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2008年11月29日 (土)

今日、父の三回忌

命日が1月18日だからかなり気が早い感じだが、師走は親戚みな忙しい。年明けると菩提寺の新年ご祈祷などがあって、都合がつかない。で、今日になった。

春日部に住む僕の「たった二つ上」の従兄(小学生時代、一人っ子の僕は兄の如く慕っていた)が、6月に急性心筋梗塞で入院していたという事実。本人の口から聞いて衝撃を受けた。胸の痛みをちょいとガマンしちゃったらしい。もっと父の時の話をしておくべきだった。「ほんと幸運にももらった命、大切にしなきゃ」という従兄の言葉、重かった。従兄は運命の暴風吹きすさぶ生死の尾根道を、その時確かに歩いたのだ。また僕らは8月31日には、高校以来のカミさんと僕共通の友人をガンで亡くしている。

もう、死とは隣り合わせのところまで、僕は来ているんだな。

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コメント

もう1年になるのですね。
最近は本当に冠婚葬祭の葬のほうが多く、私の伯父、恩師、主人の同僚。。人生の後半をいやでも感じます。
さかたさんもお父様がなくなってからもいろいろ大変でしたよね。
そういえば去年もクリスマスの頃春日部で法事ありましたよね。
従兄弟さんもほんとうにお大事にされることを切に願っております。

今ここで生きていることを感謝せずにいられません。
出来ることはできるうちに。。
無理せず自分らしくでもちょっと欲張りに人生を歩んでいきたいです。
さかたさんお疲れ様でした。

投稿: ねも | 2008年11月30日 (日) 00時23分

>死とは隣り合わせのところまで、僕は来ているんだな。

これは、実感しますね~。
私も、実の父、友達数人を亡くしています。


死ぬという現実が生き物にはある・・ということを意識して生きる人物こそ、その生き方や言葉に説得力や迫力もあるし、人に与える力も大きいと思えます。
私が敬愛してやまない幕末維新の人物は、絶えずそういう意識を真剣に持っていたからこそ、あれほどパワーや迫力を感じたのかな・・と思えてなりません。

「命がけ」という言葉が安っぽく使われる昨今ですが、その言葉をスタンドプレーや見栄のために安っぽく使う人の言葉が、私には軽く見えてしかたないことが・・あります。


そういう意識を真の意味で持つと、「ほんと幸運にももらった命、大切にしなきゃ」という考えの重さを実感します。

生きた証・・欲しいですね。

ヘビーな内容の書き込みで、すいません。

投稿: 時代屋だんぞう | 2008年11月30日 (日) 02時21分

お父様、ご友人の事、心中お察し申し上げます。
(この様な時の挨拶、言葉を知らない…無知・無学だ)

世の中、命は平等と言いつつ現実は違います。
あっさり忘れ去られる命もあれば、どこを探してもその人は
いない…と解っていても探し続けてしまう命もあります。

上手くは言えませんが、こういう話を腹を割って尊重して語
り合える友人がいたら宝物と思った方がいいです。

私は、この手の話は絶対に自分以外の人間とは分かち合
えないと思ってますが。

投稿: italica | 2008年11月30日 (日) 08時13分

さかたさん、お父さんの分まで長生きしてとは言わないけど、自分の分をしっかり長生きしてね。

それにしても法事はたいへんだ。
奥様、お子様たちが疲れすぎないようにできるといいですね。

投稿: ちとせ | 2008年11月30日 (日) 08時40分

数年前、父の13回忌をやって、家族としてはやっとホット一息という感じでした。
その節は身近な当事者として本当にお世話になりました。うちは孫の顔を見せてあげられずに残念だったけど、あと10年もしたら親父の死んだ年になるのだから、きっと自分もそれくらいの人生かな、なんて思ってます。(深刻な話ではなくて、それくらい毎日、幸せを感じながら凝縮して生きていきたい、という程度のことです。)
おととい、偶然職場で6年生の教え子から「先生、お父さん死んじゃった。」という病院からの電話を受けてしまいました。なんと声をかけてあげたらいいのか分からない陳腐な自分。担任に代わると「先生はなんと言ってあげたらいいのか分からないよ。」と正直に話していました。そして「深呼吸をして、、」と。
子供が小さいうちは、お互いにまだ向こうには行けないようだな。

投稿: TATSU | 2008年11月30日 (日) 12時39分

>ねもさん
親父が亡くなってから、忙しさの中でそれなりに音楽でも仕事でも、周りにメイワクかけつついまなりの自分の底を見ましたし、いい勉強になってます。40になったのもあると思いますが、余計な肩肘張らなくなったとは思います。たかが趣味程度の修練じゃ、ないセンスはどうやったってつきませんもの(^^)。

>去年も春日部で法事
これ、この従兄の母上(叔母)の七回忌だったんです。従兄にはほんと大事にして欲しいです。ホントまず生きているだけで奇跡です。しっかり使い切りたいですね。


>だんぞうさん
ヘヴィな内容を気にせず書ける&コメント出来るブログでありたいと思ってます。大歓迎です。

>死ぬという現実が生き物にはある・・
>ということを意識して生きる
僕ぁズボラですからすぐ忘れますね、これ^_^;;;。ほんと自分の生に思い上がった人間だと思います。大それたことをするワケじゃなく、まず目の前にある現実にヘコタレながらも誠実に(いや、誠実っぽく、だな)生きる。僕らしいのはそれかな、と思おうとしてます。

>「命がけ」という言葉が安っぽく使われる昨今
「死にそう」とかもですね。でも本当に大変な時って、そういう言葉、あまり出ないもんですね。まずしゃにむに戦うだけで精一杯ですもん。ただ「生きたい」から。大変さに潰されてただ腐っている自分は、やはりいちばんイヤです。愚痴りながらも向き合って何とかしようとする勇気ぐらいは持ちたいです。

>生きた証・・欲しいですね。
まずは僕は生きてみようと思います(^^)。

投稿: さかた(Ton) | 2008年11月30日 (日) 22時55分

>itaちゃん
>(この様な時の挨拶、言葉を知らない…無知・無学だ)
ありがとう。わはははは、そんなにカッコつけんなって(^^)。

>世の中、命は平等と言いつつ現実は違います。
僕もそう思う。善人だろうが悪人だろうが、病は関係ない。悪人でもいい顔で死ぬ時あるし、善人でもひどい苦しみの中で死ぬこともある。ほんと病は人柄や人間のツマラナイ道徳観念(所詮人間の作り物)なんぞ選ばないよね。ある音楽仲間とメールで語り合ったことあるけど、病気の因果をその人の善行・悪行などに帰結して考えることこそ、極めて非情で横暴な行為だと思う。

>あっさり忘れ去られる命
>探し続けてしまう命
命はone and onlyだからね。substitutionはない。親であれ友人であれ、残された者はそのスピリットを自分の人生の中でどう活かす
か、だと思う。でもこれ、そういう相手が生きていようがそうだよね。言葉で崇め奉って自分はズボラじゃダメ。尊敬したならちゃんと自分の人生に活かしてこそ「敬意」だと思う。俺? そうしようとはしてるけど5%もできてりゃいい方です(笑)。

>宝物と思った方がいいです。
itaちゃんもそうした方がいいよ。「分かち合えない」なんてカッコつけないでさ(^^)。そんなん当たり前なんだから。完全に分かち合うなんて、俺、12年近く一緒に暮らしてるカミさんとすらできん。違うから、いろいろ気付かせてくれて、いいんじゃん(^^)。分かち合えなくたって、宝は宝よ(^^)。

>ちとせさん
父は享年71才。あれだけ節制せずに食いたいもん食ってよくこれだけ生きたもんだと思います。親父の分は自分でちゃんと生ききってくれちゃったからもう残ってない(笑)。欲しくても親父の分もらいようがありませんわ(笑)。僕ぁつらいことはヤなので、ヘタレながらも出来るだけ楽しく、好奇心た~っぷりに生きてやろうと思います。

>奥様、お子様たちが疲れすぎないようにできると
カミさん、今日は子ども会関連の説明会。義母に子ども達預けてバス乗って行ってました。今週、仕事が目白押しなんです。僕も明日、卒塔婆をお墓に供えたりといろいろ家の仕事がたくさん。でもそれが40代なんすよね。夫婦でたくさん話して乗り切ろうと思います。

投稿: さかた(Ton) | 2008年11月30日 (日) 22時56分

>TATSUさん
>13回忌
もうそんなになるかぁ。あの時は卒論の真っ最中だったね。僕ら地理学教室の面々の卒論締め切りを気遣って、伝えずにいてくれたTATSUさん、強いな、と思った。お父さんに顔を見せてあげられなくとも、お父さんにどこか似ている部分が娘さんにあったりしない? 命をバトンタッチしただけで親孝行なんだと僕は思うね。息子たちの中に親父も僕も生きてる。死んでないんだよ。

>偶然職場で6年生の教え子から
>「先生、お父さん死んじゃった。」という
>病院からの電話を受けてしまいました。
>「深呼吸をして、、」と。
これとても正しい、と思う。ほんと救ってあげられる言葉なんてない。それでなんとかなるなら泣いて泣いて泣きまくって、自然に心が変わるのを待つしかないんだもん。深呼吸してその子の本心の部分に戻してあげるぐらいしかない。いまの僕ならなんて言うかな。「泣きたいなら泣くだけ泣いて」かなぁ。

>子供が小さいうちは、
>お互いにまだ向こうには行けないようだな。
それでも消える時は消えるのも命なんだよね。いいお父さんでいるためにも、まずは自分を大切にしていきたいね。

投稿: さかた(Ton) | 2008年11月30日 (日) 22時59分

お疲れ様でした。
サカタ隊員のおかげで、こちらは心安らかな毎日を平穏に過ごしているよ!
ウチのオヤジもおかげさまで頑張ってます!
命が至上の価値とは思わないが、命って素晴らしいなぁ。(^_-)-☆

投稿: 電極観測隊鉄塔隊長 | 2008年11月30日 (日) 23時53分

>隊長
何言ってんだか。すべては隊長ファミリーの「愛」でっせ(照れないよ)。

>命が至上の価値とは思わないが、
うん。充実出来ることに出会って、それを大切に生きたいね(^^)。まずは生きてそんなのに出会いたいもんね(^^)。

投稿: さかた(Ton) | 2008年12月 1日 (月) 00時20分

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