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2012年4月14日 (土)

花村萬月『自由に至る旅』より

自分に問いかけてみてください。
生きる意味、を。
答えが見つかりますか。
見つかる人は幸せだ。
旅に出る必要などありませんから、せいぜい意味の奴隷を貫徹して、一人で満足の笑みでも泛かべて死んでいってください。

(中略)

私は、何故、ここに在るのか。
それに対する探求であり、追求なのです。しかも探求し、追求しながらも、うっすらとそれに対する答えは永遠に得られないことを心のどこかで悟っている。
つまり意味では生きるということを解決することは出来ない。
生にはどこか無意味さがつきまとう。
自分の一生でなくとも、虫の一生だって同じだ。
生まれて、死んでいく。
それだけなのです。
人は生きる意味をつねに問うからこそ人間であるのですが、生自体は意味とは無関係の地平にあるようです。

(中略)

唯一自分の生に意味が感じられる瞬間はどういうときでしょうか。
それは自分が主人公であると感じられるときではないですか?

(中略)

無目的。
あるいは無意味。
これが旅の真骨頂です。
誰がわざわざ好きこのんで冷たい雨に打たれに出かけますか。

花村萬月『自由に至る旅-オートバイの魅力・野宿の愉しみ』(集英社新書0097 本体740円)より

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