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2010年1月30日 (土)

軍艦鉄塔

Img_1148 Img_1155 隊長が「マッチョ鉄塔」を紹介してたけど、これはその記事みて思い出した鉄塔、秦浜線37番。昨年、小田急線愛甲石田駅から東海道線平塚駅まで歩いたときに出会った。僕がこれみたときイメージしたのは、表題のとおり「軍艦」。そりゃ6導体送電線の鉄塔なら、もっとでかいけど、わりにスマートな感じがすることが多い。でもこいつ2導体4回線(湘南線)・4導体(秦浜線)が同居してる。色はグレーだし。一瞥でイメージしたのは護衛艦の艦橋だったなぁ。

昨日、いま国際宇宙ステーション(ISS)にいる宇宙飛行士(Mission Specialist)野口聡一さんが、つい最近ISSが夜の東京上空を通過した際に撮った写真をアサヒコムでみた。ほんとうに光の洪水だった。こうした高圧線の先にあの光が点ってるんだよね。このブログも電気のおかげで読み書きしてる。この生活が、エコは意識しては来ているけど、いかに電気に消費しているか。一見綺麗だけど、ソドム&ゴモラなばちあたりな印象も持ったなぁ。

野口聡一さんの撮られた写真、こちらで見られます。僕、野口さんのフォロー、はじめました。ISSでの生活模様が実況でつぶやかれるようになったんだから、スゴイ時代ではあります。

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冬場は歩くに限る^_^

この自転車、今年に入って「1cm」も乗って走ってません^_^;;
だって寒いんだもん(笑)。乗ろうと防寒重装備しようとしてるうちにめんどくさくなって萎える。とにかく自分を余計に包むものがあるのはイヤ。すっぽんぽんはヤだが(爆)、出来るだけ身軽でいたい。それと、体力作りもやめてます。ヘタに早起きしてあれやってると、かえって風邪ひきやすいんだわ。

いまは歩いてます、週末ごとに8kmとか10kmとか。スピードが遅いからいろいろ目に付くものが多い。だから写真枚数がどんどん増える。これはいいことだ(^^)。

でもなぁ、6月のあざみラインは、早く登ろうとは思わないけど、2時間半余裕であの素敵な坂を味わえるだけの体力は付けておきたいんだよなぁ。3月末ぐらいからもう少し軽装備で乗れるようになったら、自転車通勤を再開して、備えようかな。


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2010年1月29日 (金)

最近、弾いてる曲

最近のギター練習、いや練習なんて時間が短すぎて恥ずかしくて書けねぇ。だから「ギターとのつきあい」かな。ふと思い立ってギター抱いた時には、以前自分でソロギターアレンジした「さだまさし/孤独(ソリティア)」を弾いてることが多い(いまは訳あって別の練習中だけど)。アレンジしたときよりいろいろいじってる。主旋律を歌うこと重視で、音は減らし気味にし、トーンを味わいながら。それか「丸山ももたろう/遠い空」弾いたり、適当にフレーズ作りを楽しんだり。「Pat Metheny/Always and Forever」のアレンジしてたんだけど、いまはギター自体とじゃれあいたくなった。なのでいったん中止してアレンジし溜めた譜面をこのペースでゆるゆると弾いてます。だから1曲仕上がるまでどれだけかかるか、想像もつかん(笑)。日常的にはすぐ手に取れるサイレントギターで、休みの日は朝ご飯食べた後とか、リビングでゆっくりしながらサンタクルーズを弾いてる。平日に弾ける時間は10分あるかないか。でも弾けるときは味わって弾いている。ほんとギターってすてきな楽器だと思う。

このブログにもその跡があるけど、この10年ずいぶんキリキリと弾いてきた。でも、いまのこの程度でつきあってゆくのが、「仕事・家庭・趣味」バランスとしてちょうどいいと思う。いままでの練習量ではもう伸びない。余暇の全てをギターに費やせばできるだろうが、歩きもせず自転車も乗らずなんてゴメンだ。音楽以前に僕のココロが死にます。ただこのペースで弾いて、この「孤独(ソリティア)」がまとまってきたら、どこぞの素人オープンライブ(クラスタ・フリーコンサートかHotコロッケの"さだナイト")で弾いてみようかな。僕の音楽的能力でこの練習量じゃ人様の前で弾く資格はないから、これから10年は基本的にソロライブはしないつもりだけど、こういう素人のど自慢的イベントならありだろ。

分散和音でも遊んでみよっかな(^_^)。ギターとはつきあい続けます(^-^)。音楽、といいうより、道具である「ギター」が好きな僕。やめません。

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2010年1月27日 (水)

ギターの処分

全部じゃないです。オベーションN768のみ。最近めっきりギター弾かなくなって、特にこれは弾いてない。弾いてやれないならかわいそうだから。

だけどトップ板の塗装にバインディングからブリッジに向かってクラックが入っちゃってた(((^_^;)。板自体でイッっちゃってたらへたすっとオシャカなのかな。いいギターってデリケートだわ。

最近自分にとっちゃ自転車も楽器も質実剛健がいいなぁ。世話してやれないと、いいものほど途端にヘソ曲げるもん。自転車もギターもこちらの感覚にさえ合えば、あとは扱う人間の中身(体力・想像力・創造性)の問題だから。

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2010年1月26日 (火)

コレが男の子の所業です(笑)。

Img_4530 「ちょっと、もうこれ何よ~!!」、洗面所からカミさんの叫びが聞こえる。降りてったら、洗面所の壁がこの写真の通りになっていた。昨日書いたとおりサッカーやってドロドロになって帰ってきた長男が手をついて汚したもの(笑)。

コレが男の子の所業です(笑)。
男の子は人間ぢゃありません。動物ですから(^^)。

いやぁ、ほんとウチ、中古(築7年)買って良かったわ。キレイな新築から住み始める意味、ま・っ・た・く・な・い。売り主さんはほ~んときちっとした暮らしなさってたから、とてもキレイになさってた。だから引っ越しに際して壁のクロス、一切変えませんでした。所々売り主さんが時計をかけてたところが跡になって残ってたりする。それも愛嬌(^^)。でも、僕らが住むなりこうです。ほんとにほんとに申し訳ない。

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2010年1月25日 (月)

天才でなんか、なくていい

調布のある都立高校で打ち合わせの仕事があったので、ついでにJR武蔵境駅から京王線飛田給駅まで、10kmほど歩いた。味の素スタジアムの横を通ると、人工芝やら土やら、市営のとてもいいサッカーコートが整備され、人工芝の方では小学校未就学の子供たちが20代前半のおにいさんたちに、サッカーを教えてもらっていた。いっちょ前にウエアを着て。

長男はいま、ほんとうにサッカーが大好きだ。暇があればボールを持ち出して蹴っている。長男がこんなところでプレイできるなんてなったら、それはもうものすごい喜びようが目に見えるようだ。

僕は、もっと長男にサッカーをするのにいい環境を、用意するべきなんだろうか。イチローにせよ石川遼にせよ、やはり親の熱意がなければ、才能は育たない。ただ、それをしたくない自分がいる。
ぶっちゃけ子供にそこまで執心するより、才能もないくせに自分が好きなものを追求したいという、サイテーで親失格な理由も、少なからずある。それともう一つ、道具的にいい環境をそろえても、好きなものに対する愛がさらに増すのか、といってもそうではないと、僕の経験上は感じてしまうから。なければどうする、で工夫している時ってそれこそ最高に幸せな時間であったりするし、想像力や知恵も育つように感じてしまう。それを大事にしてほしい。カミさんに聞くと、長男はいま、学校から帰ると、町内広場で暗くなるまでサッカーやって帰ってくるそうだ。学校でもゲームなどの室内遊びに誘われたときは断るらしい。そして広場にきた小学校の上級生、中学生や高校生、はては大人にも相手してもらってるらしい。しかも2対5(長男は2人のチーム)とかでやったりもするとか。

もっと僕にいい環境を与えてくれれば、もっというまくなれたのに、って将来きっと恨まれるだろう。だが、申し訳ないが僕ら夫婦の子として生まれてしまった。もうしかたない。そのときは素直に頭を下げようと思う。でも、こうして人との和を、しかも年齢差関係なく作り上げられる能力、これは同じ頃の僕にはなかった。同じ年で比べたら、僕なんか比べものにならないほど、長男坊ははるかに「いい男」だ。

ほんとうに息子たちにごめん。僕ら夫婦は息子たちに、天才になることを望まない。普通に周りの人々と生きられる人であってくれればいい。いま息子たちは、ほんとうにいい感性を持った、いい男に育ちつつあると思う。respectableな奴らだと、心から思う。

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2010年1月22日 (金)

銃殺刑^_^;;;

ヘンタイ隊長からの迎撃指令があったにもかかわらず、関西からの侵攻に対し迎撃出来ぬ大失態。隊長自らの長距離非行もとい飛行の上の地雷敷設gin隊員奥武蔵爺!隊員の猛迎撃にもかかわらず、関西側はチョロQ爆弾まで投下被害は少ないという戦況

この責任は重大である。。。。

電極観測鉄塔隊軍法会議^_^;;において、この敵前逃亡行為により脂弾による銃殺刑^_^;;が決定されたワタクシ。変人として(軍人ではない・笑)、恥は自らすすがん。自ら銃殺(汁殺〈じゅうさつ・笑〉)を決行せんものなり(2010/01/22・0:00am)(T_T)/。
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カップ麺なのにこの辛さ、「汁殺」されました。
自爆的に美味しかったです(T_T)。(完璧中毒化^_^;;)

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2010年1月19日 (火)

娘道明寺sと「くにたち」さんぽ

Image002 Image004 先日は一太郎さんとお散歩、18日は茹蛸番長コロン命!なレディお二人との「両手にドクダミ花」のデートで、国立市はJR矢川駅から谷保駅まで、その後、一橋大学構内を散策し、ロージナ茶房でひろあきたむらさんと合流、FUNPOPについての打ち合わせやら、雑談やら、楽しい一日を過ごしていました。

Photo 通ったコースは上に添付の地図の通り、矢川駅を出発し、日本最初の私立知的障害児養護施設である滝乃川学園の建物(本館や礼拝堂)を外から見学、くにたち郷土文化館、国立市古民家(柳沢家住宅)、谷保天満宮。で、谷保駅からタクシーで一橋大学前まで帰り、大学構内を散歩(林や建築が素敵なのだ)。写真は古民家の縁側に佇むお○さまレディ二人(拡大しても顔がワカラナイくらい写真は縮小してあります)。僕ぁあれこれ景色について勝手なこと解説しつつ歩いていたので、写真はこれくらいしか撮ってません。確認できたのは「強引ing my way」な茹蛸番長の姿でありました^_^;;;;。
くにたち郷土文化館には縄文土器復元ゲームがあります。2分の間に復元出来ないとマグネットの磁力が無くなってバラバラになるというゲーム。「ここにハマるはずだ」とムリにハメ込もうとする番長、さすがに自転車のカギでインキーロックしたマイカーの鍵を開けようとするだけあります。ほんとうに「『是が非』なるヒト^_^;;;」。でも、ピアノ弾いて歌うとスゴイんです(マジ)。単なる食いしん坊の粗忽シンガーだとは思うんですけど^_^;;;。

ロージナではまたいろいろ喋ったなぁ。コロン命!なレディの夢、形になっていくといいっすねぇ。こうして書いてる間もひろあさん、仕事なんだろうな。寝てなかったけど大丈夫かな。ちょいと心配っす。

これに懲りなければ、またどっか歩きましょう(^^)。

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2010年1月17日 (日)

ふろ自動

ウチの風呂には、「ふろ自動」という機能がある。
このボタンを押すと、20分ほどで設定湯量&湯温でお風呂が入る、大変便利な機能。入ると「お風呂が沸きました」って、知らせてくれる^_^。そしてそれがONにしてあると、その湯温を自動的に維持してくれる。

ウチではたいてい僕が最後に風呂に入る。カミさんが次男坊と風呂に入り、次が長男。長男はおばあちゃんが風呂に入る用意(浴室用の椅子をセッティング)して、おばあちゃんを呼び、次がおばあちゃん。その間に僕は食器洗い機をセットして鍋釜を洗い、包丁を研ぐ。その後、史料や本読んだりして、最後に入る。

ウチは「おばかさん夫婦」である^_^;;。

風呂に入って寝に行くと、カミさんは言う。

「Tonちゃん、『エロ自動』は切ったぁ?」

「お風呂が沸きました」も「おTonが勃ちました
とか復唱してるし^_^;;;


僕は言いたい!


ウチの場合、「エロ手動」なんですけど!(笑)(ナンノコッチャイ)

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2010年1月11日 (月)

母一家を襲った空襲の記録

昨年の12月14日(月)、日大文理学部(世田谷区桜上水)に「江戸・東京発達史-その変遷と災害-」を見に行った(自転車で^_^;;;)。明治から現在にかけての地図や空中写真を、1万分の1くらいの縮尺で、体育館の床につなげて広げて展示してあった。壮観。これ眺めてるだけでもおもしろい。ここでは以前、伊能図も同じ手法で展示したことがある。

僕が見たかったのは、アメリカ軍が第二次大戦末期の昭和19年11月から、写真偵察機F-13(B-29を写真偵察用に改造したもの)で撮影した空中写真の展示。仕事で当時のアメリカ軍の作戦任務報告書(Tactical Mission Report)を読んでいるので、学ぶこともたくさんあったのだが、個人的に胸の詰まった写真があった。

それは昭和20年5月28日に撮影された、
東京南部の空中写真。

母は昭和20年当時小学6年生、だが学童集団疎開にはいかず、品川区大井の家に両親とともにいた。そこに昭和20年5月24日未明、東京南部空襲が襲う。母は家族で布団をかぶり、近くの立会川の橋(一本橋)の下に逃げた。母の家には焼夷弾が落ち、焼けてしまった。僕は今まで生きていて、「殺される」という経験はない。だが母は殺される、という経験を生でしているのだ。

この空襲は、アメリカ軍側の「第ⅩⅩⅠ爆撃機集団 作戦任務報告書 作戦No.181」(1945年7月12日付作成 アメリカ国立公文書館(NARA)所蔵)によると、サイパン島、グアム島、テニアン島に展開していた第ⅩⅩⅠ爆撃機集団の第58・73・313・314航空団の520機のB-29が、日本時間午前1時39分から2時38分までの間に、7800~15100フィートの高度から3645.7トンの焼夷弾を投下したもの。夜間空襲であることと煙で投下点が識別しにくかったため、大半はレーダーによりターゲットの地形を確認しての投下だったそうだ(その際のレーダー画面を撮影した写真が報告書内にある)。使われた焼夷弾は、投下目標を明確にさせる先導機がAN-M47A2。これは小型ナパーム焼夷弾でなかなか消せない火災を発生させるそう。大半のB-29は6ポンド油脂焼夷弾M69を集束して500ポンドにした焼夷弾を投下した。攻撃開始点(Initial Point)は現在の清川村宮が瀬湖の上空(10 miles south west from Hachioji)、そこから84度(真東から若干北)の攻撃軸(axis of attack)で襲いかかったものだった。現在のJR西大井駅すぐ東、マンションと広場になっているところには三菱航空機大井工場があり、そして照準機などの光学機器を作る日本光学(現存)もあった。それだけではないこの地域に密集した軍需工業を、短期間に2回の最大兵力による焼夷弾空襲を行うことで壊滅させるのが目的だった。
それに対する日本軍機の攻撃は、空襲情報の錯綜かで、爆撃開始点以前に攻撃してきたのは、B-29の98回受けた攻撃のうちたった1回だけ。日本軍機の全攻撃は機種不明機から90回、月光(Irving)から3回、百式司令部偵察機(Dinah)から1回、屠竜(Nick)から1回、隼(Oscar)から1回、鍾馗(Tojo)から1回、零戦(Zeke)から1回だそうだが、ただしその大半が離陸してきたのは、先導機が焼夷弾投下を終えた20-25分後。日本軍機の迎撃は手遅れだった、とこの史料にはある。

そんな空襲の後、さらに5月28日にF-13を飛ばして撮影されたこの空中写真は、この5月24日空襲の損害評価のためのもの。写真の前に座り込んで凝視すると、立会川沿いの民家は焼き払われている。それが手に取るようにわかる。その中に母の家もあったわけだ。不思議にも父の家(品川区二葉)はこの空襲にも焼けずに残る。昨年僕が売却した家の一階部分がそれ。この時、父の両親(僕の祖父母)は、ここにいたのだが、父は富山県の水橋に学童集団疎開にいっており、ここにはいなかった。この空襲で、母の一家は焼け出され、大森、荒川区町屋、足立区島根などを転々としながら、苦労の生活が始まった。その話も僕は子供の頃から聞かされている。母の一家はこの写真の空の下で必死に生きようとしていたのだ。戦争をしても苦しむのは、こうした一般人。国家の行う「戦争」という判断は、いったいなんなのだろう。

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2010年1月 5日 (火)

同居問題

嫁姑の同居問題。女性と話題にすると、
世代によってまるきり正反対の答えが返ってくる。

「奥さんの味方になってあげてね」
  (同世代から50代前半)
「おばあちゃんはさびしいんだから、
  できるだけおばあちゃんの言葉を聞いてあげてね」

(60代中盤以降の女性)

僕は両方の世代の言葉が聞けるだけの、世代の違う方々とのお付き合いを持てている。だからこうして言葉を相対化出来る。幸せだ。それにしても、笑ってしまう。どちらも自分がした苦労や、自分の立場からの願望が返ってくるだけ。「正しいこと」など、ない。旦那は奥さん・子供たちとの関係ができているから(まともに男が精神的に自立して奥さんのフォローできてれば、の話だが)、おばあちゃんのさびしい気持ちも真実。おばあちゃんが人生の中で培ってきた価値観も正しい。だが、それが現在の子育ての戦いの中では建前にすぎないことがあるのも真実。感じ方も家族全員違う。どれが正しいなんてもの、決して、、ない。

結局、話すことでガス抜きしつつ、今回はこっち、次はあっち、今度は俺、という風に、バランスをとりつつ過ごしてゆくしかない。橋田壽賀子ドラマみたって、本など読んだって、答えはない。目の前の人間関係の中で、日々変わる答えの中を生きてゆくしかない。話を聞くときは「あなたの味方」な顔しながら実は話半分^_^;;、のらりくらり(爆)。まじめに理想を追求するなぞかっこはいい。けれどもそんなもん疲れるから長くは持ちゃしないし、それこそ「正しくない」わ(笑)。全員ができるだけ半分ずつ、不満と満足を抱いて、しかないんだよ。ところが自分含めて人間は「自分が他人よりちょっと恵まれた段階で、やっと初めて平等を感じる」ようにできてるからなぁ。やっかいだわぁ(笑)。

こうしたものを一切無視して美や理想に邁進するのが、仕事人として、そして音楽をするものの正しい姿だとも憧れるけど、そこまでキチガイには、僕ぁ意思が弱っちぃのでどうもなれません。花ではなく土として生きるフツーの40男としては、タイヘンだけどこういう体験してるのはたいへんマトモだと思う。家族に、人としてよっぽど深めてもらってる。

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2010年1月 3日 (日)

一太郎さんとお散歩(^^)

Image002 Img_4341_400_2 今日は多くのアマチュアミュージシャンから信頼されるサポートプレイの名手、一太郎さんと散歩。庭師~ずのデート^_^;;でした。JR横須賀線衣笠駅から横須賀駅まで。直線距離なら5km程度なのに、ウロウロするから10km強。とにかく地理屋同士、土地勘のないところできるだけ勘だけを頼りに歩こう^_^;;、って場所決めました。

海成層の隆起した丘陵に谷戸がたくさん入り込んだ地形。坂や小さいトンネルが多い。行けるかな、と思って行き止まりも結構ありました。やはり軍港の町。不入斗(読めますか?この地名^_^)の運動公園は元は陸軍の練兵場だったり。お互い石仏好きなので、僕は石仏の梵字解読用の資料もっいった。途中の浄土真宗系寺院で、阿弥陀如来像の手が結ぶ印の解読ぐらいには役に立ちました(^^)。

Img_4383_400 一太郎さんは鉄ちゃんです。僕が電車一本遅れて着いたチャンス生かして、田浦駅でトンネル入口アーチを観察してました(この写真はオシマイの横須賀駅ですが)。横須賀までなら開通120年を迎える横須賀線。開通当初は軍専用線的な鉄道で、たった14ヶ月での突貫工事で開通したそう。地形の関係でトンネルがめちゃくちゃ多い。東急大井町線の九品仏駅や戸越公園駅ではないですが、トンネルに挟まれて、電車の1号車はホームからハミ出てドアが開かない田浦駅。そこで見られる当時のレンガ積みアーチのトンネル。一瞥してイギリス積みのスタイルってのはわかりました。すごく味わいありますわ。ちょっと前に一太郎さんはこのあたりの廃線を探訪してるそう。粋ですねぇ(^^)。

Img_4336_edited_400 なぜか銭湯をたくさん発見しました。秀逸はこれ。窓の建具(写真)のデザインが素晴らしい。しかも初風呂で早くからの営業。入りたかった! でも歩き始めて1時間以内で出会ったので、ここで入ったらもうビール飲んで歩くのおしまいにしたくなるので、涙をのんで後にしました。

お互い見ているものから、積極的に面白がれるタイプですので、楽しいでしたねぇ(^_^)。いろいろ話ししながら、僕的にはあっと言う間に10km歩いていました。ほとんど「ブラタモリ」(^^)。まだまだ歩きたかったなぁ。でも一太郎さんは明日から仕事だし。年に1、2回、機会見てまたやりたいです(^^)。

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2010年1月 2日 (土)

99→09

ギターを一生懸命弾いてみよう、のキッカケは、柏原はねみさんのアルバム「本日はお休み」だった。93年ぐらいから僕がバックで弾かせていただいてて、99年に他にもいろいろな楽器を入れてはねみさんがレコーディングしたアルバム。レコーディングに向けて一生懸命練習したのもあって、「ギターの音色」はかなりよくなったと感じた。

その当時住んでいたのは江東区、荒川サイクリングロードという自転車向けの素晴らしい場所はあったが、僕は川沿いの自転車道はどうも退屈。かといって都内の道はどれも車通りが多すぎて怖いし空気は悪いしで、自転車乗る気にならず。ならば、練習すればそれなりにまだよくなりそうだから、ギターに本腰入れて練習してみよう、と思った。今から見れば自転車とってもギターとってもいいけど、当時の環境から「ギターをとった」ってことなんだろうな。

憧れだったマイケル・ヘッジスも何曲かレパートリーにできた。音色もそれなりによくなった。でも、音色はギターに触れて弾いている時間が長ければ、よくはなるんだよね。でもそれって、僕の中の音楽が耕されたのかっていっても、そうじゃない。ただ譜面に書いてあるとおりに弾いてみたってだけだった。
「いい音楽」したいなら、それじゃだめだわ。身体の中に音楽があって、ギターでもピアノでも打楽器でも歌を通してでもいい、それを取り出すように音楽してないと、いいもの、その人らしいものって、ない。そんなもん、つまんない。いらんわ。仕事も同じだろうなぁ。

とにかくいまは、音そのものを「感じること」「考えること」を中心に音楽してます。時間の使い方は出来るだけ、仕事とそれを支える休息にシフトさせる。音楽は趣味。「いつまで」とかいう時間的目標を置かず、このアレンジや曲作りを最後まで味わい続ける、といった形で楽しんでいこうと思う。
そうそう、さっきカホンであれこれ考えてた8ビートのパターン。どこをどう叩くとどんな音するかあれこれ感じながら、オルタネートに両手を使うアクションを工夫するの、楽しかったっす~(^^)。

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初夢

カミさんの実家に泊まって見た初夢。高校の教室みたいなところで、石原慎太郎に社会科学系の先行研究について講義されてる夢(((^_^;)。わざと小さい声でしゃべったり、かなりイジワルな講義の仕方だったなぁ(笑)。なんぢゃこりゃ。

いま早起きしてカミさん実家の居間で翻訳作業中っす(^_^)。

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2010年1月 1日 (金)

あけましておめでとうございます

「あけましておめでとうございます」
この字が書けるって、なんと幸せなのだろう、と思う。
家族がつつがなく旧年を過ごせなければ書けないもん。
2007、2008年は書けなかったものね。

お雑煮食べてちょっと落ち着いております。
この後、息子たち連れて男三人初詣。二時過ぎにはお義父さんが迎えに来て、今晩はカミさんの実家で過ごします。とにかく実家でカミさんを心身から休ませてあげたい。実家行くと、旧姓のカミさんの表情が見られるのがすごくいいのだ。

本年もよろしくお願い申し上げます。

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