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2009年9月 6日 (日)

結局は、「縁」か…

カミさん「とんちゃんは、自分の両親のこと、正反対だ、とか言うけど、わたしはそうは思わないなぁ。いまわたし、ず~っとお義母さんといるでしょ? やっぱり周りの人はよく見て、お義父さんとお義母さん、めあわせたと思うよ」

Ton「どういうとこ?。。」

カミさん「うーーん、上手く言えないけど、『育ち』っていうかなぁ」

何となくそれならわかる気する。親父はルーズ(さすが俺の親父^_^;;)で母は几帳面って部分や信仰の持ち方では正反対だけど、「生きる方法」って基本の部分では確かに同じに思う。形而上的・文化人的ではない、ひたすら現実的に草の根に生きる生き方。

一応、僕ら夫婦は「恋愛結婚」に分類されるのかもしれないが、カミさんとは「恋愛した」という感じはない。「一緒にいて楽」「エロもマジメも話題を選ばなくていい」、それだけ。熱いものなど何もない。

結婚に恋愛感情なんていらんと思う。それよりも、人として自分を普通に生かすための自分自身の世話が普通に出来るか、話を聞き、そして話すことが出来るか、それだけなんじゃないかと思う。それが出来れば、見合いだって何だって、普通に一緒に暮らして、生活の様々なことを話し合って分担してこなしてれば、自然に愛情なんて育めるんじゃないかなぁ。一緒に生活始める前の恋愛なんてカンチガイ、自分で創り上げた相手像に酔ってる状態でしかないもん。せいぜい歌を生み出すくらいしかない代物だ^_^;;。

だから「見合い」ってのも、個人の感情を無視した横暴なものってだけでもないんじゃないか、って思う(家を守るための政略的なものもそりゃあるだろうが)。やっぱり育った環境で、「生きる方法」に対する考え方は違う。他人の目から「この二人なら(生き方が)合いそう」っていうのも、あながち外れるもんでもないんじゃないかなぁ。少なくとも、人生経験の少ない二人の「恋の風邪ひき、おネツさん」よりは、よっぽど確かな気がする。ほんと結婚に恋愛感情なんてもん、いらん。必要なのは「生活上分担した局面で信頼出来るか」。これが「結婚生活の上での愛情」だと思う。これがなければ、眠りにつく時に、ふと連れ合いと繋いだ手の温もりに癒されることは決してない。

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コメント

あはは、さかたさんらしい。
私は恋愛結婚というか拝み倒された(と思ってるワタシ)ですがたしかに結婚してあれ?なぬぅ。。。の連続です。
でもだからといって恋愛はいらないかといえばあったほうがいいと思います。私は~ですが。
結婚して恋愛感情のほかに親になってそしていい歳になって
ようやく連れ合いという言葉がにあってきたんだとおもいますぅ。
同じ時代をいきる同士みたいな関係になるとはある作家の言葉ですが。。毬藻みたいにお互いのすれ違いや感情の行き違いも
ころころころがしながら・・・そんなこんなの24年になろうかという
今日この頃。
さかたさんと奥様はもう出雲の神がそうそうに糸をむすんでたんじゃないかな。(^_-)-☆

投稿: ねも | 2009年9月 6日 (日) 18時12分

感覚近いかも。

恋愛感情という妄想よりも、現実レベルでの共同作業が気持ちよく過ごせるっていう信頼感が、大切だと私も思います。

投稿: 前様 | 2009年9月 6日 (日) 18時53分

>ねもさん
ウチは「命令結婚」です。カミさん「私と結婚しなさい!」、ボクは有無も言えず「はい」と従ったまでです^_^;;;。

>結婚してあれ?なぬぅ。。。の連続
カミさん、こういった「エエ、話しチガウじゃん」って言うのは「ない」って言ってます。ホントかどうか、ねもさんと会わせた時に、僕のいないところで聞いてみてください。確かに俺ホント、「便利」ですから^_^;;。カミさんのステージで、伴奏までしますからね(笑)。

>恋愛はいらないかといえばあったほうがいい
いやほんと人それぞれっす。僕もそれ否定する気はないです。ただ「結婚当初の輝きがほんもので、あれを忘れないように」って、「自分たちを縛るような存在」に当初の恋愛感情がなるなら、「それは違うんじゃないか」って思いますね。こういう意見、男のずるさかなぁ。。。
ウチも完全にドキドキ感がなかったかといえば、それも違いますわ。ただ妄想の割合がウチの場合、すごく薄い。僕の場合、24歳の時、高校時代の友達連中でいつも行っている厚木市鮎祭り花火大会に、カミさんが紺色の浴衣着てきやがったんです。女性の浴衣は僕にとっては飛び道具ですわ。で、その時、別に狙ったわけでもなかったんだけど、何故か僕と花火大会の終わりまでずっとツーショットになって。でも喋っていた話題は、「博士課程で学ぶってこと」について。当時カミさんは院の修士課程で哲学を学んでいて博士に行こうとしてたんです。がんばって欲しいな、とホンキで思って一生懸命話してたら、なぜか別の部分でホンキに気になる存在になってしまいました^_^;;。その後気付いたら「あれ、これ付き合ってるってこと」になってて。最初は女性に対する的な気遣いをしてましたが、この女、こっちが手紙出しても返事はない^^;;。電話しなければ1ヶ月はない^_^;;。「ほったらかしてもいいんだ」って開き直ったら、スゲー楽に付き合えた。いや、ほんとこういう女の人(なのかなぁ、コイツ^^;;)、ホント楽です。

>出雲の神がそうそうに糸を
いや、そんなカミサマなんてワケわからんもんぢゃございません。お義母さんですね、結びの神は^_^;;。まだ付き合い出す遙か前、奴が大学生の頃、そろそろ年頃になってきた娘と話している時、「サカタくんなんかどうなのよぉ」とか言ってたらしい。どうやら家族ぐるみのワナにハマったようです^_^;;;。リスペクタブルで面白い義父母なので、まったくかまわないのですが(笑)


>前様
>恋愛感情という妄想よりも、現実レベルでの共同作業が
>気持ちよく過ごせるっていう信頼感

これ、ほんと「男が人間として自立してるか」が、最大のカギですね。カミさんはお母さんじゃありませんもん。女性の方がまだ人間として自分を世話することをしっかりしつけられてきますけど、男はその親のあり方次第で、下手すっと世話されて勉強ばっかりさせられた、頭でっかちのアホになっちまってますから。
ウチのカミさんの結婚相手の条件「独り暮らししてる人」でした。堅実ですわ。

投稿: さかた(Ton) | 2009年9月 7日 (月) 07時53分

私もかみさんとは「恋愛」はしてないなぁ・・・たぶん。
なんか一緒に居て楽なのよねぇ。
でも、趣味、考え方、生き方なんて全く違ってて、世間で言う「価値観が同じ」なんてことは無に等しいです。
上手く表現できないけれど「家が地球」って感じで、同じ家(地球)の住人っていうのかな、家(地球)の枠組みで仲良く暮らしてる・・・う~ん、やっぱり上手く書けないや。
「縁あって同じ家(地球)に住む事になりました」って感じ・・・かな。

投稿: papa | 2009年9月 7日 (月) 14時49分

>PaPaさん
言葉にならないですよね。ほんと家族って「不立文字」な存在なんだなだと僕も思います。
街でカップル見ると、ベタベタすればするほど、すごく不安定感を感じます。何を埋めようとしてるんだろう、って。ところが長男がまだ1歳ぐらいの頃、保育園の親御さん仲間のご夫婦見てると、楽しそうと言うより、結構厳しい顔を二人でいる時もそのまんま出してたりする。そっちの方に安定感を感じたりすますもん。
僕ぁ完璧に、恋愛向きより結婚向きの人間っすね。

投稿: さかた(Ton) | 2009年9月 7日 (月) 20時02分

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