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2014年6月29日 (日)

ひいおばあちゃんの死との対峙

27日の通夜、長男と僕は清めの席を中座して先に帰った。長男は月曜日から期末試験だし、ウチのおばあちゃんをそうそう一人にはできない。帰りしなに次男坊に言われた。

「おとうさん、さっき見たの、ひいおばあちゃんの死体だよね」

通夜の法要を終え、清めの席に入る直前に、かみさん含め皆で棺桶の中のひいおばあちゃんの顔を見た。闘病やつれなどのない、安らかないいお顔だった。遺体などではなく死体といわれちゃうとギョッとするが(^_^;)、次男坊の語彙なら、それでいい(^_^)

次男坊「明日、焼いちゃうんだよね。僕、怖いな」

僕は答えた。
「なにも怖くはないよ。お前のひいおばあちゃんだろう。ひいおばあちゃんがいなければお前はいないわけだし、ひいおばあちゃんの身体はなくなっても、おまえの身体にひいおばあちゃんは生き続けてるんだから、決して怖いなんてことはないよ」って。

僕の親父が亡くなった時はまだこいつ2才だものな。覚えちゃいない。物心ついてはじめての、親類の死。はたしてこの経験から、こいつは何を得るかな。遺体に、死に、しっかり対峙することは、人として大切なことだと思う。

はたして、

かみさんに聞いたところだと、お棺を閉じる前にお顔に触れ、最後のお別れをしたときに、次男坊は号泣だったそうだ。2年前には会いにも行ってるからね。泣けるって最高の供養。きっと次男坊はいい経験にしてくれると思う。

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