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2008年12月13日 (土)

来生たかお/浅い夢

今日は、1月25日のライブに向けた相棒との練習日。メチャメチャ早起きしてしまったので、譜面の準備をしている、、いや、しようとしているのだが……^_^;;;。

「来生たかお/浅い夢」にハマってしまった。
先月、久々に相棒と合わせた時に、むか~し演ってたこの曲を、ちょろっとやってみた。見事にコード進行を忘れていたのだが、妙に気になって、さっき「来生たかお 浅い夢」でgoogleしてみた。そしたらYouTubeの音源が引っかかって。。。

聴き直してみたら、すっっっげーイイの(T_T)。

僕がはじめて聴いたのは、さだまさしさんが夏(8月9日)に長崎でやってたコンサート「夏・長崎から」の第1回目(1987年)の録画中継。これで「イイ!」と思って、ビデオに撮ったものからテキトーにコード進行拾ってやってた。もう20年も前。ああ、当時の倍も生きてしまった(笑)。でも今だからこそ、この詞の静かだけど永遠に繋がりそうな強いときめきが、メッチャメチャに沁みる。潮騒と握り合った掌の優しい温もりを感じる。作詞の来生えつこさん、すごいっ! ガァッと歌い上げず(それやったらこの曲ぶち壊し^_^;;)、しっとり歌う来生たかおさんの声、沁みる。歳食うっていいなぁ(^^)。本当にいいものの感じ方が、倍加するわ(^^)。

ただ、今の自分の耳で聞くと、10代後半の自分がいかにイイカゲンなコード進行拾っていたかがわかる。ちゃんと拾ってみたいわ。YouTubeへのリンク、つけました。ぜひ聴いてみてくださいまし(カラオケの歌詞画面のような妙なイメージ画像が玉に瑕だけど)。

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コメント

さかたさん!私とさかたさんは世代が違うということをたまに感じることもありましたが!そうでもないかも~!?
来生さんOLのころとても好きでした。
なんともいえない声そして詞もとてもいいですね。
私ライブで聴きました。こんなふうに自分のたどった音楽をさかたさんも聴いていただけでなく演奏して歌っていたというのはとてもうれしく不思議な気持ちです。
懐かしくってなつかしくってうっかりまたアマゾンにいってしまいそう!!
あらま!1月25日また楽しみになっちゃったです。

投稿: ねも | 2008年12月14日 (日) 23時11分

>ねもさん
80年代の音楽って、メロディがいいから、いま20代前半の子たちも聴いてるみたいですしね。絶対的にいいものなんてなくて結局好き好きだけど、いいものはあやっぱりいいですね。クラシックなんかのいい演奏は、ウチの子ども達も自然に聴いてます。いいものに大人用も子供用もない。僕らの小さい頃と違ってお勉強で聴くのでない、今の子ども達っていいですね。

投稿: さかた(Ton) | 2008年12月15日 (月) 10時29分

大発見が!

先日、古い少年マガジンのグラビア記事を特集した本を買ったんですが、そこにOL時代の「来生悦子さん」の投稿記事が載ってました。

「あしたのジョー 詩募集」の企画に、えつこさんが投稿し、最優秀作品に選ばれていたのです。

若いころから才能あったんですね、えつこさん。

投稿: 時代屋だんぞう | 2008年12月16日 (火) 01時30分

>だんぞうさん
やはりそういう輝きが、若い段階であったんですね。しかも最優秀賞。多くの人の心を揺さぶるにはやはり好きだけでは駄目で、「才能」ですよねぇ。でもセンスだけでなく、それだけに執心できるほど好きであること、呼吸するように出来る人こそが生き残る。いつかはネタは尽きるから、センスだけでなくそういう勉強を続けられる資質(才能)がないと、プロとしては生きていけないですものね。

投稿: さかた(Ton) | 2008年12月16日 (火) 16時09分

来生メロディは、ホント素晴らしいと思います~日本の宝ですよ!
「舶来モノにはない音楽的魅力」、という観点から“J-pop”という言葉が想定されているなら、来生さんの作品は、正にそのジャンルかと。
ご本人がG.オサリバンからの影響をどこかで話していた記憶がありますが、その栄養を蓄えつつも、より“うしろ髪引かれ度”の増した独自の音楽が生まれているように思えます。

えつ子氏の歌詞もいいですね~個人的な趣味から、日本のポピュラーソングで歌詞がいいって思えるものはなかなかないのですが、彼女の歌詞世界は、正に職業作家ならではの腕前を感じます。
映し出されている場面が聴く人にとって何の共通項がなくとも、そこで描かれている鮮やかな色合いが見事に伝わる・・・経験したものしか書けず、その経験を共有した人たちにしか伝わらない、という器の狭い表現とは根本的に違うものだと思います。

投稿: 岩橋 信之 | 2008年12月16日 (火) 22時50分

>岩橋さん
>“うしろ髪引かれ度”の増した独自の音楽
この言葉、すげぇな。「過去」「いまそこにいないもの」への哀惜の度合いの強さ、ほんと日本の芸能に多い気がする。いい悪いの話ではなくてね。

>経験を共有した人たちにしか伝わらない、という器の狭い表現
これ越えるのが情報収集力だね。街中や日常の風景から何をキャッチ出来るか。その方法も人それぞれ、「自分の今までの人生」から答えを出して未来に、センス通して形にして、未来へ繋げるしかないんだけどね。

投稿: さかた(Ton) | 2008年12月17日 (水) 00時08分

私もおおぉ!って思いました。岩橋さんの表現はこうも見事になにかいいたいんだけれど上手く言葉を紡ぎ出せない~~っ状態を掬い上げてくれますよね!!

さかたさんはそれをきちんとキャッチして次につなげる表現されますよね。体温がくわわるというのでしょうか?懐具合じゃない
懐の深さもキャッチボールに感じます。

また改めてききたくなりました。音楽ってその時だけでなく
振り返って語り合うことも想い出を重ねることもできますね~。


投稿: ねも | 2008年12月17日 (水) 19時57分

>ねもさん
いやいや、僕のレスポンスは誤解だらけだと思いますよ。今回もちゃんと岩橋さんの真意を汲めたのか、それは岩橋さんしかわかりませんし(笑)。でも爆笑問題の大田光が言ってていいなと思ったのが「誤解こそが僕らしさであり、多くの誤解(多くのイマジネーション)を生むからこそすばらしい芸術作品だ」って言葉(このブログでも以前書きました)。ほんとコミュニケーションって、いいですよね(^^)。

投稿: さかた(Ton) | 2008年12月18日 (木) 21時31分

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