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2009年9月14日 (月)

長男、天国から地獄

ほんと子育てってジェットコースターのようだ。昨日いいことがあっても今日はいきなりとんでもねーことになったり。昨日、あれほどいいこと書いた長男。今日は大カミナリを僕が落とした。

夕食後、ふざけてるうちに次男の腹に膝蹴りを喰らわせたのだ。次男はひどく痛がり、のたうち回って泣いた。

長男はフザケタだけだろう。でも奴はレベルはどうあれ、サッカープレイヤーなのだ。最近力も付けてきてる。シャレにならない。4歳児を下手に蹴れば「殺せる」のだ。
その時、僕は2階にいたが、降りていって状況を聞き、長男の左頬にほぼ手加減最小限でビンタをし、大カミナリを落とした。「お前はまがりなりにもサッカープレイヤーだろう! お前の力で人を蹴ればどうなると思う? 死ぬかもしれないんだからな。いいか! ○△(次男の名前)が死んだらお前は殺人犯だからな。わかったな。覚悟しておけ」。泣こうとしても許さない。「お前に泣く資格はない! ○△が死んだら許されることか。ふざけるな!」と一喝した。

おそらく50m離れた場所からも僕の怒鳴り声は聞こえただろう。近所もビックリしたと思う。でもそんなもんかまうもんか。命に関わることだ。ホンキで叱る。将来コイツらに逆ギレされて、殺されることになっても本望だ。刺し違えてやる。

次男も、相当驚いたのだろう。痛さの上に僕の怒鳴り声が、泣き声に火を付けた部分があるとは思う。長男に自分の部屋で反省させてる間に、抱っこしてお腹をさすっているウチに落ち着いてきた。大丈夫そうなので、さっきは僕とお風呂にも一緒に入った。

その後、長男とも一緒に風呂に入った。いつものように奴の身体を洗い、一緒に湯船に浸かりながら、もう一度落ち着いて話した後、言った。
Ton「さっきお前がやったこと、プレイ中にやったらどうなる?」
長男「…レッドカード……。即退場。」
Ton「そう。お前もレッドカードだぞ。次のサッカー教室はお前は行っちゃだめだ。その次のサッカー教室までは、サッカー雑誌もボールもみんな禁止だからな。自分の足をコントロールで出来ないようじゃダメだ。よく考えろ」と。

「セルフコントロール」かぁ。。。自分で書いてて、胸が痛いや。胸に手を当てて自分の姿考えたら、子供に叱責してることって言えないこと結構多いよなぁ。それでも言わなきゃならないんだけど。。。

ほんといろいろあるなぁ。
今晩は次男は一応カミさんと寝る。いつも通り長男と寝ていたら、夜中にいきなり吐いたとか何かあった時、対応が出来ないからね。ま、おそらく大丈夫だろうけど(^^)。

さて、明日はシンドウさんと茹蛸リハだわ。練習しよっと(^^)。
でないと聞いてくださるシンドウさんのお客様に失礼だもんね

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コメント

うん。

人間の肉体、特に男性の肉体は、他の人間を素手、素足で殺せるポテンシャルを持ったものだって事、そしてそのポテンシャルを発動させないコントロールを手に入れないといけないってことは、人生のできるだけ早い時点でしっかりと脳裏に刻んでおかないとだめだ。

実は僕にも幼児期にヒヤリとするようなことをうっかりやってしまった経験がある。大事には至らなかったけど、またその相手もその後すっかり忘れてしまったぐらいで終わったことだったけど、その背筋が寒くなるような記憶(ひとつ間違えていたらどうなったろうという悪夢のようなイメージ)は、今でもしっかり僕の心の中に刻印されている。生きている限り、かなり重度の認知症にでもならない限り、決して消えることのない刻印だ。

投稿: ウミユスリカ | 2009年9月15日 (火) 00時38分

親として「当然!」
叱る時は本気で叱らないと伝わりませんからね・・・

投稿: 奥武蔵爺! | 2009年9月15日 (火) 08時53分

子供を叱る時は、ある程度自分のことは棚に上げておかないといけないから、ほんの少し後ろめたさがあったりしますよね。自分は、さかたさんと違って優しく注意するくらいになってしまうのですが…

それだけ親子の会話が成立していれば、将来刺されることは有り得ないでしょう(笑)

投稿: dog_song_jack | 2009年9月15日 (火) 09時06分

自分のこと棚に上げなきゃ、わたしも子供のこと、なんも叱れません(^^;なんだか、言う↑内容が、わたしと似ていて、親近感を覚えました・・・・・(^^;担任さん、写真だけみても、優しそうな感じなのに、叱るときは、こんな感じなんですね(笑)わたしも、きっと、近所の人に「よくどなってるママだなぁ・・」と思われてるだろうな、と思います(^^;子供より、近所の人の方が先に、さしに来られちゃうカモ・・・・(笑)

投稿: ハマ | 2009年9月15日 (火) 13時13分

>ウミユスリカさん
僕もそんなひやりとすることやってるよ。僕だって友だちとケンカはしたからね。ほんと、まだまだ子供のパワーだったから、でもそれでもそれだけダメージがある、というのを学べたからよかっただけ。運がいいだけにも思うよ。こういう消えない思いは、いい財産なんだと心からありがたく思う。
それとぼくはひっぱたくときは絶対に物は使いません。
でないと僕の手が痛まないから。
痛まない方法でやったら息子たちに失礼です。

>爺!殿
叱るってその分こちらのあり方を問われますね。
仕事も生活もマジメにやってないと、すぐに足元救われますわ。
へたにタラタラと生きているわけにいかない、と最近危機感を強くしています。そういう意味でも、子供を授かったことは本当にありがたいです。

>dog_song_jackさん
とにかく本気ではいきます。理のない反抗には絶えず理でぶつかるつもり。ヘタに子供扱いはしません。いろいろ気を遣う先の情報を与えて、このなかでお前はどういう判断をする?を投げかけてゆくつもりです。うるせえな、は許しません。うるせえなら解決してから、それだけの行動をしてから俺を無視しやがれ、で行くつもりです。
こちらからは会話はしてゆくつもりです。あとは向こうですな。

投稿: さかた(Ton) | 2009年9月15日 (火) 13時22分

>ハマさん
ウチも多分、近所で有名だと思いますよ。「よく怒鳴るなぁ、あのウチ」って。カミさんともよく話しますもん。でもそれでいいですわ。
ただ、こないだ義父母の家で、子どもたちのどちらかを僕がつい反射的に叱り飛ばしたとき、「もうすこし静かにやってくれないかなぁ^_^;;」と、義父に言われましたよ(笑)。ほんとこちらは、このやかましさに慣れちゃってるんだなぁ、と苦笑しました(笑)。

投稿: さかた(Ton) | 2009年9月15日 (火) 13時28分

自分の事を棚に上げるわけじゃないんですよね。
そうやって長男君は叱られた事で「ダメなこと」を覚えた訳で、だからこそ大人になった時に誰かを叱ること、事前に止めることが出来るんですよね。
私なんて未だにかみさんに叱られて「あ、ダメなのね」って気付くことがありますもん(^^;)
この記事を読みながら、「人間誰しも失敗して、覚える生き物なんだな」と改めて感じました。

投稿: papa | 2009年9月15日 (火) 17時01分

>PaPaさん
>自分の事を棚に上げるわけじゃないんですよね。

PaPaさんの言葉読んでて感じたのは、「バトンタッチ」なんだってこと。結局、人間だから、凶暴性も衝動性もうっかりミスも怠惰も絶対に無くせない。大人になってTPOにわけて使いこなす方法を身につけるだけ。
けどそういうものを身につけられなくてもなんだか知らないけど憎めないか、執念深くこだわってガツンと感じさせてしまう人が、アーティストや学者とかになっていくような気がする。

これからも人間はずっと治らないけど、対処する方法をバトンタッチしていく一つの術が、「親が子を叱る」って言うことなのか、と思いましたよ。それならばほんと「棚にあげる」とはまったく別のものですもんね。

投稿: さかた(Ton) | 2009年9月15日 (火) 23時43分

>胸に手を当てて自分の姿考えたら、子供に叱責してることって言えないこと結構多いよなぁ。

因果なもので、いつもそれを実感している職業です~!(ToT)/~~~

投稿: JIRO@あざみ会♡ | 2009年9月16日 (水) 00時55分

>JIROさん
ほんとバトンタッチなんだよね。大多数は一般人として生きるんだから、自分が受けた愛をそのまま子どもたちに、本気で伝えればいいんだと、この記事のコメントまで全て読んでて、思えるようになった。ほんとここ、いいブログだなぁ。

投稿: さかた(Ton) | 2009年9月16日 (水) 18時05分

さかたさん、いろいろありますよね
きっと長男くんの成長の過程で
感謝してくれるはず。
でもそれはもっと大人になって
もしかたら親になってからかもしれないけれど。
きっちり善悪教えるのは男親の役目だと私は思います。
体をrちゃんとはって・わが子でなければできませんよね。
これからますますお父さんの出番多くなると思います。
真っ当に育つってこんな過程をちゃんと経てだとおもいます・。。
って。。我が家はどうなのか。。棚上げですが。

二十歳すぎたら楽しみね。
きっとお酒飲みながらあれこれ話しあうかもね。

投稿: ねも | 2009年9月16日 (水) 20時32分

>ねもさん
いまのところ、「愛」はたくさんあるのではと思います。でも10代はその愛すら、斜に構えて見ることが正しいと思う年頃でもありますしね。
ほんと自分の受けた愛を、そのままバトンタッチしていくだけなんでしょうね。人間はみんな不完全なんですから(^^)。

投稿: さかた(Ton) | 2009年9月17日 (木) 13時50分

人間も含めて、生き物のシステムってのは、進化の過程で建て増し増築と部材の使い回しを繰り返してきた古い温泉旅館みたいなもの。精巧で緻密だけど決して完璧ではない。逆に完璧ではないところに環境が変わったときの打開の糸口が潜んでいる。

どうしようもないほどぐちゃぐちゃして救いようがないけど、だけど、だからこそ無限の可能性を秘めている。

そんな風に人間を見ていくと、限りなく面白く、愛すべき存在だと心から感じられてきます。

投稿: ウミユスリカ | 2009年9月17日 (木) 15時35分

>ウミユスリカさんん
>完璧ではないところに環境が変わったときの
>打開の糸口が潜んでいる。

完全、完璧って言葉、なんなんだろうねぇ。
求めても、「核心」と一緒で辿り着かないもの。
ゆらぐことがすごいんだなぁ。

系の形って捉えた瞬間に、全体の動きの中で形を変えてっちゃう。たくさん見て、帰納的に事実を見つけ、積み重ねていこうとするだけで、ほんと一生以上かかっちゃう。それでも終わることはない。

人生って、様々な人々とのセッションって感覚で
いいんだろうなぁ。

投稿: さかた(Ton) | 2009年9月17日 (木) 22時46分

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