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2009年11月 9日 (月)

僕の道しか歩けない

Img_4099 今日のサイクリング、埼玉県三芳町の三富新田(左の写真)のあたりを走っていて、ある場所で身体が反応した。




「…なんかここ…通ったこと…ある」
と^_^。

帰って「確かあの時」と思った、GPSのトラックログ(歩いた跡の軌跡)を今日のトラックログに重ねてみたら、ドンピシャでした。それは2007年3月19日の記録。2年半あまり前の僕が「道を選んだセンス」に出会ってしまいました。
僕という人間が「歩きたい、走りたい」と思う道は、詳しくは忘れていても身体が選んでしまうんです。で、通っているうちに、「いつか来た道」と気付いてしまう。「ん!! ここ、あの時に通った」と気付いた瞬間に、大爆笑しました。
結局、自分の歩くべき道に知らず知らずに行ってしまう。どんなに素敵な人に憧れても、その人の通った道は歩けない(^^)。

ところで上で書いた三富新田。
何度通ってもここの新田集落の景観はぶっ飛ぶ。
江戸時代以来の短冊型地割りが、農地として「生きて」いる。これ、いま出来た景観じゃないんですよ。歴史を超えて積み重なってきた景観なんです。歩いて写真撮ってるとカメラのファインダーフレームって狭いなぁ。ぶっ壊したくなる。ほんと僕の網膜にCCD素子くっつけて、見ている物をそのまんま保存して欲しい。三富新田の畑地規模の大きさはぜひ皆さんに感じて欲しいです。博物館に入って「死んぢまった」文化財じゃないんすよ。江戸時代以来の工夫も織り交ぜて、いま生きる人たちの努力で「生きて」んですから。

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コメント

そういう、無意識に選んじゃう「道」って、Tonちゃんのと僕のと、微妙に違うんだろうなぁ。多分、人間が生活のために造りだしてきた環境で、それを二次的に多くの生物が重要な生活場所のパーツとして利用している部分では、選ぶ「道」が重なっちゃうと推察してるけどね。

多分、水利関係の構造あたりでは重なりまくりじゃないかな。

投稿: ウミユスリカ | 2009年11月10日 (火) 00時12分

その田んぼがどんどんショッピングセンターになったりしていません??。田んぼ大好き♪。今度稲刈りとかご一緒に♪。

投稿: ねこけろ | 2009年11月10日 (火) 08時07分

おtonさまらしい日記ですね。
行田の記事も実家で話題になったくらい好きですが
この日記のタイトルもすごく好き。。

そして今すぐいってみたくなります。
いきてる歴史・・ただ保管されてるのではなく
まさに息遣いがきこえてきそうです。

投稿: ねも | 2009年11月11日 (水) 00時39分

昨日昼休みで少し書いたのですが、この話題にはしっかりレスつけたい事柄が多くて、レスし切れませんでした。すみません。

>ウミウスリカさん
違うからこそ、面白いな。ウミユスリカさんの道に行ったときに発見が多いもん。景観って、生活の中で作り上げてきたからこそ、面白いです。水利関係の構造かぁ。以前辿った「相模原開発畑地かんがい用水」の跡地なんかだと、ウミユスリカさんは何を感じるんだろうね。もっと突っ込んで調べられそうな気もするけど、まだ歴史になっていない、触れてはいけない部分に触れそうで、怖いです。

>ねこけろさん
>田んぼがどんどんショッピングセンターに
僕の出身高校(神奈川県立海老名高校)の周りがそういう風になりつつありますね。とにかく都市近郊で農業を続けるって、大変なことです。地価は高いし、そこで工業重視、持ち家政策重視で宅地並み課税をかけられてきた(反抗もしてきたけど)背景もあります。単に効率や生産性では割り切れない農業の世界ではたまらんですよね。結局売られて、こうしたものに替わっていってしまう。最近、農地を見ると、「怒りの景観」に見えたりしますよ。

>田んぼ大好き♪
たしか伊吹山行かれたことありましたよね? その際濃尾平野の水田見ました? 一度、夏に福岡まで飛行機に乗ったことがあって、その際水をたたえた濃尾平野の水田を上空から見ました。すごかった。これだけの水をたたえた広い地域があるってことは、その土地の微気候にかなりの影響を与えてるはず、と思わざるを得ませんでしたよ。

>今度稲刈りとかご一緒に♪。
ブログを拝見させていただいたら、茅野で稲刈り、やられたんですね。ほんと僕も体験させて欲しいです。都合が合えばいいんだけど。。。鎌やコンバインも、本で読んでるだけじゃ、その持つ意味がわからないですから。

>ねもさん
結局無意識に選んでしまうんですね、自分の道を。
だからそれを磨き上げること、周りを正直に見つめること、それしかないのかなと、走っていて再認識しちゃいましたよ。

>いきてる歴史・・ただ保管されてるのではなく
>まさに息遣いがきこえてきそうです。

最近、農業の特集を仕事でやりまして、栽培している作物を見ていても、その作物の成長にあわせて工夫がされていることが、ほんのちょっとですが深く、景観から感じられるようになったんです。如何にこの農地を守るために利益を上げるために戦っているかが、伝わってくる。「土地持ってていいな」じゃすまないんですよね。

投稿: さかた@レス大変遅れてすみません | 2009年11月12日 (木) 12時10分

>> 最近、農業の特集を仕事でやりまして、栽培している作物を見ていても、その作物の成長にあわせて工夫がされていることが、ほんのちょっとですが深く、景観から感じられるようになったんです。

おぉ、ちゃんと畑に植えられている植物、見分けられるようになったんだね。植えられているものが瞬時にわかると、ほかの情報との組み合わせで浮かんでくる情報量が桁違いに上がるからね。

投稿: ウミユスリカ | 2009年11月12日 (木) 15時58分

>ウミユスリカさん
>見分けられるようになったんだね。
くぅぅぅぅ、キツいなぁぁぁ。この義従兄はぁ(^^)
まだとばくちだってばぁ。Sちゃんのレベルにはとうてい及ばないよ。歩いていても旬があるし、今年見落とした(調べ落とした)ものは、また来年になんないと見られないし、時間かかるね。でも、景観にはものすごい情報量が隠れてるね。だから歩くよ、調べるよ(^^)。冬は自転車寒いし、歩くには最高の季節です(^^)。

投稿: さかた(Ton) | 2009年11月13日 (金) 00時13分

農作物になっている植物を、きちんと生き物としてみていくと、見えている情報がすっきりと整理されてくる側面があるんだよね。

たとえば、分類群を確認する。そうすることで、進化の道筋を長く共有してきた近い分類群の作物と一緒にくくってみることができる。そうすると、それらが共有している生き方の性質というのが見えてくるんだよね。

それから、栽培化される前の野生種の原産地を確認する。そうすることで、どういう気候帯を背景に持っている植物なのかが見えてくる。すると、なぜ今の季節にそういう生育段階なのか、というのも見えてくる。あと、栽培化されたときにどういう文化、文明とその植物がセットになっていたかも見えてくるよね。

ついでに、その辺の雑草でその植物に一番近い分類群のものを見つけて比べてみるのもいいかもしれない。その作物が野生時代にどういう生き方をしていたかの片鱗を見せてくれるから。

投稿: ウミユスリカ | 2009年11月17日 (火) 01時14分

>ウミユスリカさん
>分類群を確認
東京五日市に「のらぼう」って摘み菜があるんだけど、これアブラナ科。ダイコンもそうで、これと交雑しちまって味が変わる可能性が多いってのも、面白かった。

>野生時代にどういう生き方
あのハマダイコンは面白かったなぁ(^^)。

投稿: さかた(Ton) | 2009年11月17日 (火) 22時16分

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