火) 13時34分

Happy Birthday!!
健やかでよい一年になりますように~。

投稿: kikimimi | 2008年4月29日 (火) 20時04分

むさいオヤヂからのメッセージなんて嬉しくないかもしれませんが、お誕生日おめでとうございます~

私は30才の時も40才になったときも、なーんにも感じるものがありませんでした。
まあもともとニブイほうなので仕方ないのですが、でもせっかくの人生の節目なのに、ただなんとなく通過してきてしまって、よかったのかなー、なんかすべきことがあったのじゃないかなー、なんて思うことはあります。
「お前自身としてどう生きるの?」と自分に問いたくなってる、なんて、いいですね。Tonさんより4つ年上の私、まだそういう境地には至ってません。その時が来たら、坂田さんのこのブログのことを思い出そう、なんて思ってます。
・・・来なかったりして。(^^ゞ

投稿: 一太郎 | 2008年4月29日 (火) 21時36分

おめでとうございます!

このIDで僕がなにものかお分かりですかレレレのレ~

投稿: パドレック伯爵 | 2008年4月30日 (水) 00時37分

誕生日おめでとうございました。
人生経験は、もちろん多いほうが人格に幅が広がっていいのだろうけど、その経験を伝えていく役割を担うような年齢になってきてしまいましたね。などとまじめに語ってしまった(笑)

すぐに追っかけます

投稿: Real Man | 2008年4月30日 (水) 00時52分

>kikimimiさん
ありがとうございます。
いやはや凄い誕生日でした。
ちょっと次男を遊びに連れて行ったら、石段のところで滑って転んで後頭部をゴン! しかも吐いちゃったもんだから、ちょっとあわてた。市の休日診療に相談してちょいと離れた脳神経外科へ(昨日は母をウチに連れてくるためにレンタカーを借りてあったのが幸い)。今朝になってもまずい兆候はないのでもう問題ないと思います。これで1年の厄落としが出来ました!

>一太郎さん
ありがとうございます。とても嬉しいです!

>なーんにも感じるものがありませんでした。

僕もエエカッコシイの感じたフリかもしれませんよ(笑)。

>そういう境地
親父が死んだことがそういうきっかけになってます。
ある意味親父が「悪い子」を演じてくれてた分、僕は母に迷惑をかけない、イイ子になったのかなとも。亡くなってみて、「じゃあお前は何をしたいの」って、自分の中から光をちゃんと生み出さないとな、って。その光も基本は「歩く・見る・聞く・調べる・書く(曲も文章も)」だなとは思ってますけど。「歩く・見る」の基本は間違いなく親父からもらってますね。


>パドレック伯爵さん
ありがとうございます。

>このIDで僕がなにものかお分かりですかレレレのレ~

「レレレのレ~」にヒントはありそうな気がするけど
わかりません(^^;;) 教えてくださいまし!


>Real Manさん
ありがとうございます。

>その経験を伝えていく役割を担うような年齢
日記をざっと読ませていただきました。PowerPointの原稿作って新人研修の講師をしたみたいで。その場にはピアノはなかったのか(笑)。僕の所にも、教育現場にどう地域資料を生かすか、みたいな原稿依頼が来てます。伝えられるだけの体系化は、必要かもしれませんね。

>すぐに追っかけます
待ってます(^^)。

投稿: さかた(Ton) | 2008年4月30日 (水) 06時34分

遅ればせながら、誕生日おめでとうございます。
30になった時もショックでしたが、私は40になった時はもっとショックでした。
30代はまだ20代という若者の世代を多少残してる印象がありましたが(もっとも、20になったばかりの頃は、30になったらもう年寄り・・みたいなイメージを持ってましたが)、40代というと完全にオヤジになったって感じでした。

肉親の死に直面すると色んな出来事が付随してきますよね。
私の父が死んだ時は、葬儀や墓のこととかは、母親がやってました。
母は自分でやりたいみたいではあったのですが、今思うと私ももっとタッチしたかった気もします。
いずれ自分がやらねばばらないことですもんね。

ともあれ、40代がさかたさんにとって充実の時期になることを祈っております。


投稿: 時代屋だんぞう | 2008年5月 1日 (木) 17時32分

>だんぞうさん
>40代というと完全にオヤジになった
は~い、僕はオヤジでーす(笑)。6年前の勝浦旅行で母に思いがけず撮られた、長男抱いて座る僕の横からの姿見て、「うゎ~、オヤジくせぇ(笑)」と思いました。でもこの自分、僕は大好きです。自分で言うのも何ですが、安心しきって僕に抱かれる長男の姿と相俟って、自分自身の姿に包容力も感じましたしね。そういう意味で自分に内面的な成長を感じましたし。

僕には20代から離れ、若くなくなることへの嫌悪感は全然ありません。むしろ若さ故の思慮の浅さこそに強い嫌悪感を覚えます。尾崎豊「卒業」みたいな歌は大嫌い。甘え・理解の浅さ・自分の実力のなさ故の憤りを、感性の鋭さという言葉にすり替えるのは大嫌いです。学生時代に戻れといわれたら断固拒否します。「親がかりで自分が生きている」っている宙ぶらりんな境遇はまっぴらゴメン。周りのいろいろな事情を知った上で決断を下せる力・解決方法が、自分の知恵として蓄積されていくことが、何より嬉しいです。

父の通夜・葬儀も父母が別居してたのもあって、母は下手に口を出せず、僕が喪主として仕切らざるを得なくなりました。でも、祖母の通夜・葬儀の時も父の裏方として葬儀屋との折衝などをやっていたので、そう難しいものでもありませんでした。葬儀屋が大体レールを敷いてくれて、右に行くか左に行くかだけを、叔父叔母の思いも勘案しながら決断すりゃいいだけですもん。せっかくやったからには自分の知恵にして懐を広げてやろうと思います(^^)。

投稿: さかた(Ton) | 2008年5月 2日 (金) 13時20分

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