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2008年6月24日 (火)

文系・理系

僕らの世代、高校で理系と文系に分けられてきた。
でもこれ、ほんと受験対策の効率性だけでしかない。
世界を、宇宙を、まるく感じるためには、実にもったいない。

高校までの国語・数学・理科・社会・語学は、テストでいい点取るかどうかは別にして、最低限、身体に通しておくべきだと思う。微積分などにしても試験として難しい問題を解ける必要まではないと思う。けど、何を表現しようとしてるのか。物理・化学にしても元素記号とかを覚えることが大事なんではなくて、現象をどういうふうにとらえ、解明・説明しようとしてるのか、そのエッセンスを身体の中に残しておく必要はある。高校までの勉強に才能はいらない。必要なのは好奇心と、勉強の仕方を知ることだけだと思う。

天才は別として、空想的飛躍は調べぬいた・感じぬいた・考え抜いた、その最後でいい。テンション低い・調査甘い妥協の産物としての作品は単なるゴミ(自分で書いて耳痛ぇや)。ものの理をそのまま知ろうとし誠実に対峙する姿勢として、文系人間の理系的素養は、僕ら凡人にこそ必要だと思う。

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コメント

毎度です。

いいこと言ってくれました。そういえば以前知り合いで政治家志望がいたんですが、「政治に数学は必要ない」と豪語していました。そいつは今何やってるんだろうなと思います。出来ないから要らないと最初から決めつけていましたから。

物事を知っていて損はないと思います。簡単だろうが難しかろうが、それが何か自分の方針にプラスになることならばいいんではないかと思うんですね。

日常的な場面で端的に表れていると思われるのが「エコ」についてのお話し。クリーンエネルギーとしての電気が取り沙汰されてますけど、電気って取り出すまでの効率があんまりよくない。太陽電池なんて生み出す以上の電気をシリコン精製で使っている。これじゃ本末転倒だよね。そういったことも含めて、いろいろな情報を処理して活かす方法を、高校あたりでも教えて欲しいですよね。大学入試も、そういった発展的な意見を聞けるような問題を出題してもいいと思います。勿論かなり主観的な答えになってしまうので、採点や点数換算には注意が必要ですけどね。

話がずれてきてしまいましたけど、「客観性」という名の下に、今の入試制度は存続されていく気がしますね。かといって、面接のみの試験がはびこってきているのも事実ですけど。どっちもどっちだなあ。

投稿: をーつき | 2008年6月24日 (火) 10時41分

さかたさん。私もほんとうに今実感の日々です。
雑学で読む理系の本、星や数の不思議や、自然のこと。
すごくおもしろいのに、教科になると、受験科目だと
苦手意識の元難しく敷居が高くなります!
絵本だってほんとうに国語力だけでは読み聞かせもできません。
子供達の好奇心の深さは毎年同じ本を読んでいても毎回
反応はちがいます。、なんでだろう、不思議だな
すごいなぁ・・・この瞳の輝き
ずっとずっと絶やさない制度にしてほしいものです~・
って。。一番実感してるのは自分の勉強不足です。
もっとちゃんとやっておけばよかった~~

投稿: ねも | 2008年6月24日 (火) 18時36分

またまた書き込みます。

アマチュア無線やってるからというわけではないけれども、今の生活電気なしではやっていけない。極論だけれども、石油がなくても電気は代わりになるし、遠くに情報を飛ばしたり、熱になったり、光になったりと、電気っていろいろな形に換われるよね。だからこの目に見えない「万能薬」を極めてやろうと思っているわけ。一時電検3種取ってやろうと思ったのもそのせい。実際電気に取り憑かれているんでしょう。この分野、メチャクチャ勉強したい。

今入試のための物理やってるけど、やればやるほど面白い。あんなに高校時代は苦痛だったのに。それだけの余裕があるだろうし、そうやって楽しめる自分は実は幸せなのかとも思っています。

絶対大学入るぞ。安い学費で学士取ってやる!(国立&夜間だからね!)

投稿: をーつき | 2008年6月24日 (火) 22時20分

友人に6大学出身の人が言ってたよ。

「異常に勉強はできる大馬鹿がたくさんいたよ」

学力は一種の武器だし、生きていく為の力だけど、
その前に人間と言う生き物であることを学ばないと。

投稿: italica | 2008年6月24日 (火) 23時02分

すみません。また書き込みます。

>italicaさん
>「異常に勉強はできる大馬鹿がたくさんいたよ」

主でもないのにレス付けてすみません。確かに学ぶことが結果になってしまっているヒトはいますね。とにかく「オベンキョー」と「オアソビ」が一緒になっている状態。知識偏重の弊害がいわれて久しいと思いますが、その先に見なければならない「未来」や「人生」をきちんと見られる力を付ける「授業」は、学校ではあまりなされていない気がしますね。何しろ、知識はそこそこあるけれども、薄っぺらい人生しか歩んでいない大学生上がりがいきなり「センセイ様」ですからね。もちろん全員がそうとはいいませんが。

おっと、またつい書いてしまいました。乱文お許し下さい。

投稿: をーつき | 2008年6月24日 (火) 23時13分

文系・理系は、明確に分ける必要は無いんでしょうね。

最近若い人たちと仕事していて思うのは、「なぜこうなのか」という理由を考えない者が多いこと。

文系・理系にしても、なぜそんな風に分けなきゃいけないのか、考えてみても良く判りませんね。

投稿: Real Man | 2008年6月24日 (火) 23時33分

物理が大の苦手という人に、
運動量の公式を暗記するのではなくて、
例えば小錦とモー娘。の矢口が
同じ距離を同じスピードで走ったって
考えればいいんだよ、って言ったら
非常に納得してました。
そんなもんなんですよね。

投稿: ひろあ きたむら | 2008年6月25日 (水) 10時26分

またまた主を差し置いて書いてしまいます。

>ひろあ きたむらさん
>小錦とモー娘。の矢口が同じ距離を同じスピードで走った

想像するだけでおかしい場面ですが、そうなんでしょうね。「イメージ」や「直感に訴えるもの」をよりどころにして理解してますからそうなるんでしょうね。私も無線の勉強してて虚数(複素数)が出てきたのでビックリしましたが、「目に見えない力が働いている」とイメージを膨らませ何とか切り抜けました。

投稿: をーつき | 2008年6月25日 (水) 21時48分

レス遅れて、すみませんm(_ _)m
もう少しお待ちを。

投稿: さかた(Ton) | 2008年6月26日 (木) 08時03分

大変遅くなりましたm(_ _)m

>をーつきさん
>「政治に数学は必要ない」と豪語していました。
>出来ないから要らないと最初から決めつけていましたから。

「知ろうとするか?」の問題なんだよね。これは勉強できるできないにかかわらず、生きる姿勢の基本だと思う。喧嘩のほとんどは「互いの無理解」が原因だからね。「必要ない」と切って捨てるのでは、なにより政治家失格だ。

>「エコ」についてのお話し。
電車内でも広告をよく見るけど、便乗してるに過ぎないものも感じる。新製品を買うことでエコになるといった広告みるけど、みるたびに???って思う。たしかに新製品は電力消費量が少ないけど、旧製品でも使い方見直すことの方がよっぽどエコではないかと? もっと修理して使うような産業構造があってもいいのかと思うけどな。
ただ、そんな中にも地道に身近なものからを自然を知ろうとする動きがあるのも間違いない。安易に温暖化に結論を繋げないことも必要かと、僕は思ってる。思考停止は良くない。

>面接のみの試験がはびこってきているのも事実ですけど。

大学も生き残りのために、まず学費(ひいては自分たちの給料)を払ってくれる存在として、勉強嫌いなバカでも学生として取るからね。大学って必要になってから行くところでいい。学びたいものもないのに行く場所じゃないはずなのにね。

>今入試のための物理やってるけど、やればやるほど面白い。
ちゃんと現象に置き換えていくと面白いんだよね。二乗するとマイナスになる複素数にしても電気の世界ではちゃんと現実の現象としてあるんだから。3次元の運動をしっかり物理で理解できるようになったら、宇宙船の本とかももっと面白くなるんだよね。僕も勉強したい。いまはしないけど死ぬまでの間に折を見つけていつかやるつもりです。

>知識はそこそこあるけれども、薄っぺらい人生しか歩んでいない
>大学生上がりがいきなり「センセイ様」ですからね。

僕はこれ、大学出てすぐ思った。「いま自分に教員はできない」って。免許は小中高ともってるけどね。でも、それわかってやってればまだいいんだよ。がむしゃらにまずぶつかってみる力は若さの特権だし。


>ねもさん
>雑学で読む理系の本、星や数の不思議や、自然のこと。
>すごくおもしろい
目に見えるものを、人に理解できるようにしっかり解明していくって、楽しいことなんですよね。

>教科になると、受験科目だと苦手意識の元
>難しく敷居が高くなります!

理系の教科書の文章は悪文も多そうだけど、高校までのものはしっかり時間かければできる気がするんですよ。時間切られて、この時間内にこれだけ解け、っていわれるからできなくなるだけで。一定の決まりがあるパズルだと思えば楽しい気がするんですよね。なにも新しい理論を打ち立てる最先端のことをやるワケじゃない。いままであるものを組み合わせればいいだけなんですから。これもやらずにぐちゃぐちゃ言っていては、音楽もなにもないと思います。

>絵本だってほんとうに国語力だけでは読み聞かせもできません。
子どもたちに対しては、大人が知らないことを安易な想像で逃げるとかえって失望されますね。僕もガキ共に聞かれること、全て答えられるわけではありません。ですが決して逃げずに、まず家にある本総動員して、インターネットも使って、一緒に調べます。そのプロセスこそが奴らの知恵になるはずですしね。

>一番実感してるのは自分の勉強不足です。
>もっとちゃんとやっておけばよかった~~

たったいま、やればいいんですよ(^^)。僕も全部学び続けます。体に残らなくても続けます。まずは地域のこと、音楽のことですけどね。もともと才能も知識もないんですから、自分の器に注ぎ続け、使い続ければいいんすよね(^^)。能力不足を嘆くだけ時間の無駄っす(^^)。


>italicaさん
>友人に6大学出身の人が言ってたよ。
>「異常に勉強はできる大馬鹿がたくさんいたよ」

この言葉、自分の努力不足を棚にあげる妬みの言葉にも成りかねないから怖い。それにこの言葉でそういう勉強できる奴を理解する気持ちすら捨て去ってる部分もあるんじゃないかな。たしかに勉強ばっかやってて友達がいなかったりするとマズイ。でも上にも書いたけど僕が伝えたいことは「知ろうとすることの重要性」。「学力がある」ことが大切といいたいわけではない。人間という生き物であることを、誠実に感じる姿勢としても、考えつづける力をもとうとする意味で、勉強と人間であることを学ぶことは、対立概念には成らないと思う。


>Real Manさん
>最近若い人たちと仕事していて思うのは、
>「なぜこうなのか」という理由を考えない者が多いこと。

言われたことやって金だけもらえばイイヤになるとそうなるかもね。でもお金は自分の創り出すアイデアに対して支払われるものなんだよね。周りにあるものがあたりまえになってしまうと、問題意識って起きないんだよね。だから僕は歩きます。

>文系・理系にしても、なぜそんな風に分けなきゃいけないのか、
>考えてみても良く判りませんね。

うん。どっちにせよみてる宇宙は一つ。アプローチ方法の違いに過ぎない。いろいろ知っていて損は無いはず。

>ひろあさん
>運動量の公式を暗記するのではなくて、

何のことを言ってるんだろう、って言葉でなく具体化するって大事ですよね。小学校の教育実習で残った教訓「具体的に話せ」、これはいまとても生きています

投稿: さかた(Ton) | 2008年6月26日 (木) 15時30分

> 文系人間の理系的素養は、僕ら凡人にこそ必要だと思う。

必要性に応じて学問領域の善し悪しが決まるとは思えません。


> 「必要ない」と切って捨てるのでは、なにより政治家失格だ。

ほら、必要性の認識と向学心との関係性のなさを強調しておられる。


理系分野に理解のない文系人間がいたっていいじゃないですか。
文系分野に理解のない理系人間がいたっていいじゃないですか。

> 文系・理系は、明確に分ける必要は無いんでしょうね。
(トピ主ではない方へのレスですみません)


学問が個人的営為であるというなら、おっしゃる通りだと思います。
でも、やはり、学問が非個人的営為である以上、学問分野ごとの認識構造(パラダイム)の違いというのは歴然と存在します。


たった一人の人間が何を感じるか。
どうでもいいことです、なので好きに言えばいい。

でも、学問は個人的営為ではない。
思考に社会的な制約がついてまわるからです。
とはいえ時代に応じてこの社会的制約(パラダイム:認識構造)が変わることもまた指摘されているところです。
流動的な制約、とでもいうんでしょうか。
日常が刻々と変化するからこそ学問の制約も流動的です。
でも、制約がなければ学問にはならないのです。


> 子どもたちに対しては、大人が知らないことを安易な想像で逃げるとかえって失望されますね。

それは想像で逃げた先の想像が陳腐なだけのでは?
だとすれば想像が悪いのではなく、さかたさん、あなたの想像が陳腐なだけです。
なぜ、想像をよりバージョンアップさせようとしないのですか?

その努力を怠ることは想像力ある人の努力を踏みにじることになるのでは?

そしてその努力を怠るようでは(あるいは努力しないことに何とも思えないような完成では)、学問に生涯をかける人々の努力も過小評価してしまいませんか。

想像。。。。
そもそも学問は思いつきから始まりますよね。
(ここでいう思いつきという言葉にはマックス・ヴェーバー『職業としての学問』の文脈をイメージしています)


> 「知ろうとすることの重要性」。

知ろうと(素人?)することの重要性って何でしょうか?

知る、知らない。
そんなに重要なことでしょうか。
知って何になるのでしょう、知らなくて何の損になるのでしょう。

般若心経にこうありますよね
「無無明亦無無明尽」
これを否定できる方がいるなら、是非、対話したい。


損得で学問云々議論できるだなんて、随分と気楽な時代ですね。


> どっちにせよみてる宇宙は一つ。


異次元という言葉を私は今、思い返しています。

となたかが虚数について言及してありましたが、まさにパワレルワールドというものはあるんですよ。
虚数は実数からなる座標平面では描きようがない。
力は働かないはずです。
認知できあいものはあるです。
(さかたさんにとって私の思惑のすべてが分からないように)

虚数が実世界で力を持つなら、例えば2次方程式の解の判別式など無用になります。

宇宙が1つだと断言できるほど、人間が直面している哲学的な課題は浅薄ではないと思います。

現にあなた方(複数家ですみません)と私とで宇宙は異なります。

ただそんな宇宙とやらの間を行き来するような、言葉という怖くも便利な手段があることも私にとっては救いなのです。


さかたさんの良心的な文章に触発されての物言いだとお考えください。
どうぞ、ご海容願います。

投稿: L | 2008年6月29日 (日) 04時44分

>Lさん
すばらしいご意見、ありがとうございます。
ゆっくり読ませてもらって僕もこれから考えます。

投稿: さかた(Ton) | 2008年6月29日 (日) 07時49分

>Lさん
僕は知ることは大切だとは思っています。
見えている物的な宇宙は一つだと思います。でも頭の中で想像する宇宙、とらえかたはそれこそ人の数ほどあります。宇宙の認識の仕方は人それぞれですし、決まり切った形など無い。それこそだから知ることに何の意味があるのか、というのもわかります。でも違いは知ることは大切です。究極の真実もない。最後の最後まで知ろうとしていって終わるだけとも思います。自分がこう思うことをこちらからみたらこうに過ぎない、っていうことは知っておきたいと、僕は思ってます。「苦手」というだけで知ろうとしないというのでは、もったいないとおもいます。優れた想像力を持つ人なら知ったあとにさらに別の想像を持つことができるはずです。僕はそう信じます。知ることは決してじゃまにはならないと思います。

>さかたさん、あなたの想像が陳腐なだけです。

はい、おっしゃる通りだと思います。ですが、想像をよりバージョンアップさせる努力を怠っているわけではありません。それは僕にとっては「歩くこと(音楽なら自分で演奏してみること)」「実際に行ってこの目で見て感じること」「人様に聞くこと」「読んで調べること」「書いて形にしてみること」です。歩く中で、言葉には成らないけど、たくさんのつながりを想像しつつ歩いています。

でも別にこれ、僕にとって努力じゃないナァ(^^)。
楽しいから勝手に想像しちゃうだけですね。

投稿: さかた(Ton) | 2008年6月29日 (日) 12時53分

Lさん、私にはあなたの主張がわからないので、もしよろしければ主張を教えていただけますか?

『理系分野に理解のない文系人間がいたっていいじゃないですか。
文系分野に理解のない理系人間がいたっていいじゃないですか。』
というのが主張ですか?

投稿: IE_treble | 2008年6月29日 (日) 23時07分

レスありがとうございます。
また、読み返すに数々のtypo失礼しました

> 「苦手」というだけで知ろうとしないというのでは、もったいないとおもいます。

さかたさんの最初の日記やあるいはコメントを通じた議論のなかでうっすらと感じたのがまさにこの点です。
これで私にとっても主張が明確になりました(IE_trebleさんのご指摘も頷けます、お詫びします)

私は

> 「苦手」というだけで知ろうとしないというのでは、もったいないとおもいます。

という主張に賛同できないのです。


知ろうとしないことの、何が、もったいないのでしょうか?
いえ、なぜ、もったいないのだと言い切れるのでしょうか?


もったいないかどうかなんて、他人がどうこういえるはずがないのに。


> 『理系分野に理解のない文系人間がいたっていいじゃないですか。
> 文系分野に理解のない理系人間がいたっていいじゃないですか。』
> というのが主張ですか?

理系にも文系にも理解のない人間がいたっていいじゃないですか


皆さんのいうことは
「音楽するのに楽譜が読めないのはもったいないことだ」
という風にも聞こえます
そういう物言いをしたくなるお気持ちも十分に理解しているつもりです。
そして、そういった主張が正しいと信じる方々が大勢いらっしゃることもふまえているはずです。
私はいわばそこに
「面倒だから楽譜なんて読めなくていい」
という人が人間として間違った選択をしていないように思うのです。


だとすれば

少し生意気な言葉ですみません、


> 「苦手」というだけで知ろうとしないというのでは、もったいないとおもいます。

という、この文をおそらく皆さんは数日前よりも視点豊かに主張できるはずなのです。

でも、私も考え方を変えるかもしれません(その可能性は極めて低いとは思いますが)。
なので、せめて、皆さんの率直な叙述を目にしてみたい、といえばよろしいでしょうか?

投稿: L | 2008年6月30日 (月) 02時34分

>Lさん
一度書いてちょっと手を入れました

>もったいないかどうかなんて、
>他人がどうこういえるはずがないのに。

これはおっしゃるとおりです。僕の書き口だと、全員が勉強しろって文章にも確かにとれますね。でもそれはどうするかは個人の勝手です。しなかったとてそれはその人の勝手、僕は僕なりに勉強しますが。気遣いが足らず、そこまで伝えられませんでした、ご容赦下さい。

>「苦手」というだけで知ろうとしないというのでは、
>もったいないとおもいます。
>知ろうとしないことの、何が、もったいないのでしょうか?
>いえ、なぜ、もったいないのだと言い切れるのでしょうか?

僕も、やってきたのがフィールドワークして景観を読み解く地理学だから、そういう意識が強いのかもな。言葉でひたすら構築する文学の世界だと違うのか。先日、中世文学の先生とお話しした時も、「この先生、実際の景観でなく、ことばの世界で世界が出来てる」って思ったものな。
Lさんのおっしゃることは、作り上げる世界が目で見える現実から離れて、専門分化して変わってきてるから、理系・文系で相容れる物ではなくなってる、ってことなのでしょうか。
ですが僕が書きたいのは、ごく普通の一般の人が世界を捉えるには高校までの文系・理系わかっていた方がいいってことです。お互いをまず理解するためには、いろいろな面から知ることができるほうがいい。学者たちが努力して創り上げた専門世界も高校までの知識があれば、「あ、あの発展形だ」ということで、「わからない→いらない」とせずに位置づけが出来る。生活をどうして行くかを考える上でも、高校までの内容はとてもいい知識だと思います。だから「もったいない」って思いますね。僕は使えるものは何でも使いたいので。

>「音楽するのに楽譜が読めないのはもったいないことだ」

はい、僕、思ってます(^^)。これすぐ読めて、楽譜から見ただけで音が聞こえたら、もっとたくさん音楽に触れられるし、楽譜屋の立ち読みだけでいろいろ考えられるな(^^;;)、って。専門教育を受けてない僕にはそこまで出来ません(^^;;;)。ギター抱えて音探してメチャクチャ時間かけて読むことになります。でもあくまで楽譜は記録伝達手段。いちばん大切なのは「音そのものから感じ、どうやるのか自分なりに考え、それを表現すること」と思ってます。

投稿: さかた(Ton) | 2008年6月30日 (月) 08時54分

毎度です。何かこの記事盛り上がってますね。ということで私零戦1機で大国アメリカに宣戦布告です。(笑)

>理系にも文系にも理解のない人間がいたっていいじゃないですか

いいんじゃないでしょうか。実際いますし。ただ、私が思うに、私自身に関わることについて、無関心を決め込んでいるヒトにはどうこう指図されるのはイヤです。実際そうされてますけど。(笑)政治家なんかがその一例です。法律一つでヒトを生かしたり殺したり出来るんですから。正直訳わからん他人に人生振り回されるんですからたまったものではありません。

話がかなりそれますが、私は釣りが好きではありません。とはいえ、食わず嫌いではなく、実際やってみた後私の感覚では「面白い」と思えなかったのです。ですから、釣りキチのワクワク感というのは私にとって「わからない」ことですし、「知りたくもないもの」です。まあ、経験あっての暴言ですね。

あ、音楽にしてもこう言えます。実際ジャズプレーヤーなんかでも「楽譜読めないプロ」なんているみたいですね。英語の表現でもplay it by ear「耳で聞いたまま演奏する ぶっつけでいく」なんていうのもありますから。ギターの曲を耳コピしたって楽譜にしないことも多いですから、確かに楽譜は不必要かもしれません。でもあったらあったで役に立つことはあります。鉛筆と紙があれば、伝えられる情報を残しておくことが出来るんですから。勿論限界はありますけどね。

知らなくてもいいけど、知ろうとしても人生終わるまでにどれだけのことを知ることが出来るか。そう考えたらただ単に「もったいない」。そう考えただけです。実際役に立たないけど知ることで「楽しい」と思えることってたくさんありますから。少なくとも私はそう思っているというくらいの主張はさせてもらってもいいと思いますけどいかがでしょう?

零戦1機ではやっぱり無謀でした。撃墜。

投稿: をーつき | 2008年6月30日 (月) 17時34分

ありがとうございます

戦争体験を訴えるご老人たちの気持ちを思うと、零戦や大国アメリカといったたとえには少し違和感を感じますが、をーつきさんのご意見、ことに釣りのお話は分かりやすく、納得できました。

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対象としている論理/理屈にどういった問題が横たわっているのかをクリアにするためには、私は好んで、私が賛成するしないに関わらず対立主張を相手にぶつけるというディベート的な議論を好みます。
それでいて今回は皆さんの議論に賛同できなかったので、書き込みさせていただきました。

本来ならばもう少し渡しの意見を分かりやすく明記すべきだったと思いますが(十分そうしたつもりでしたが)、時間の余裕もございません。
もしよろしければまたの機会に。


通りすがりの新参者の無礼な書き込みを優しく迎え入れて下さったこと、深く感謝します
むしろ私は皆さんのこの優しさを学んだように思います

投稿: L | 2008年6月30日 (月) 23時35分

>Lさん
僕は自分の記事は全て「話題の起爆剤」としか思ってません。まずこう思う、ってところでね。コメントまで含めてこのブログの記事のバラエティと思っています。単に僕の意見でしかないからキライだってこともちゃんと書いてる(それが好きな人には傷つくかもしれないけど)。でもそこでウソついちゃうとほんとに自分に響いた時に好きになれない。バッハとかが僕にとってそうでした。響いた瞬間にほんとに好きになれる。
イマジネーションの世界を深めることの大切さ、そこから生み出す創造性、音楽の部分では大切に感じています。Lさんのカキコで、それを再認識するきっかけになりました。ありがとうございます。

投稿: さかた(Ton) | 2008年7月 1日 (火) 00時05分

Lさん、言葉足らず失礼しました。零戦ほど悲しい運命の飛行機もないと思います。ちょっと茶化したところがあったと思いますが、私なりに敬意を表したつもりでした。ただ、誤解を与えてしまいますね。申し訳ありません。

当時の常識でも非人道的とも言える「防弾設備排除」までした軽量化によって、旋回性能・上昇性能を他国の戦闘機より高めたにもかかわらず、大戦末期には「特攻機」として命を費やすだけに使われました。私は「もの」が大好きですので、こういった使われ方をした「もの」が憐れでならないのです。

それにしても、これほど建設的に話をしたことがありませんでしたので、こちらこそ感謝しております。ありがとうございます。またトピ主のtonさん、さしおいて話してすみませんでした。

投稿: をーつき | 2008年7月 1日 (火) 12時07分

Lさん、回答ありがとうございました。追加のコメントも含め、Lさんの考えは、だいぶ伝わったと思います。

私はサカタさんやをーつきさんの考えをすべて把握しているわけではありませんが、Lさんのコメント以後のコメントには賛同できます。
そして、Lさんの2008年6月30日 (月) 02時34分のコメントにも、賛同できます。

私はサカタさんらのコメントについて、Lさんが
「音楽するのに楽譜が読めないのはもったいないことだ」
といっているように感じたというのは、私も同じように感じます。
しかし、
『「面倒だから楽譜なんて読めなくていい」という人に対して、人間として間違った選択をしている』
といっているようには思えません。
釣りの例がありましたが、釣りが大好きな人は、をーつきさんに対して、個人の好き好きだと思うでしょう。でも心のどこかで、をーつきさんに対してもったいないと思うのではないでしょうか。
私はサカタさんたちは、もったいないまでの主張をしているととらえました。
ですから、Lさんとサカタさん、をーつきさんでは、この点に関しては特に意見の対立は無いように思います。

正直言って、私も『「面倒だから楽譜なんて読めなくていい」という人に対して、人間として間違った選択をしている』という主張があったら、それには賛同できません。
ただ面倒だという人が楽譜屋とか指揮者であるなら、それは間違った選択だし、かかわる人に対して失礼であると思いますけど(^^;


Lさんのコメントで、

『> 「苦手」というだけで知ろうとしないというのでは、もったいないとおもいます。
という、この文をおそらく皆さんは数日前よりも視点豊かに主張できるはずなのです。』

という言葉が印象に残りました。ここはよく考えたいところです。

投稿: IE_treble | 2008年7月 1日 (火) 23時17分

疲れてるんでここだけレス、ほかもうちょっと待って、すまんです。

基本的に僕ぁ、おせっかいなんです。「あ、これ、あの人に伝えたい」って思うとまず伝えちゃう。???って顔すれば「違うんだな」って思うし。その人を知るための、試行錯誤のひとつ。伝えた後はもうその人の勝手っす。最近物忘れが激しいんで(^^;;)、すぐにわすれちゃいます。

投稿: さかた(Ton) | 2008年7月 2日 (水) 23時57分

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