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2008年4月29日 (火)

帰る場所

親父の家、昨日売買契約を締結。お隣さんに売った。
あとは家財を処分して引き渡すだけ。ふと思った。
「これで、故郷的な僕の帰る家、なくなった」って。
いままで自分の住んできた家は、一つも残ってない。

さだまさし「関白宣言」に「帰る場所はないと思え これから俺がお前の家」って詞があった。たったいまカミさんや息子共とくらし、作りあげているこの生活こそが、ほんとうにいま「僕の帰れる場所」なんだな、って。しみじみ感じた。ありがたい。ほんとうにかけがえがない。

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コメント

毎度です。

そうか。オレの場合は帰る場所というか今住んでいる場所がまさにその「ふるさと」ということになるけれど、気持ちとしては複雑です。

勿論幼少の時を過ごした家は建て替えでなくなってしまったし、自分の子供と一緒に住めているわけでもない。でもこの土地から離れられない。広島や横浜、マンチェスターとグルノーブルにもいたけれども、このふるさとは頭から離れなかった。だけれども、この土地を離れないといけないのかなという漠然とした必要性も感じている。

ご近所も、借地ということもあって随分引越をされて、空き地が目立つようになってきた。でもこの土地を離れることが多分出来ないんでしょうね。

投稿: をーつき | 2008年4月29日 (火) 12時34分

>をーつきさん
>気持ちとしては複雑です。

「ふるさとは遠きにありて想うもの」、納得出来る。今は相模原だけど僕にとっても海老名は、手放しで素敵だとはいえない。両親と住んでたいちばんいい時期でもあったけど、今以上の自分の未熟さで友達をいろいろ失った場所でもあるし。複雑。でもたまに行くと、リセット出来る場所ではあるね。

投稿: さかた(Ton) | 2008年4月29日 (火) 13時41分

以前、ライブのMCかラジオのDJか忘れましたけど、さだまさしさんがある旅行家(お名前失念・・・人生の達人みたいなニュアンスで紹介されてました)とした会話のことを思い出しました

さだ「どうして人間は旅にあこがれて、実際旅に出ても、また家に帰ってきてしまうのでしょう」
旅行家さん「人間は帰るために旅をする。さすらうためにあらず」

・・・坂田さんのブログの内容とはズレてるかもしれませんが、ちょっと思い出した次第です。

投稿: 一太郎 | 2008年4月29日 (火) 21時41分

>一太郎さん
これ、さださんが作家の森敦さんと話された時のお話しですね。僕も歩いていてよく思い出します。
もっとブッチぎれた旅が出来ればもっと違う感情を持ったのかもしれませんけど(そこまで自分に自信がなかった)、大学時代に大阪まで野宿の自転車旅行をしたとき、河原で寝ていて枕の恋しさ・ありがたみを感じたことならあります。いまはまだ帰りたくなる程の旅は、物理的にはしてないですね。まだまだ歩きたいです。
でも帰れる場所がある僕は、幸せです。

投稿: さかた(Ton) | 2008年4月30日 (水) 06時41分

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