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2011年9月 3日 (土)

道具観

台風は今のところ、相模原では風が強い。家では自転車は、柵にしっかり固定されてる僕のプレスポくん以外は、全て倒しておいた。どうせほっといたら皆倒れるんだし。シートもひっぺがして物入れにしまった。雨ざらしもこの台風じゃしゃあないもん。台風一過したら、全車洗車&注油だなぁ。あ、そしたらこないだ買ったアームポーチがテストできるじゃん(^_^)v

ところでもしこれで、僕がいまのプレスポくんより、値段にゼロが一個余計に着くような自転車に乗ってたら……(((^_^;)。こんな乱暴なマネ、できんわな〜。いい道具は素晴らしい。ギターでも包丁でも自転車でもそうってのは、よく知ってる。でもそういう道具にはしっかりした世話と使いこみが必要。家庭的にも仕事的にもそんな余裕、ないわ。いまギターも自転車も、こうして高校時代くらいの身近さ気安さでそばにいてくれるのが、いい。道具に振り回されるのは勘弁。家族や僕自身より気になってしまう道具はいらん。道具は道具でしかないもん。
これでも愛しているんすよ(笑)。自転車も音楽も。

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コメント

あまのじゃくなことを言いたいわけじゃないんだけど,中国語では辞書は「工具(道具のこと)」の仲間なんだよね。やっぱり本をしょっちゅう読む人間にとって,辞書はなくてはならないもの。特に今は,電子辞書が紙の辞書をほぼ完全に駆逐してしまった時代だから,「0」が一個多い電子辞書は,一個少ないのに比べたら,仕事に大きく影響するくらい違うよ。

つまり,道具といっても色々あって,それが具体的に自分の生活の中でどのくらいのウエイトを占めるものなのかによっても,違ってくるんじゃないかな。

投稿: もとやす | 2011年9月 3日 (土) 08時20分

もとやすさん>
この記事、はっきり「趣味のコレクター」へのヒガミ&イヤミです(笑)。使い切れもしないのにうんちくだけたくさんある人への。まぁ趣味だからそれでも楽しけりゃいいんだけど(笑)。
自分のプロフェッショナルで使う道具は、僕も妥協はしません。本・辞書・GPS・デジカメ・ICレコーダーなどね。ただ、どう使うのかをしっかり考えて使いまくってますけどね。デジタルメモのKINGJIM「POMERA」はなくてはならない道具になりましたね。酷使したのかキーボードがダメになったんだけど、すぐさま買い直した。現在2代目です。

投稿: さかた(Ton) | 2011年9月 3日 (土) 12時12分

いやー痛い言葉です。(笑)ラジコン飛行機も勢いで15機も集めてしまったし。かといって飛ばしているのはそのうちの3分の1もない。

いや、見ているだけで幸せと自分を偽ろう。(笑)紙飛行機にいたっては100機オーバーだ。ただし、ギターは違って2台ともきっちりかわいがってやってる。

これってギターびいき?なんだかなー。

投稿: スンギ | 2011年9月 3日 (土) 19時46分

あはは。もちろん,Tonちゃんが「道具」として,自転車やギターや包丁を想定しているのは,読めているよ。

でも,さらにイヤミをいうとね,「工具」としての辞書は,Tonちゃんの言う「プロフェッショナルで使う道具」には限られないんだと思うんです。

イギリス英語では,「ブレアさんは大学で法哲学を "読んだ"」というそうです。「専攻した」という意味でね。つまり,「読む」という行為が,「知性を得る行為全般」を意味するようなんだ。もし日本人にもそういう発想があるならば,「読む時に使う道具」である辞書は,「仕事で読む時に使う辞書」に限らず,家でちょっとした小説を読んだ時に気になった単語をひく国語辞典も含むべきだと思う。

でも,そういう人,日本ではとても少ないと思うんだよね。「そもそも,家に国語辞典が一冊もない」とか,「高校で買わされたのを,そのまま使ってる」とか。日本では,僕らが大学の頃に比べて,「教養」という概念の価値が著しく低下していると僕は思う。

辞典に限らず,日本地図や世界地図,地球儀なども「知性を得る行為に必須の道具」の仲間に入ってくると思う。例えば,「ソマリアで大飢饉が起きている」というニュースを聞いても,「ソマリアがどこにあるか」をすぐ確認できる位置(例えばテレビのそば)に世界地図がない,とか。その種の道具を買うときは,「0」が一個増えても躊躇するべきではないと僕は思うし,反対に,自分の生活であまり重要な意味を持たない道具は,百均のでかまわないと思っています。そういう意味で,「道具といっても色々あって,それが具体的に自分の生活の中でどのくらいのウエイトを占めるものなのかによっても,違ってくる」と書いたんです。

投稿: もとやす | 2011年9月 3日 (土) 20時00分

すんぎさん>
あえて平仮名で書いてみた^^;;。かわいく見えるなぁ。スンギさんに言われるときついね。しっかり使い切ってるからね。でも、僕もサンタくんだけは一生かけてかわいがろうと思う。紙飛行機は自分でつくってるんじゃないかい(^^)。何機あったっていいじゃん

もとやすさん>
いいもの、深いものに触れる、日常的に使うってとても大事。それ、大切。辞書なら確かに手入れしなくてもそう傷むもんじゃないしね。でもギター・自転車・包丁はいいものはほんと手入れしないと、使ってないとダメ。その面から「生かし切れないこと」への罪悪感で僕は書いてます。道具自体を作る上で大変な工夫やらが入ってる。道具作った人間への敬意のつもりです。
趣味だもん。ウェイトは低いです。家族も仕事も無しにそこに執心できるなら、いくらでもいいもの置いておきたいけどね。僕の稼ぎから考えても、それ無理だ(笑)。こだわりすぎたら「家庭の迷惑」でしかないよ。僕はそれより、手足を頭使って使い切ろうとする後ろ姿をみせたいと思います。

投稿: さかた(Ton) | 2011年9月 3日 (土) 21時44分

> 趣味だもん。ウェイトは低いです。

趣味と職業って,そんなにはっきりわかれるものなのかなあ。僕が,趣味を職業にしてしまっただけなんだろうか。確かに,Tonちゃんの場合は,「給料をもらってしていること」と「自転車にのること」は明確に違うよね。僕だって,「言語学の論文を書くこと」と「山下達郎を聞くこと」の間には差があるけど(達郎さんのアルバムを聞いて,本を書くわけじゃないしね),でも僕の場合,「言語学の論文を書くこと」でお金をもらっているわけじゃないのよ。論文執筆で得ているのは,満足,感動だけ。その意味では,両者に違いはないよ。

辞書について言うと,五千円札じゃ買えないような辞典を買って,積ん読状態になっているのはたくさんあるけど,そのことで「生かし切れないことへの罪悪感」は感じません。これって,裕福ってこと?

投稿: もとやす | 2011年9月 4日 (日) 16時35分

もとやすさん>
>趣味と職業って,
>そんなにはっきりわかれるものなのかなあ。

僕も、好きなことは商売になった「シアワセ」なクチだな。だから明確に分かれるわけでもない。ただお金取ってる分、「受け手がいるんだ」って感覚はどこかにあるね。

>五千円札じゃ買えないような辞典
>「生かし切れないことへの罪悪感」

僕も『遊歴雑記』影印本(三弥井書店、59000円弱)を月賦で買って(ポンとは買えませんでした・笑)、書棚にある。
自転車は、むしろ活かしきってるに近い自負はある。ただしギターはなぁ。ちょっと自分の実力には過ぎたものだから、少ぅし罪悪感。軽く弾いてもいい音が十分な音量で出てくれる楽器だから。だけどそれって、特に低音をコントロールできないと、聴き手にとってはワンワンいって訳のわからないことになる。弾いてる人間は気持ちよくてもね。僕が使わないでもっと上手い奴が使ったら、たくさんの人を感動させてる、って思える楽器だからね。自分で稼いで買ったのにね。こう思う根元に僕の何らかの心の傷は、なんなんだろう。だからこそこの一本と一生付き合うつもりではいます。

投稿: さかた(Ton) | 2011年9月 4日 (日) 22時32分

毎度です。建設的な議論があっていいですね、ここは。ホントうらやましい。

さて、今日ちょいとした用事で前橋に行ってきます。前橋からは赤城山が見えますが、そこのレピーターを使ってQSOを試みたいと思います。それも1200メガで。10年近くも押入れの奥で眠っていた430&1200メガデュアルバンドハンディー(280mw!)です。

これからは旅先でハンティー!ってか。魔法使いならぬモノ使いスンギでした。

投稿: スンギ | 2011年9月 6日 (火) 09時09分

スンギさん>
ここは、コメントこそが宝です。
またググっても簡単にひっかからないのもいい。
Face to Faceを基本に出来ます。
レピーターかぁ。それ使う運用までは手ぇだしませんでしたねぇ。
無線は心の片隅にはちゃんと残してます。
家関連の修理に、そのスピリットは生きてますね。

投稿: さかた(Ton) | 2011年9月 7日 (水) 22時13分

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