2019年5月 1日 (水)

4月29日に51歳になりました

さだまさしさんから仕入れた話ですが、映画評論家の淀川長治さんは「自分の誕生日は命がけで自分を産んでくれたお母さんに感謝し、お母さんを思って過ごす日」としていたそうです。なので誕生日当日、母を見舞いました。27日・28日と母を見舞わなかった親不孝者ですけどね。
ありがたいことに機嫌よく話ができました。認知症が進んで、同じ話でも笑顔で話せば喜んでくれます。「産んでくれて、そしてカトリックに出会わせてくれて、ありがとう」を伝えることができました。

誕生日当日は、あるところでかみさんとパイプオルガンを聞いてきました。 ヘンデルのオンブラマイフ、J.S.バッハの「主よ人の望みの喜びよ」(BWV147より)に「おお人よ、汝の罪の大いなるを嘆け」(BWV622)で、僕はまた涙してました(^_^;)。51歳になるとどんどん涙腺が緩くなって困ります(笑)。
泣けてるところをかみさんに見られたらヤダな、と思ってそっち向かないでいた。あとで聞いたら、かみさんも涙してたそう。同じ曲で泣けるとは、この人と22年いられて心から感謝。そう思えた素敵な誕生日に思います。

これからも遊んでくださいませ。よろしくお願いいたします。

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2019年1月 4日 (金)

長男、大晦日で二十歳

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長男が生まれたときだったか、1歳の誕生日だったか、思いました。「たった20回誕生日を繰り返したら、こいつは成人か」と。とうとう現実になりました。親は七転八倒して生きてきただけで、たいした人間になれてないけど、こいつは数学を学ぶことを愛する、ステキな人間になってくれました。片付けはダメダメな人間だけど^^;;;、数学なら一日中でも勉強していられます。そういうものを持ってくれているなら、もう安心です。こうして頑張った何かがあれば、生きる道はきっと見つけられます。

1枚目の写真は12月29日に家族で横浜散歩した際に撮った写真をトリミングしたものですが、これを小さなシールにして、年賀状に貼り付けています(下の写真)。少し余ったので1枚はウチの愛車・ポンコツスズキエブリイ♪くん運転席の日よけの裏に貼り付けました。「無理な運転しないぞ。必ず安全に帰る!」の気持ちをいつでも思い出させてもらえるように(^^)。

30日の晩にこの愛するクソ長男が「明日、おれはVIPだ!」などと抜かしやがるので、僕が「おー、わかってるぞ(^^) Very Immoral Personだよな(^^)」と切り返したら、みんなで大爆笑でした。こいつらが巣立った後でも、いつまでもこんなバカ話のできる家族でいたいです。
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2018年12月28日 (金)

クリスマスイブはカトリック立川教会へ

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カトリック立川教会のクリスマスイブミサに行ってきました。ありがたいことに次男と一緒です♪ 幸せな親父です(^^)。次男としては連日のプログラミング狂いによる寝不足で「眠い」だけだったようですが(笑)。

クルマで19:20過ぎに到着。
御聖堂では聖歌隊による聖歌&クリスマスソングをやってました。「荒野の果てに(グローリア)」を歌い出した時、次男と顔を見合わせてニヤリ♪ 奴は先日の福島での英会話漬け合宿で合唱したばかりの曲。僕は母が口ずさんでた曲でもあるので、やはり涙ぐんでました。クリスマスイブミサで聞くとやはり泣けます。僕は正しいマザコン(^_^;)です(笑)。

帰りのクルマでは、次男と漫画『プラネテス』の話で大盛り上がり(^^)。サリーの「ああ主よ、なんで私がこんなことをしなくてはならないのですか(^_^;)」や、ウェルナー・ロックスミスが、神父になったエンジン工学の師匠を訪ねた時の話やら(^_^;)

ちなみに長男は友達と過ごすということで来ず。かみさんは家に独りでほったらかしてのクリスマスイブミサ参列でした^^;;;。まぁかみさんは独りで自分との対話(妄想(^_^;))が大好きだから、かえって「一人の時間」のいいプレゼントになったのでは♥

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2018年11月30日 (金)

マザー・テレサ、北原怜子、そして母

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母の本棚にあった本です。一気に読了しました。マザー・テレサの言葉は大好きなんです。いちばん下に掲載します。
 
母はアリの街のマリア、北原怜子(きたはらさとこ)の仕事に心打たれて、昭和33年(1958)のクリスマスイブにカトリック三河島教会で洗礼を受けました。
 
そして洗礼当時、母自身もアリの街で屑集めをしました。1945年5月24日の東京南部空襲で焼け出されても、母は両親を支えて、弟妹たちのために一生懸命働きました。もうそれでいちばん大切なことです。
母があまり聖書を読んでないことなど、どうでもいい。マザー・テレサの生き方も、北原怜子と同じ。教会の様々な制度とかそういった問題じゃない。すべては神様のために、イエズス・キリストに力をいただいて行われたこと。
 
この本の中盤のマザー・テレサの言葉で、それに気づいて、結局また俺、泣いてました(^_^;)。母がまだ生きているうちに、この本を通して、クリスチャンとしての母の原点に出会えてよかったです。
 
マザー・テレサの大好きな言葉は下記です。
 
* * * * * *
 
『あなたの中の最良のものを』
 
人は不合理、非論理、利己的です
気にすることなく、人を愛しなさい
 
あなたが善を行なうと、
利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう
気にすることなく、善を行ないなさい
 
目的を達しようとするとき
邪魔立てする人に出会うでしょう
気にすることなく、やり遂げなさい
 
善い行ないをしても、
おそらく次の日には忘れられるでしょう
気にすることなく、し続けなさい
 
あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう
気にすることなく正直で、誠実であり続けなさい
 
あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう
気にすることなく、作り続けなさい
 
助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう
気にすることなく、助け続けなさい
 
あなたの中の最良のものを、世に与えなさい
けり返されるかもしれません
でも、気にすることなく、最良のものを与え続けなさい
 
最後に振り返ると、あなたにもわかるはず
結局は、全てあなたと内なる神との間のことなのです
あなたと他の人の間であったことは一度もなかったのです
 
マザー・テレサ
 
「Give the world the best you have」
 
People are often unreasonable,illogical, and self-centered;
Forgive them anyway.
 
If you are kind, People may Accuse youof Selfish, Ulterior motives;
Be kind anyway.
 
If you are successful,
you will win some false friends and sometrue enemies;
Succeed anyway.
 
If you are honest and frank, people maycheat you;
Be Honest and Frank anyway.
What you spend years building, someonecould destroy overnight;
Build anyway.
 
If you find serenity and happiness, theymay be jealous;
Be happy anyway.
The good you do today, people will oftenforget tomorrow;
Do good anyway.
 
Give the world the best you have,
and it may never be enough;
Give the world the best you’ve got anyway.
 
You see, in the final analysis,
it is between you and God;
It was never between you and themanyway.
 
Mother Theresa
 
このマザー・テレサの言葉は「カトリック学校に奉職する教職員のための養成塾」の記事からのコピペです。すみません。

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2018年11月28日 (水)

カトリックの「主の祈り」(文語体)と母

天にましますわれらの父よ、
願わくは御名の尊まれんことを、
御国の来たらんことを、
御旨〔みむね〕の天に行わるる如く
地にも行われんことを。
われらの日用の糧を
今日〔こんにち〕われらに与え給え。
われらが人に赦す如く、
われらの罪を赦し給え。
われらを試みに引き給わざれ、
われらを悪より救い給え

カトリックの「主の祈り」(文語体)です。現在、これはミサでは唱えられてません。2000年に口語体のものに変わったそうです。しかし、昭和33年(1958)のクリスマスにカトリック三河島教会で洗礼を受けた母にとっては、これが「主の祈り」として身体の中に染みついています。

* * * * *

認知症の母を見舞いにいく時間は、面会時間終了の20時直前の19:30頃が多いです。だいたいその時間は母はもう眠いんです。聖書みたいな重たい文章なんか聞けません。
「ご飯食べられてる? よく眠れてる?」を聞いたら、肩を揉んで、掌や脹ら脛をさすって。これが気持ちいいようでウトウトしてます。そしてこの主の祈りを耳元で唱えます。

これは幼い僕に、母が子守唄がわりに唱えてた祈り、しっかり、母は覚えてるんだよね。合唱になります。最初、母に聞かせて合唱になったときは、認知症になっても覚えていること、そして自分の幼い頃の思い出とが相まって、僕は泣いてしまいました。しかし僕ももう泣かずに合唱できるようになりました。そして、僕も思い出してソラで唱えられるようになっちまいました(笑)。

座禅なりお念仏なりお題目なりに限定した鎌倉仏教じゃないけど、いま母が神とイエズス・キリストに向かい合うには、これひとつあればいいのかも知れません。

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2018年11月26日 (月)

宗教はどれも神に帰る踏み石のひとつ

最近、認知症で入院しているクリスチャンの母の代わりに、カトリック教会のミサに行ってます。幼い頃連れられて参列してたから、手順はわかってるんです。
昨日は「王であるキリスト」の祭日でした。祈りもいつも以上に歌が多く、お香も焚きしめたミサで、これは幼い頃から今まででも初体験。祭祀感いっぱいのミサでした。

 キリスト教ってやはり唯一絶対な考えなんですよね(^_^;)
神とその子キリストの愛のみが絶対で、これの前に全てが一つにならなくては、って考え。ましてや昨日は「王であるキリスト」とまで謳った祭日でもあって、それが特に色濃く感じました(^_^;)

キリスト教の神だけが絶対だ!と宣教され、自分の神様を否定されようもんならおせっかい(^_^;)

これじゃ戦争は絶対なくならんよなぁ()

僕はやはり「宗教はどれも神に帰る踏み石のひとつにすぎない」って、ネイティブアメリカンの考え方のほうがしっくり来ます。日本人ですね。いろいろな宗教でカリスマはやってきてる(それは単に「人」です)。救い主はイエズス・キリストだけじゃない。大切なのはひとりひとりが大いなるもの(宇宙=神)に対して恥じない生き方ができるか、その縁(よすが)が宗教。生き方の見本としてそれぞれの宗教で愛されているカリスマがいる。できるだけそのお方の生き方に近づいて生きようとできるか。どんな宗教でもそれがいちばん大切なんではないかいな。

しかしね、幼い頃、母に連れられてたミサ。大いなるもの(神)を意識し、心落ち着けて対峙する機会として、教会の聖堂にいる時間は、大好きなんです。

僕も50歳。
その「心落ち着ける時間」のいとおしさをとみに感じます。

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2018年11月10日 (土)

母の代わりに、かみさんと教会ミサ参列

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認知症の母は現在、相模原市内の介護療養施設におり、特別養護老人ホームを探している状況です。

母はカトリック立川教会に所属する、クリスチャンです。

立川教会の主任神父様に「病者の塗油の祈り」にいらしていただくことになり、神父様へのご挨拶やおいでいただく段取り、母の認知症の実情を鑑みて実際の手順をどうするかの相談もあって、カトリック立川教会の日曜8時ミサに参列しました。かみさんも一緒です。
かみさんも仕事や家事で疲れているなか、5:30に起きてでないと来られないというのに。単に僕のわがままで連れてきたのとは違うのが、ほんとうに嬉しい。
かみさんはプロテスタント系の東京女子大の出身ですが、洗礼を受けたクリスチャンではありません。しかし物語として、いま旧約聖書のマカバイ記を自主的に読んでいます。つくづくかみさんに感謝です。

僕も母はクリスチャンですが、洗礼は受けてません。ただ小学生時代に母に連れられてミサにはずいぶん来たので、手順などには慣れてはいますが

しかしかみさん、ミサ中の聖体拝領の時、聖体(キリストの身体の象徴であるパン)をもらっちまいやんの(^_^;)。これ、ほんとうは洗礼を受けた信者がいただくもの(笑)。かみさんは上記のとおり洗礼を受けてません(^_^;)。
「いいか、俺たち洗礼受けてないから祝福だけ受けにいくぞ」って言って、前日の晩にはその手順も説明した。そしてミサの本番には、僕はかみさんの目前で、範を見せた。神父様に「祝福を」と伝え、僕の額の前で十字を切ってもらった。なのにかみさんテンパって^^;;それを全然見ておらず、すべてと~んと忘れてやがりました(^_^;)。

ウチのかみさん、「話を聞かない女」ですわ~(笑)

* * * *

こんなかみさんらしい、素敵なボケもやらかしたけど、ミサ中、かみさんから鼻水すする音が聞こえてました^^;;;。敢えて僕は前を向いて、かみさんに視線を向けずにいました。ミサ中、ちょっと泣けてたそうです。
「なんて私は汚濁に満ちた暮らしをしているんだろう」と。
最後テンパるのもわかるわな(^^)。

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Because it's there

45585605_1966274563460652_280624496長男はいま、東京理科大で数学に狂って勉強してます(^^)。先日、長男と二人で遅いメシを食べてたら、長男の数学の本が目に入った。『線型代数入門』とあった。

「あ、俺、こないだ間違えて書いた。『線「形」代数』って書いちゃった(^_^;)。『線「型」代数』なのか」と僕、言ったら長男が言う。
「『型』を使うのは古い人だね。最近は『形』が多いよ。どちらもおんなじ」と間髪入れずに返ってきた。よく勉強してるわ。たいしたもんだ♪

リビングには写真のとおり、至るところに数式の書かれた紙やらホワイトボードが散らばってる。「まったくわたしが拾ってまとめてるんだから!」と、かみさん時折怒ってます(^_^;)。ふと思って、長男に聞いてみた。

「お前がこんなに数学好きになったきっかけの本とかってあるのか」って。奴、少し考えて、「んん~、ない(^_^;)。『Because it's there』って感じ」。
お前、カッコいいこと言うじゃないの(笑)。

「いま俺、疲れてるから、そんな答えになるのかもしれないけど(^_^;)。ひとつの本がきっかけ、って感じじゃない。理系の友達がいたり、いろいろ。音楽ならお父さんやお母さんがベースになって、セイジュン(帰国子女な長男の中学時代の友人、ドラムめちゃウマ)がいたり、と同じ」「数学を『好き』って言葉だけに限定的に乱暴にまとめられたくもない。仕事、かなぁ」とか。

「お前、今日は名言だらけだなぁ(笑)」と僕、言っちゃいましたよ♪

メシ食い終わって二人で片付け、僕は長男に言った。「お前、お母さんにさっき『洗っておいて』と言われた自分の弁当箱洗って、残りのおかずを冷蔵庫に仕舞え。俺は食器を洗うから」。
そしたら長男、「いや、俺が食器も弁当箱も洗う。お父さんは残りのおかずを片付けて寝ちゃいなよ。お父さんとお母さんは仕事で大変だったんだから。俺は数学をやってきただけだ」って。「お前、ほんとどうしちゃったの?(^_^;)ですわ」。朝、ちゃんと洗われて、食器は洗い籠に伏せてありました(@_@)。

親の影響などちっぽけなもんですわ。
周り全てに育ててもらってますわ、息子らは。

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玄人ウケ^^;;;

先日、次男の通う私立中学校の文化祭に行きました。既報のとおり時間がなくて、次男が熱入れてるコンピューター科学部の展示だけ見ました。

他の部員の作品のゲームは、結構人気があって、小学生たちが群がってた。次男が作ったソフトの周りはひっそり。僕はちょうど奴の展示説明番の時間に入ったので、他のソフトの遊び方や面白さをしっかり説明している次男を見ることができた。僕は次男には一言も話しかけず、邪魔しなかった。

しかし僕のいない時に来たあるお父さんが、次男の作ったソフトの前で足を止め、少し動かして次男に聞いたそうだ。
「これ、君が作ったのかい?」
次男が作ったのはちょっとしたカード形式のデータベースソフト。ポケモンのキャラ同士を組み合わせて、いろいろな戦闘力の比較でどちらがどう強いか、を示すソフトだった。そのお父さんはどうやらコンピューターエンジニア、どんな風にプログラミングを楽しんで学んでるか、ひとしきり話になったそうです。そのお父さんが次男におっしゃるには、「君、将来、仕事で出来るよ」って。
またほかのコンピュータエンジニアなお父さんも目を留めて「やりたいことをもっと伸ばすなら、線形代数はちゃんとやっておいたほうがいいね」だって。次男が作ったものは玄人ウケしてしまったようです(^^)。

「勉強しろ」って親に抽象的に言われるより、次男の愛することの「道のプロ」から、具体的に必要なものを言われるほうが効く(^^)。次男にとっていい文化祭になったようです♪ 息子らには「愛するもの」って骨格に、気持ちよく知恵をつけていって欲しいです。

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2018年5月 3日 (木)

母の見舞い

母の見舞い
今日の母のご機嫌は「快晴」でした。
なので自撮り。母は朝食も昼食も完食、
薬も全部服用できてるとのこと。
こういうときの面会は、僕も元気をもらえます♪
明日はまた、母は愚痴の塊になってるんでしょう。
母は最近は一日おきで、機嫌のいい日
愚痴の塊になる日が交互にやってきます。

こんな時だからこそ
「お母さん大好き」「ありがとう」を
たくさん伝えられました。
普通の時には照れて言えなかったこと、
現実でぶつかり合って言えなかったことが、
母が認知症になったからこそ、言えます。
それも悲しいことではありますが。

それでもいまのうちだと思います。
それが伝えられる僕は幸せだと思います。

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