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2009年6月14日 (日)

好きになってあげないからね

記事タイトルのこの言葉、大学卒業直前、「僕は教員にはなるべきではない」と、決心するきっかけになった言葉。僕の行った大学は東京学芸大学。第二次大戦前の師範学校を前身に持つ教員養成系大学、そこの小学校教員養成課程社会科専修にいた。だが僕は、「教員になりたくて行った」わけではなかった。「文科系大学で地理学(を通して古街道)の学べるところ、それが教員養成系大学だった」だけだった。

もともと子どもが特に好き、というわけではない。だからこそ子供に好かれるような人間ではない。入学直後、カリキュラムを見て卒業までに3回も教育実習があるのを見て、ひどく心が暗くなった。浪人時代、かなり心を痛めつけつつ勉強していて、ネガティブな精神状態であったのもあるし。でも教育実習は一生懸命頑張った。でないと僕のために時間を割いてくれる子どもたちや付属校・実習協力校の先生方に失礼だから。
4年になって、付属中学校と東京23区内のある区立小学校に実習に行った。小学校の方で実習させてもらったのは4年生。2週間、一生懸命「先生を演じた」ように思う。ギターも持ち込んで歌ったりしたあたりで、子どもたちとの距離もそれなりに近くなれたと思う。「僕でもなってもいいのかな」とかふと思えた。

実習後、子どもたちの夏休み作品発表会を見に行き、その後、外で遊んだ。バスケットボールか何かやってたのかな、ふと僕が勝ってしまうような局面があったときだったか、ある女の子が言った。

「先生を好きになってあげないからね」

この瞬間、「僕はいま教員になってはいけない」と思った。
確かに「好かれたいと思って」がんばってた一面がある。それを子どもたちはちゃんと見抜いている。でも好かれようとするのではいけない。大人は大人、子どもは子ども、その一線は大人の立場で自分の生き方に自信を持って引けないと、絶対にいけない。ナメられる。子どもは天使では決してない。それだけの自信がなければ、40人もの子どもたちに対峙なんかできない。その時の自分には、まだ「食わしてもらってる」コンプレックスも、この形で学問していていいのだろうか、という迷いもあり、たとえ根拠のない虚勢張ってでも子どもたちの前に立てるだけの、自信はなかった。この言葉はそれをしっかりと認識させてくれた。だから、やめた。

でも、決してあの実習はムダになってはいない。

子どもにわかってもらうためには、なにより具体性が必要なこと。言葉もゆっくりと、そしてその子にわかる具体的な例をあげて、じっくり説明すること、それはしっかりと教わった。それはいま、息子二人と対峙する時、勉強を教えるときに生きている。息子二人とは本当に真剣勝負、僕はこいつらに好かれようとは思わない。僕の全体でぶつかって、笑い喜び怒り泣く。僕のぶつけた言葉が間違ったら、たとえ子どもでも一生懸命謝る。将来僕の非でこいつらに殺されるなら、それはそれで仕方ない。簡単には殺されてやんないけどね、刺し違えるぐらいはするよ。長男の出産に立ち会って奴が産声を上げた瞬間、奴の股間にぶるさがったチンチン見て、それは覚悟した。

ではいま、自分の生き方に自信が持てるか? 「開き直っただけ」だね。「それでも自立して、僕とでも一生一緒に生きてもいいって思ってくれる殊勝な人に出会えて、家族で力を合わせて生きてるんだ、文句あるか」って(笑)。
実習でお世話になったあの子たち、もう27,8歳にはなっている。ヘタをするとお父さん・お母さんになっている人もいるだろう。立派な大人だ。こうして父親やってみて、今こそ本当にあの子たちに感謝している。

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コメント

その世界にどっぷりと浸かっていると、本当にこの世界にきていいのか?という若者であふれかえっている現状です。採用試験が2倍を切ってしまい、誰でもその気になればなれてしまうという状態の中、教員の2極化が進み、TONさんがならなかった世代が一番薄いまま、ベテランと若手だけが多いままの学校社会で、問題の多いこの頃です。
「今、教員になってはいけない。」と昔思ったのなら、今からなってもいいのではないですか?まあ今、TONさんは天職に就いているのですから本気で進める気はないですが、それくらい学校の内情は腐っています。TONさんのお子さんたちが必要な教育を受けられているのでしたらよいですが、、、。

ミニギターをもらいました。今度教えてください。では。

投稿: TATSU | 2009年6月14日 (日) 16時16分

この文章、すげ〜とんちゃんらしいなぁ〜
因みにちゅうは、愛息に、好かれよう、好かれようとしてま〜す(^^)v

投稿: お喋りちゅう | 2009年6月14日 (日) 21時35分

>TATSUさん
>TONさんがならなかった世代が一番薄い
あの頃、教員になるのが大変だったからか、俺らの世代がこらえ性がなくてドロップアウトしちまったか(笑)

>今からなってもいいのではないですか?
あの当時の自分に、この精神的内面だけ持っていけるなら、なれる気はする。あの頃よりは胸張って子ども達に対峙出来るからね。ムリヤリウケようなんてこともしないしさ。でも、体力がなぁ。自分の息子と渡りあって思うけど、子供の運動量ってすごいよね。
でも、僕は、一緒に風呂入ったりゴハン食べたり出来る親だからこそ出来るだけかもね。息子たちに汚い言葉で罵ることもあるし、体罰もしっかりやる。これじゃ学校組織では生きていけなさそうだわ(笑)。でも、いまならまずは胸張って新人教員出来そうな気はします。

>TONさんのお子さんたちが
>必要な教育を受けられているのでしたら
正直、あまり学習的には学校には期待してない。中学までは僕とカミさんで、ほぼ全教科補講できるし。宿題とテストの間違いをきっちり直させていくだけの気は遣ってるよ。
あとはとにかく友達をたくさん作って、しっかり遊んで欲しい。最近、家の中をみられたり散らかされるのがヤで家に子供を呼ばない親もいるみたいだけど、これは親として身勝手で最低だね。ウチはガチャガチャにされても大歓迎。こりゃいかん、過度にウルセェと思えば、友達だろうとウチのカミさんちゃんと叱るからね。でも、リンゴ剥いてやったりしてるから、授業参観に行くと人気あるみたいだよ、ウチのカミさん(餌付けは強い!)。友達といい遊び出来てないやつは、世の中出ても役に立たないもんね。

>ミニギターをもらいました。
>今度教えてください。では。
ギターの教則本買ってきてまずチューニングの仕方学んでチューニングして。そしたら適当に音探して単音で一曲弾いてみることオススメします。ぼくは買ってきて1時間でそれやりましたから。そのうち、どこも押さえないで弾いて綺麗な和音とかも見つかります。発見の喜びの中でやると楽しいよ。今度会った時にでも、そのギター、触らせてね(^^)。

>ちゅうさん
>愛息に、好かれよう、好かれよう
これ、今の自分なら開き直って「エエ、好かれようと思っちゃイケナイかい」って反論することが出来ます。あのころの僕にはダメだったけど。余計に好かれようとは思わない(今のところうまくいってる自信があるから書けるだけ)けど、いま本当に息子たちがカワイイです。

投稿: さかた(Ton) | 2009年6月15日 (月) 00時01分

私ねいままでのさかたさんの日記のなかでいちばん
ぐっときました。
私は学生時代教職とろうか司書とろうか悩んだ時期があって
なんとなく司書にしました。
あとで教職とってるともだちが教育実習で楽しそうに子供たちの様子話すのを持ては羨ましくなったものです。

でも教職課程だったら。限られた期間きっと私も子供たちに溶け込もうと
好かれようと一生懸命演じもしたし無理もして笑顔で接してたと思います。

でも先生になったら2~3週間でなくずっと。
子育てでひ~ひ~いっていた私に務まっていたとは思えません。
子供の目線に近づくことは今の仕事でも大事だと思いますが
同じ目線にはなってはいけないと思います。
なれもしないですが。

さかたさんほんと今からでも先生になってほしいなぁって思います。地域の。学童保育の現場とか。夏休み1日こちらにきていただいても~~(*^^)v

投稿: ねも | 2009年6月15日 (月) 09時25分

うーん、さかたさんらしい考え方ですねー

自分だったら「くそ生意気なガキだなあ」と一言で片付けちゃいそうな気がします。「別にお前に好かれなくてもいいよ」って感じで。

勉強の方はさかたさんご夫妻と違ってうちら夫婦ともにアホなんで小一くらいで子供に抜かれそうです。でも、今から基本的なことはやろうと思います。

投稿: dog_song_jack | 2009年6月15日 (月) 12時13分

>ねもさん
親として子どもに対するのと、教員として子どもに対するのって根本的に違う気もします。お母さんって子ども(特に男の子)からは絶えず「僕を愛して!」に晒されるから、キツイと思うんですよね。ほんと男の子って、乱暴なくせにナイーブ。親としては愛するけどめんどくさいたまんない存在ですよね。

>dog_song_jackさん
>「くそ生意気なガキだなあ」と一言
>「別にお前に好かれなくてもいいよ」
教員養成系大学でなかったら、たぶん教職とってないし、同じこと言ってたでしょうね。でもまだ心が出来上がりきらない小学生に対して、当時の僕にはその言葉をぶつけられませんでした。実習先も小学校でしたからね。

>小一くらいで子供に抜かれそうです。
自分では設問を解けても、これをわかるように子どもに教えるとなるとタイヘンですよね。不思議と論理的思考の修行をつづけた今の方が、中学時代の難問、案外あっさり解けたりするもんですよ。
でも高校までの算数って、読解力がほとんどだが、基本的に文章読解力で成績が決まる。

投稿: さかた(Ton) | 2009年6月16日 (火) 00時06分

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