« 一太郎さんとお散歩(^^) | トップページ | 母一家を襲った空襲の記録 »

2010年1月 5日 (火)

同居問題

嫁姑の同居問題。女性と話題にすると、
世代によってまるきり正反対の答えが返ってくる。

「奥さんの味方になってあげてね」
  (同世代から50代前半)
「おばあちゃんはさびしいんだから、
  できるだけおばあちゃんの言葉を聞いてあげてね」

(60代中盤以降の女性)

僕は両方の世代の言葉が聞けるだけの、世代の違う方々とのお付き合いを持てている。だからこうして言葉を相対化出来る。幸せだ。それにしても、笑ってしまう。どちらも自分がした苦労や、自分の立場からの願望が返ってくるだけ。「正しいこと」など、ない。旦那は奥さん・子供たちとの関係ができているから(まともに男が精神的に自立して奥さんのフォローできてれば、の話だが)、おばあちゃんのさびしい気持ちも真実。おばあちゃんが人生の中で培ってきた価値観も正しい。だが、それが現在の子育ての戦いの中では建前にすぎないことがあるのも真実。感じ方も家族全員違う。どれが正しいなんてもの、決して、、ない。

結局、話すことでガス抜きしつつ、今回はこっち、次はあっち、今度は俺、という風に、バランスをとりつつ過ごしてゆくしかない。橋田壽賀子ドラマみたって、本など読んだって、答えはない。目の前の人間関係の中で、日々変わる答えの中を生きてゆくしかない。話を聞くときは「あなたの味方」な顔しながら実は話半分^_^;;、のらりくらり(爆)。まじめに理想を追求するなぞかっこはいい。けれどもそんなもん疲れるから長くは持ちゃしないし、それこそ「正しくない」わ(笑)。全員ができるだけ半分ずつ、不満と満足を抱いて、しかないんだよ。ところが自分含めて人間は「自分が他人よりちょっと恵まれた段階で、やっと初めて平等を感じる」ようにできてるからなぁ。やっかいだわぁ(笑)。

こうしたものを一切無視して美や理想に邁進するのが、仕事人として、そして音楽をするものの正しい姿だとも憧れるけど、そこまでキチガイには、僕ぁ意思が弱っちぃのでどうもなれません。花ではなく土として生きるフツーの40男としては、タイヘンだけどこういう体験してるのはたいへんマトモだと思う。家族に、人としてよっぽど深めてもらってる。

|

« 一太郎さんとお散歩(^^) | トップページ | 母一家を襲った空襲の記録 »

コメント

>ところが自分含めて人間は「自分が他人よりちょっと恵まれた段階で、やっと初めて平等を感じる」ようにできてるからなぁ。

皆我侭だからね。

同居がうまく行くかどうかは、それぞれが愚痴の吐き出しがそれなりに出来るかってことにかかっているし、聴くポジションの人がどれだけアホになって、聞き流しができるかにかかっていると思います。

が、しかし・・・・・我が家はそれぞれが超我侭で、特に私がどうしょうもない駄目主婦なので、トラブル以前のあきらめの境地になっているね。

家族間の葛藤は、もっとも強力な、そして人生最大の人間力養成ギブスです。
無いよりは、有るほうが、人生は豊かでしょう。

投稿: 前様 | 2010年1月 6日 (水) 11時27分

私、家族の関係は「いきあたりばったり」しかないと思ってます。
親子関係、夫婦関係・・・どれも予習?したってそのとおりになるなんて事は無いよね(^^;)

投稿: papa | 2010年1月 6日 (水) 15時59分

子供にとって父親は味方になるべきか、厳しい立場でいるべきか?

どっちも違いますね。
子供にとって父親が必要な時もあれば母親が必要なときもある。
当然どちらも必要な時もある。

嫁の味方になるときもあれば、姑の味方になるときもある。
どっちの時もあれば両者の味方にもなれない時もある。
Tonさんにしかできない立場が存在して、Tonさんの存在が必要
な時があってそれぞれの判断があるって事ですね。

息抜きやガス抜きならお手伝いできますか?

投稿: italica | 2010年1月 6日 (水) 18時50分

>前様
こんなこと書きましたが、深刻にぶつかり合ってるわけではありません。まだこうして書けますからね。「そんなこと書いたら、相当大変なのかと誤解されるじゃん」ってカミさんに突っ込まれましたよ(^^)。どこまで愚痴っても解決なんてないんですわ。解決されたらされたで、欲のハードルが上がるだけですから。まず好きなものもって自分で自分を満足させられるか、それが余裕もって話を聞けるカギかなぁ、とも思いますね。そういうものがないとまわりにどこまでも満足を依存しますから。

>papaさん
一貫性って、幻想ですわ(笑)。多重人格っちゅーんじゃなく僕の中にもいろんな人間が住んでますもん。「男とは」「女とは」なんて思考法もったら絶対ダメっすね。目の前の人間と自分とのやりとりからから答え出さなくちゃ。

>itaちゃん
「べき」って言葉で表現した瞬間に柔軟性失うもんねぇ。話しさえすれば、心がまず落ち着く、そこで生きる力回復出来ればあとは生きられるんですよ。
こういう話題書いたから深刻に取られるかもしれないけど、そんなことありません。僕もぶち切れる時はぶち切れてるしね(^^)。

投稿: さかた(Ton) | 2010年1月 8日 (金) 00時42分

俺は三男坊という立場からか、女房寄りを貫き通しちゃいました。母から、『嫁』という言葉を聞くのも嫌でしたねぇ。『うちの嫁』なんて言おうものなら、『うちじゃない、俺の奥さんだ』って言ってました。もちろん、母親に対する思いは強いですが、実家には長男がいる事と、俺を選んでくれた女房だと考えると、本当に女房寄りでした。こじれた関係(たいしたこじれではないですが)がある程度修復したあとは、母親の方にも寄っていきましたね。まぁまだまだ親孝行が足りないので、これから頑張ります。

投稿: お喋りちゅう | 2010年1月10日 (日) 23時24分

>ちゅうさん
僕は結婚して、名字が僕の名字になったカミさんの名前を見て、とてもすまない気持ちになったのを覚えています。とはいえ、夫婦別姓という選択をするのも、なにか違和感があってできなかったのですが。
どっちにせよカミさんが「僕が一緒にいて落ち着く人」としていてくれさえすればいいんですわ。「嫁」なんかじゃなくたってね。自分やカミさんを生んでくれた人(母や義父母)と、この地域社会の中でイキイキと暮らせればそれでいいんです。形にこだわらずにね。ほんとその部分を中心に考えて、決断は下していきたいと思ってます。形でなく、ね(^^)。

投稿: さかた(Ton) | 2010年1月11日 (月) 08時45分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 同居問題:

« 一太郎さんとお散歩(^^) | トップページ | 母一家を襲った空襲の記録 »