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2011年3月26日 (土)

ギターは役立つか?

僕の住む相模原市には、被災地から一時避難して、市の施設においでの方とか、いるのだろうか? 明朝確かめに行ってみよう(今日は僕、仕事で出勤中)。まずは現場担当者に必要なものを聞くことだな。

絵本などを送る支援もあると聞いた。こういう時こそ「気晴らし=文化」って大切な部分もあると思う(まずはメシだが)。
僕の持ってるギターでも役に立つのか? 当然「聞かせる」ような、ふざけたマネはしない。ただ弾ける人は他人の演奏聞かされるより、自分で弾いたほうが遥かに癒されるはずなんだよね。必要なくなったらまた持ち帰るってことで置いとく意味ってあるのかな。
だけど楽器って、音楽をあまり好きではない人には、騒音凶器でしかないんだよね。

どちらにせよ、いらんもの・いらんことは相手にとって迷惑でしかない。出来ることがないなら、黙って節電してようと思う。





※さかた(Ton)にとっての東北関東大震災の被災地支援情報および福島第一原発事故関連の情報は、このカテゴリーにまとめてあります。当分各記事にこの文章を付加します。

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コメント

騒音凶器になるか否かは、その者のセンスとテクニックと
ハート次第だよ。

やるんならグレープだったら一緒に唄えるから協力するよ。

投稿: italica | 2011年3月26日 (土) 09時24分

>itaちゃん
>センスとテクニックとハート次第だよ。
まず、思いやるハートがあるならむやみに自分から人前ではプレイしないことだね。相手に必要ないものやられたって、ホントに迷惑でしかないもの。特に僕には、聞いたものにすぐ伴奏着けられるような音楽的能力なんかないし。
僕が思うにいちばんいいのは話す中で、相手が弾きたい&歌いたいというなら、楽器を渡すことだよ。こちらが発信したいものをやるべきではない。

>やるんならグレープだったら一緒に唄えるから協力するよ。

ですので自ら進んでは絶対にやりません。そりゃ迷惑ですわ。

投稿: さかた(Ton) | 2011年3月26日 (土) 11時42分

同じ音を伝える者として、騒音連中の言動に惑わされていると
感じるね~。そして、もし他者の為に微力でもと言う気持ちが
あるならばボランティアの精神も考え直した方がいいと思う。

決してTonさんの考え方や感受性を全否定する訳ではないよ。
でも、同じ理屈ならば楽器を渡されても相手の為になる訳でも
ないよね。
大切なのは相手が何を求めているか?何を必要としているか?
何が相手の為になるか?どんな時に何が相手が喜べるのか?
「相手の為の」5W1Hを考え抜いて、よろしければ…と然るべき
筋に打診して用意して…書ききれないけど、それらがハートだ
よ。

発信者になるべきではないとか、そんな事はナンセンス。発信
者でも立派なボランティアになれる。福祉って物はそんなに狭く
ないよ。ボランティア自体が言わば発信者なんだから。
Tonさんの優しさや演奏家としての活動精神が、そんな事で萎
むのは、実力を垣間見ている者として残念な事だよ

投稿: italica | 2011年3月26日 (土) 17時10分

>itaちゃん
いったいどこを読んでいるのかな(笑)? 僕は全然縮んでないよ。まず話をするなかで必要となれば、僕はガンガンやらせてもらうよ(笑)。まずは「聞く」こと。その中でできることを探すこと。同じことを言ってるだけだと思うけどな(^O^)。必要なのは音楽だけじゃないよ。

投稿: さかた(Ton) | 2011年3月26日 (土) 18時27分

音楽療法、という言葉がありますが
(何にでも「療法」ってつける風潮はだいっ嫌いです)
音楽が心にもたらす効果は確かにあります。
だけど、それは「さあ、音楽であなたを癒してさし上げますよ」
という姿勢で演奏されるものではないように思います。
また、「自分は今この音楽で癒されたい」と、全ての人が
聴きたい曲、歌いたい曲を自覚をしているわけでもないと思います。
なので、ふと流れている音楽が耳に入り、気づいたら口ずさんでいた、あるいは、聴いた事がない曲だけどなんだか落ちつく、そんな音楽を提供してくれる人がいたらいいなあ、と思います。
(残念ながら私は音楽を提供できる能力がないので)

意思の疎通が難しいほどの重度の認知症のお年寄り、(つまり、自分から歌いたいとか音楽を聴きたいと発信できない)でも、歌声や演奏に徘徊の足を止め、はっきりと歌詞を口にする場面、歌わなくても涙を流す場面、何度も目撃した事もあります。
一方で、超自己満足な慰問グループの演奏に「このへたくそ!とっとと帰れ!!」と叫んだ人もいましたっけ。

心が閉ざされている、あるいは閉ざさなければ心の平静を保てないような状況にいれば、音楽など耳にすら入らない、耳と心がシャットダウンしてしまうでしょう。
じゃあ、いつ人は音楽を楽しめるようになるのか?さっきも書きましたが自分でそれに気づける人ばかりではありません。
耳にして初めて、砂に水がしみこむように、自分の心に音楽がしみこむ事に気づく人もいます。自分では、音楽なんて聴いている場合じゃない、と思っていた人も、ふと手を休めて心を休める事が出来るかもしれません。
そのきっかけとして、「このへたくそ!とっとと帰れ!!」と叫ばれるのを覚悟して、音楽を奏でに行くのもボランティア、だと思います。
だって、相手の意志が確認出来なきゃ何も出来ないんだったら、赤ちゃんの世話も、意思疎通がとれない患者さんや利用者さんのケアなんて出来ないですよ?自分が、相手にとって不快でないものを提供している!と思わなければ最初の一歩は踏み出せません。提供してみて、相手の反応を見て、またやり方を考えればいいじゃないですか。
アセスメント・ケアプランの立案(どんな曲がいいかな?と考える)→ケア(歌ってみる)→モニタリング(感想を聞く、反応を見る)→再度ケアプラン…

介護も音楽もそれは同じではないかと。

あるいは、子ども達にギターを教えるボランティアとかね。
埼玉ではサッカーを教える、とか一緒に試合するボランティア募集してましたね。

流れを読まない長文失礼しました。

投稿: 尻破れの妻 | 2011年3月26日 (土) 21時03分

>尻破れの妻さん
ここでは久しぶり~(笑)。

>超自己満足な慰問グループの演奏に
>「このへたくそ!とっとと帰れ!!」

お気づきとは思うけど、僕が言いたいのはこれなんです。慰問にいくならちゃんと準備・練習しなさいよ、ってこと。これは舞台に立つ人間の「性」なんだけど、伝えたい、「自分をわかってほしい」という欲望の方が強すぎる。もっとその前に、聞いていただくなら何が欲しいのかをちゃんとリサーチしなさいよ、ってことなんです。練習もそこそこに他人に何か出来るなんて思うな、といいたい。こういう記事はそのイヤミです。ギター傍らに置いてまず話す、その中で、音楽がどういう位置を持つのか、を知る、そしてちゃんと準備する必要は絶対にあります。アマチュアの演奏は8割方練習不足です。音楽は心? ふざけんな! 心あるならもっと考えろ、練習しろ、と思います。

>覚悟して、音楽を奏でに行く
いまはやりません。1日24時間しかない中、音楽磨く時間をとれていませんから。まず家庭、仕事です。1日1時間すらも練習しない人間は、お友達同士の前でならまだしも(これは話の種ですから)、絶対に他人様の前でやってはいけません。失礼です。いまは、本当にやる気のある芸、文化財を支える方にまわります。こちらではその覚悟を持ってやってます。しっかり仕事ともリンクしますしね。

>一緒に試合するボランティア
これ、いいね。ほんとプレイするって楽しいことなんだから。自分がプレイすることを優先するのでなく、こういう輪を広げた方が絶対にいいって。

でも、ほんとこのブログ、コメントが宝だね。ほんとありがとう(^O^)

投稿: さかた(Ton) | 2011年3月26日 (土) 21時56分

あ、お久しぶりです~(笑)

>文化財を支える方
これを読んで、ふと思いました。
今回の震災で、失われてしまった有形無形の文化財って
どのくらいあるのでしょうね…
文化財、まで気持ちが回る余裕が早く生まれるといいですね。

投稿: 尻破れの妻 | 2011年3月26日 (土) 22時03分

>尻破れの妻さん
津波に襲われた街を見ると、根こそぎ、だものね。まずはいまは生きること、だ。ほんと、直接、生産に携わる訳ではない商売をやってる僕。しっかり学ばないとね。

投稿: さかた(Ton) | 2011年3月26日 (土) 22時21分

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