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2012年10月30日 (火)

生活者として…

「葬式とか、絶対に笑ってはいけない場所にこそ、笑いは忍びよってくる」だったかな。ビートたけしさんの言葉。さだまさしさんの言葉だと「笑いは落差」。現実や社会規範との開きが笑いの爆発度の大きさになる。

天才的な芸人さんはその落差を嗅ぎ付ける力がハンパないんだろう。でもそんなやつら、日常生活を戦う生活者からしたら、日常生活のまともにできない人間のクズも多い。こちらの生活の現実を踏まえた上で越えてくる作品を作れない奴は、生活者として毅然と無視して淘汰してあげるのが正しいと思う。目立つからエライわけじゃないもん。

学問も芸術も芸能もスポーツも、ピュアに追い込む暴力性がないとひとかどのものにならないのもまた真実。その求道性の高さは敬っている。ただ生活者は「常識を思慮浅く疑ってるだけ」と感じたものには、自分が常識と信じるものから「それはおかしい」と言っていい。本当に哀しい。

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コメント

今回読ませてもらってふと思ったのは、芸人とかタレントのツイッターアカウント閉鎖という話。なんだ、お前結局常識という壁を超えられてないじゃないか、と。その点からすると、有吉弘行くらいでしょうか、まともだなと思うのは。ヤツははっきりと認識してるんです。フォロワーは誹謗したいから自分をフォローするのだということを。その上でそれを超えてくる。凄いなと感心しました。

あ、それはそうと、宮崎奈穂子という人の「路上から武道館へ」という曲、気が向いたらYoutubeで聴いてみてください。私はこういうのはダメだなあ。メロディーが問題外というのもありますが、歌詞は聴いていて蕁麻疹が出てしまいました。

投稿: スンギ(승기) | 2012年10月30日 (火) 21時59分

スンギさん>
♯宮崎奈穂子「路上から武道館へ」
僕もダメ、これ。声に全く才能ないし、別にあんたが武道館のステージに立とうが立つまいが、僕の生活に関係ないもん。あんたが喝采を浴びたい虚栄心を満足させるために、みんな生きてんじゃねぇよ、と思う。夢でもなんでもなくて迷惑だね。

僕が生活者として求めるのは、もっと象徴的に生活の悲哀をつないだ上で、常識を見直してこれから生きる上での力をくれる作品かな。これだけの力持った作品は古典か、それを踏まえた人間の作った物にしかないとは思う。
悪いけど路上フォークや、フォーク系のライブハウスの、初っぱなに出てくるようなパフォーマーは、ほとんど思慮の浅い自分の人生の泣き言を垂れ流してるようにしか聞こえないんだよね。
あと、ライブハウスに出て金取るなら、ちゃんとコピーもそれなりにできるようになってからステージ立ってほしいね。もうクラシックになったような80年代くらいまでの音楽を50曲くらいはプレイできるようになって、お客さんのリクエストにそれなりに応えられるようになってから、金取るステージに立つべきだと思うよ。それができないなら(僕がそう)、せいぜいオープンマイクで好きな物同士遊んでましょ(^^)。誰もあんたのこと知らないんだから、まず聞き手のこと考えて、知ってる曲をまともに聞かせられることをこちらにわからせてから、自分の曲聞かせてちょうだいな、と思う。

投稿: さかた(Ton) | 2012年10月31日 (水) 00時10分

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