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2011年9月20日 (火)

国立劇場で文楽、観てきました

9/18に9月文楽公演を国立劇場に観にいった。演目は「寿式三番叟」「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)・御殿の段」「近頃河原の達引(ちかごろかわらのたてひき)・堀川猿回しの段」。義太夫は説経節同様、浄瑠璃系の語り芸だが、やはり説経節に比べ、節も三味線の手も複雑だなぁ、と思った。

だけど説経節も落語も同様だが、受け手が勉強して対峙しないと一発では「面白い!」とはこない。江戸・明治にかけては庶民が芝居小屋に聞きに行って楽しめる芸だったはずなのに。日本語を話しているのに、舞台袖近くにスクリーンを設け、そこに字幕が流れている。芸能は時代につれ変化する消耗品だとも思ってるけど、こうして守らなければ、消えてしまうものなのだろう。

「伽羅先代萩・御殿の段」は若君に仕える乳母母子(政岡・千松)が主役。贈り物の毒入り菓子で毒殺されそうになった若君、だが乳母・政岡の子・千松が気づいて菓子を奪い取って食べ、毒に苦しんだ上、暗殺の計略発覚を怖れた悪役女官(八汐)に、母の目の前でなぶり殺しにされる。母はその光景をまず顔色ひとつ変えずにまず若君をお守りし、皆が立ち去った後、「よく主君を助けやった」と誉めつつ我が子の亡骸を抱きつつ号泣するお話(ずいぶん乱暴なあらすじだが)。文楽の人形の持つパワーはすごいから、亡骸を抱き泣く母のシーンは、僕は無条件に泣けてしまった。けど、母子別れの物語のプロットとしては、僕は説経「葛の葉 子別れ」のほうに惹かれる。母・葛の葉は「実は狐である」という正体が息子童子丸(後の安倍晴明という設定)にばれ、「恋しくば尋ねきてみよ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」の歌を残し、泣く泣く泉州信太の森へ帰っていく、と言うお話し。こちらの子別れの方が庶民的リアリティーやピュアな母の慟哭があって、切ない。

文楽・義太夫はさすがに魅せるし、所々でしっかりお客様を笑わせる。音曲としても高度だな、とは思った。そして自分が黒衣(くろこ)として舞台で口上を述べる際の心根などについても、とても得るものはあった。だけど、こんなことも感じつつ、観てました。

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