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2010年5月27日 (木)

「キース・ジャレット/ケルンコンサート」の衝撃

コーヒー焙煎教室を終えた後、調さん家(Live Space EM)でいろいろなレコードを聴いた。いつもは宴会でお邪魔したときに聴いてる。だけど今回は調さん・前様ご夫妻以外は僕一人。思う存分、調さんお勧めの音源で、ここのオーディオセットのいい音と向き合える。

「キース・ジャレット/ケルンコンサート」、ウチにあるのはカミさんの持ってるCDだけど、正直いままであまりいいと思ったことなかった(カミさんも同一印象)。頭の数分聞いて「??」で、半年以上ほったらかし、ってことばっか。だから曲自体も印象に残ってなかった。

だけど今回、ふとこれがかかって、ぐわっと心掴まれた。最初その清冽さがジョージ・ウィンストンかと思って、調さんにそう聞いてしまった。そしたら

「ケルンコンサートです」

って言われてぶっ飛んでしまった。曲が進んでいくにつれて、だんだんキースが「入って」いくのがわかる。そのうち調さんも前様も僕も黙ってしまった。ただ聴いている。今回僕が一人で行ったこと、最高だった。いつもこの音を聴いてる調さん&前様ご夫婦は別にして、客は僕一人、そんな中で独占できたんだから。しゃべらないで黙って聴けるこの至福!

世界の超一流のさらにトップのキースのパフォーマンスと自分のギタープレイを比べるほど、僕はバカじゃない。ただ、聴きつつ、痛感したことがある。

生半可な姿勢の奴は舞台に立っちゃいけない、って。

親と同居し、人の子の親として、ままならない時間の中で生き、僕も人生の残り時間を少し考えるようになってきた。「しっかり絞り込んで、かけるべきところに力をかけていかないと、もうダメだ」と。これは聴きつつはっきり決心した。

関東平野は、これから歩いて調べていろいろ深めていくつもりです。その途中でまたEMには寄らせていただきます。はっきり言って、ここのいい音に触れるなら、一人で行くのが最高です^_^;;。「黙って向き合えます」から(笑)。

いい転機になりました。心から御礼申し上げます。
ありがとうございました>調さん&前様

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コメント

ドイツECM盤のLPでしたから、一般のCDと比較すると、音楽ソースのグレードとして全然違うかと思います。


その後に聴いた『地中海の舞踏』ではパコの演奏パートで笑われていましたね。

やはり、笑うしかない、そんなLIVE演奏でしょうか。LPを聴く限り、観客の多くも感激から叫んでいたような感じです。

投稿: 調 | 2010年5月27日 (木) 09時13分

神のような演奏に打たれる気持ちは分かります。また、その気持ちはとても大事だと思います。

けど、矛盾が一つ。

すごさを感じられる感性を持った人が演奏を止めてしまう。鈍感な奴(と一部の天才)だけが音楽を続ける。

…というのもつまらない気がします。

もう少し、気持ち・生活が落ち着いたら演奏活動も再開させてくださいな。

投稿: dog_song_jack | 2010年5月27日 (木) 09時45分

>調さん
>ドイツECM盤のLP
これ、すごかったですわ。
ECMというと、僕の好きなパット・メセニーの初期がそうなんですよ。ファーストアルバム「Brightsize life」なんか聞かせてもらったらどうなんだろう。ECMはECMでもドイツのじゃないとだめなのかな。ほかにどんなECM盤があるのかも、知らんのですが(笑)。

>その後に聴いた『地中海の舞踏』では
>やはり、笑うしかない、

もう全部お手上げで、つきぬけてますもんね。
EMで叫ぶわけにも行かないし。。
もう笑うしかありませんでした。口あんぐりで^_^;;;
liveだったらきっと叫んでましたよ。
あれこそがアーティストですわ。


>dog_song_jackさん
「聞いてほしい」って思う人はとにかく伝えたいんですよね。客のことなんかどうだっていい。ほんと伝えずにはいられない。伝えなければ心が崩壊してしまう。それほど思い込みが強い人が舞台には上がればいいんだと思います。キースにしても、天才であってなおかつその思いで磨きぬいたから輝いてるんだし。

ただ僕なんかだとそうは思えない。僕ぁ十分幸せすぎて伝えなきゃならんほどのメッセージなぞないもん。生きようとするだけで、みんな大変。みんながんばってるし、その人その人の一家言がある。なのにわざわざ「聞けぇ」ってほどたいそうな言葉や音楽、ぼくにゃない。「てめぇに言われんでもわかってるわい、ボケェ。顔洗って寝ろ」ってなもん。ところが特に「歌」ってどんなカスな言葉でも、伝える人間によっては輝く。それがないなら、舞台でやる意味なんかありませんよ。僕なら音楽に乗せて何か伝えるより、客席いって酒飲みながらその人の話聞いたほうが、よっぽどその人のためになります。

でも、音楽は聴くのも演るのも好きだからやめませんよ(dog_song_jackさんも弾こうよ^_^。コリングス、いいギターよ^_^)。ただDNSもできないかたちでやるのは、極力避けます。ほんといま満足に練習できてないから。これじゃ「入れ」ないもん。どっかのヨルクラで、みんなが盛り上がってる横でふっと弾いてるとか、クラスタのライブじゃない日の、酒の上の話の種に弾くぐらいかな。それだったらどんなに演奏がとまろうが弾き直そうがOKだしね。そんな形では楽しみ続けますよ(^_^)。

投稿: さかた(Ton) | 2010年5月27日 (木) 23時59分

「幸せすぎる」のか…じゃあ、いいや(笑)

でも、フリーコンサートなら弾いてもいいでしょうね。

コリングスも弾きたいんですけどね。ギターやめても、打田十紀夫さんとか聞いていて本当にいいなあと思いますもん。

自分も、伝えたいものはないけどね…

投稿: dog_song_jack | 2010年5月28日 (金) 10時05分

>dog_song_jackさん
>「幸せすぎる」のか…じゃあ、いいや(笑)

わははははは(^^)。僕が「不幸ぶりっ子」しても、化けの皮はがれますから。僕はお馬鹿さんでオメデタイ人間だし、子供の頃は大人に都合の良かったイイ子だし。物事の悪い部分さがすより、いい部分探しちゃった(どうにもだめなら距離置いちゃう)ほうが、心が楽ですもん。憎しみ続けるのも疲れるし。
ラブソングも相手が「あなたより好きな人が出来た」だけ、とっとと次の恋に行けばいいだけのことを、ブチブチ歌ってるに過ぎないしねぇ。声そのものに魅力のない人間が歌うまでもないんだわぁ。

>フリーコンサートなら弾いてもいいでしょうね。

でもあれ、DNSが許されないでしょ。それがキツイです。出るなら「飛び入りフリー」の方かな(^_^)。それかマサキデーのほうが「おしゃべりしつつも聴いている」という、音楽を楽しむ大人的のゆるさがあって(でも演奏者のレベルは高い)、遊びに行くならこちらのほうが楽しそうですね。

>コリングスも弾きたいんですけどね。

ポロロンとつま弾くだけでも深い音しますものね。コリングスの職人の深みを感じますよ。じっくり一曲、10年ぐらいかけてつきあうのも手ですよ。僕はいまサンタクルーズで、いままでの自分のレパートリーを、超スローテンポで響きやメロディを味わいながらじ~っくり弾いてますよ。なにせ週に一編ぐらいしかさわれないギター。人様に聴かせるようなプレイじゃないけど、ほんとあのギターはいいですわ。

>自分も、伝えたいものはないけどね…

伝えるよりも、日々の生活、ですわ。
そっちの方が僕の作品です。どんなにいいこと伝えてたって、生活部分めちゃくちゃ(学者やアーティストなんてほぼそんなもんです)な人間にはなりたくないですわ(^_^)。

投稿: さかた(Ton) | 2010年5月28日 (金) 12時10分

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